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田中は言葉を失う。
目の前のこの人物は、
「あなたの夢は何か」
と訊いたのではなかったのか。
その真意は<話題を提供しろ>であったことには田中はもちろん気づいていた。それでも表面上の設問は<あなたの夢>であったはず。その設問に対する回答の反応が<私の知っている事柄で答えるように>だとは。
先輩は自分が欲しかった話題が出こなかったことに怒っていた。
夢という対する非常な個人的な事柄を土足で踏みにじるような扱い方をされることが予測され、そもそも良好な人間関係も築けていないような間柄でそんなことを訊いてくるんじゃないという牽制のための満漢全席ではあったが、牽制に気づいたとしても何か言い方があるだろう。取り繕うということをしないことに愕然とした。
田中はそれほどまでに自分が見下されいることを思い知らされた。表計算ソフトに数字を打ち込むことすらできないくせに何様だ。
満漢全席を知らないことをどうこう思ってはいなかった。田中自身、松原の言ったことを完全に再現できてほっとしたぐらいだ。
田中と何か話がしたくて話題を探しただけならば、「満漢全席ってどんなもの?」と言えば話は広がったはずだ。よほど自分上位で話をしたかったんだろう。先輩の自分を見下す視線に身震いした。夢を語れなどと上から言っておいてその語られた事柄を知らなかった、というのはそれなりに恥ずかしいことなのかもしれないが、知っている範囲で語れと逆上するのはもっと惨めなことだと田中は思った。
「ああ、ご存じないですか」
いつまでも黙ってあきれかえっているわけにもいかないと思い、ようやくそれだけ言えた。ちょっと言い方が強過ぎた。と気づいた時はもう遅かった。
先輩は知っているとも知らないとも言わず、再びボクサーの顔になって物音をたてながら事務所を出て行った。
また出ていったよ。何しに戻ってきたんだ。仕事の邪魔しただけじゃないか。田中はパソコンに向き直った。
知らないことを馬鹿にされたと受け取っただろう。大した人間でもないのにプライドだけは高すぎるのはみっともない。
先輩が言う<夢を語れ>というお題は実は、今暇だからおもしろい話のネタを提供しろということで、田中が自分から距離を取ろうとしたことに気づいて、それが気に食わなかったとしても。
時計を見ると十五時を過ぎていた。先輩に対して殺意がみなぎる。それでも田中が本部向けに言い訳の電話をかけなくてはならない。来客がたてつづけに重なりましてとか言うしかない。先輩が仕事を全部押し付けてくる上に、下らないことを言い続けて仕事の邪魔をするんです、と言えたらどんなにいいか。
今日何度目かのため息をつきながら田中は、年とってもあんな風にはなりたくないな。と思いながら受話器をあげた。