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10.『魔帝争乱記』

「……は自らを魔帝と称し……魔物らの頂点に君臨し……」

「シルティ、何それ?」

「さあ……何か大きな戦があった時の記録みたいなんだけど」

「それはだな、”魔帝”の単語が出て来た時点で『魔帝争乱記(ドゥルガー・ミッダ)』の話だってすぐに解れよ」

 伝承舞踊に関連のある歴史伝承には詳しいルチヤだったが、それでもヴィロークの博識ぶりには敵わない。ようやく見つけたそれらしい書庫を漁っていたところで、そういった文献を見つけることができた。

 古文書にいちばん不慣れなシルティは、だからこそか一所懸命に読み漁っている。非効率的ではあるが、ルチヤはシルティのそういった健気さが好きだった。


「わかったわ、休憩ついでにこのルチヤお姉さんが『魔帝争乱記(ドゥルガー・ミッダ)』のあらすじを教えてあげましょうか」

 ダートゥの差し出す馬芹(ジーラ)の煎じ茶と胡麻の練り菓子を早々に平らげたルチヤは、廃屋の一画を即席の劇場に変えて、身振り手振り入りで『魔帝争乱記(ドゥルガー・ミッダ)』の伝承をかいつまんで説明した。

「アヴァニの創世神話は三千年から二千年ほど前の話だとされているけれど、この魔帝の乱は千五百年から千年ほど前に起きたこと、だと言われているわ。どっちにしろ旧ヴェダ王国の成立なんかよりも、遙かに古代の話になるわけだけど……」


 古代にドゥルガーなる黒き翼の者が在った。かの者は魔帝と称し、魔物を操り、破壊と暴虐の限りを尽くした。

 そこでとある勇士が立ち上がった。彼はアプサラスの助力を受け秘宝を譲り受けた。

 秘宝により力の弱まった魔帝を地の底に封印したが、同時に彼も力つき倒れたとされている。皆はその勇士の死を嘆き、墓を立てようとしたが、亡骸は見つからなかった。

 勇士は名も名乗らなかった。人々には“黒衣の勇士”とだけ伝えられている。


「って話なんだけど……あれ?」

 我ながら間抜けな声を出してしまった、とは思うものの、自分の言わんとするところを理解したらしいシルティははっとなって皆に確認した。

「ルチヤ、今の話『魔物を操り』って出てたよね。それってもしかして、今騒がれている『世界の破滅』に関係あるのかも……って思わない?」

「さすが、本当に察しがいいな嬢ちゃんらは。俺らが注目しているのはまさにそこなんだ」

 ヴィロークによると、近年見られる獣や魔物の暴動などは、おおむねこの『魔帝の乱』の前兆として起こったことに酷似しているらしい。

「しかも多くの記述では”倒した”ではなく”封印した”だからな。その封印が解ける日が来る、という予言がアーリア・サラス教の経典にも記載されている。だからつまり”その時”が近づいているのかもしれない、ということになるんだが」

 ダートゥからも補足があったが、アプサラスの長とされるスーリヤ・アーリア・サラスから直々に受け継がれた知識がおさめられている経典でも、そういうことになっているらしい。


「てことはつまり……『アプサラスから授かった秘宝』ってのは、世界の破滅の救済になるかもしれない、ってことかしら……?」

「うん、そういうこと。だからその秘宝に関する手がかりが欲しいってことなんよ」

「そうなると……『魔帝争乱記(ドゥルガー・ミッダ)』に関する文献がなるべく欲しいってことになるのかしら」

「さあ、どうだろうな。何しろアプサラスの歴史は創世神話にまで遡ることになる。だからそれより古いものでも要りようになるかもしれないぞ」

 ダートゥに言われてルチヤは思わずむくれてしまった。結局、ガーナ傭兵団が今までに握っていること以上の情報は手に入っていないということになる。念のため状態のいい書物を持ち帰るために選り分けたところで、いったん廃都の探索はここまでと見切りをつけることに皆同意した。


 去り際に、廃墟を振り返る。今にも崩れ落ちそうな日干し煉瓦の瓦礫が転がるなか、ひときわ高い、黒光りする柱が一本、そびえ立っていた。

「『賢王の柱(パーラ・スターヌ)』……だな」

 旧ヴェダ王国時代、賢王とも称された三代目の王が建てたとされる、謎多き鉄柱。表面には古代文字が刻まれ、七百年近く風雨にさらされているにも関わらず、錆び朽ち果てる様子がない。

「これも一説には、アプサラスの創ったものなんじゃないかって言われてるぜ。だいたい権力者の陰には多かれ少なかれ、アプサラスが干渉した痕跡が認められるんだ……本当に、謎だらけだな」


 アプサラスは魔帝の乱以後、人間との交流を断ち、いずこかで密やかに暮らすことを決意したとされている。だが完全にその痕跡が絶えてしまったとは思えない――秘宝とやらも、謎の柱も。そしてルチヤやシルティらに流れる血も、どれもその影響を色濃く遺しすぎているのだ。

 探索の鍵を握る存在。それが古代種族アプサラスなのだと。ルチヤ達はそれを嫌でも思い知らされた。

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