その女、マッスルにつき
入園式後の講堂である。
新入園児が全員退場し、講堂には園長を始めとする幼稚園教諭他職員と保護者が残された。ズラリと並べられた折りたたみ式パイプ椅子に座る保護者達の前に、園長がしずしずと歩を進める。足音ひとつ立てないその立ち振る舞いは、その体格を考慮せずとも彼女が只者ではない事を示唆するに充分なそれであった。
園長(53)は身長こそ女性の平均ど真ん中であるが胸板が異様に厚く、「MUSCLE」とロゴの入った半袖半ズボンのスタッフ用礼服から見え隠れする上腕二頭筋や大腿四頭筋は入園児のウエストくらい太い。定期的に摂取するプロテインが分解吸収され全身にくまなく行き渡り再構築されることによって、肌は弾力に富み皺一つ見当たらない。白髪染め要らずのショートボブの髪はハリ・ツヤ・コシに溢れている。
その為彼女の身体にはしなやかでそれでいて強靭なマッスルが備えられているのが一目瞭然であり、同時にそのマッスルは彼女が途轍もない剛の者である事を物語っている。意志の強そうな太めの眉が八の字に垂れる事は決して無い。眼光鋭く隙は皆無、背後からの狙撃でさえも瞬時に察知し、飛翔して来る弾丸を事もなげに捻り潰すであろう。
彼女自身、マッスル幼稚園にてマッスルに関する英才教育を受けた過去の持ち主だ。年中組に在籍中、瓦を十五枚重ねその全てを一撃で割るという伝説をつくり、当時の職員室では「マッスル幼稚園始まって以来の逸材だ」と大いに話題となったものだ。
卒園後もマッスル道をひた走り、空手道に合気道に忍術、酔拳ムエタイテコンドーカポエイライタリア式棒術など世界中のありとあらゆる格闘技を極めた結果、彼女の逞しき筋繊維は幾重にも重なり束となり、肥大したマッスルを形成するに至った。
園長は保護者達の前に立ち、こう挨拶した。
「保護者の皆様、改めまして、お子様のご入園誠におめでとうございます。皆様の宝物であるお子様方に、私共は責任を持ってマッスル教育を行っていく所存です。その為には保護者の皆様の協力が欠かせません。皆様にはこれから様々な行事に何らかの形で関わって頂きたいと思っております。そこで今日は皆様に、ちょっと話し合いをしてもらいます」