神の間
気が付くと、不思議な空間にいた。澄んでいるとでも淀んでいるとも違う。包みこまれているようで疎外されているようでもある。心温まると同時に肌寒くもある。そんな空間だった。辺りを見渡してみても、何もなかった。
「ここは……ってあれ!?」
砕けていたはずの拳が、まるで何もなかったかのように治っていた。体についていた血も服も綺麗さっぱりなくなっていた。
「一体何が……俺は確かに」
……まさか、ここが死後の世界なのか?もっとそこら中が燃えているイメージだったけど、意外となにもないんだな。
三途の川とか牛頭馬頭とかはいないのか?鬼はどうした。ちゃんと亡者を道案内しろよ。ていうかなんで全裸なんだ。普通死に装束着てるもんじゃないのか。
う~~ん。
「とりあえず、閻魔様がいるところまで行くしかないか。どこにあるか知らないけど」
判決はどうなるんだろう。できれば晴香と同じところに行きたいな。人殺したから無理だと思うけど。
はぁ、少し気分下がるな~。殺し屋でも雇えば良かった。そうしたらまだワンチャンあったのに。
「悪いが、ここには獄卒も十王もいないぞ。八藤時貞よ」
突然、俺の名前を呼ぶ女性の声がした。あわてて辺りを見渡したが、何もなかった。
「だ、誰だ!」
どこにいるか分からないので、適当な方向に聞いた。
「私は時の女神。お前が今いる空間は神の間、つまり私の中だ。だから私の姿は見えないし、他に何もない」
「……………」
な、何を言っているんだ、この声の主は?
ぎりぎり神様であることは、まぁ納得できないことはない。俺死んだし。
でも、神の間?とか私の中?とかは全然意味が分かんない。
「えっと……どういうことですか」
「要するに異空間だ。お前がいた空間とは違う空間。そしてその空間は私の体内にある。これで分かるか」
おう、つまり全ての生き物は死ぬと時の神の体内にある、この変な空間に来るってことか。
なるほどなるほど………ん?
「すいません、ならなんで時の女神なんですか。生命の女神とか死の女神とかじゃなくて」
死後の魂を管理するならもっとおあつらえ向きな名前がついてもいいはずだと思うんだが。
「?当然だろう。私は別にそういうものには一切関わっていないからな」
「え?じゃぁなんで俺がここにいるんですか?」
「私が呼んだからだ。お前に頼みたいことがあるのでな」
そりゃ用がなきゃ呼ばないと思うけど。
「そうじゃなくて、なんで死んだ俺が、全く命に関係ない神であるあなたの体内に呼ばれているんですか?」
「お前が溺死する前に呼んだからに決まっているだろう。流石に死んだあとでは呼べないからな」
「………は?」
「お前に死なれると少し困るのでな。本当はもう少し待ちたかったのだが、まさか入水自殺するとは思ってなかったぞ」
俺は、死んでないってことか?こいつの勝手な都合で?
「それで、お前に頼みたい事なのだが」
「ふざけんな!!」
怒りのあまり、俺は奴の言葉を遮り叫んだ。
「俺は、死にたくて死んだんだよ!それを、あんたの勝手な都合だけで邪魔しやがって」
「なぜそんなに死にたいのだ?せっかく助かった命なのだ。もう少し喜んでいいのではないか?」
「喜べ?冗談じゃない!!俺は、晴香を殺した世界にも、晴香を守れなかった自分にも、ありとあらゆるものに絶望したんだ!!………生きるのが、辛いんだよ……!」
「ほう、そうか」
奴は、まるで分かっていたかのように返事した。
「……俺を今すぐここから出せ」
「出来ない相談だ。今お前を開放すると、私に神罰が下るのでな。少々困る」
「知るかよそんなこと!とっとと俺をここから………!!」
なんだ、体が動かない!?こいつがやったのか?
「黙って話を聞け。全く、どいつもこいつも、叫ばなければならない使命でも背負っているのか」
俺の他にも誰かいるのか。こいつ、一体何をするつもりなんだ?
「私がお前に頼みたい事とは、異世界にある神の泉を探し出し、神器を泉に沈める。それだけだ。安心しろ、言語が同じ世界に飛ばしてやる。あとはお前の頑張りでどうとでもなるだろう」
なんでもう行く流れになってんだよ!くそ、ピクリとも動かねぇ!!
「さて、お前が一番気になっているであろう、対価の話だが」
んなこと微塵も気にしてねーよ!さっさと拘束を解きやがれ!!
「願いを叶えてやろう。どんなものでもな」
………え?
「億万長者でも革命でも戦争を無くすでも誰にも負けない力を手に入れたいでも二次元に行きたいでも構わん」
本当に何でも………いや、落ち着け。こんな見え透いた嘘に引っかかってどうする。
こいつは何が何でも俺を異世界に行かせるつもりなだけだ。
仮にこいつの言うことが本当でも、俺には叶えたい願いなんて……
「もちろん、愛する人に会いたいでもな」
奴の言葉を皮切りに、体の拘束が解かれた。
「それは……本当なのか?本当に、晴香にもう一度会えるのか?」
「あぁ、本当だとも」
奴は、少し声色を柔らかくしながら俺に言った。
もしかしたら、神の泉がなにかは知らないが、こいつの目的の為の嘘かもしれない。
それは分かってる。でも、もう一度晴香に会える、もう一度あの日々に戻れるかもしれないなら……俺は何だってしてやる。
「分かった。あんたの頼み、聞いてやるよ」
「おぉ、納得してくれたか!」
女神は心底嬉しそうな声だった。
「それじゃいくつか質問させてくれ」
「あぁ、構わんぞ」
「まず、神の泉ってなんだ」
「神の泉とは、その世界における神秘の塊だ。それが大きければ大きいほど、神の力は強い」
「なるほど。じゃぁ俺が行く世界の神の泉って、どのくらい大きいんだ?」
「ふむ、そうだな」
すると、目の前に幼稚園生が使うような大きさのコップが出てきた。
中には水が満ちているが、これでは泉というには少なすぎるんじゃないか?
「これをこの世界の神の泉と仮定しよう。そしてこれがお前が行く世界の神の泉だ」
今度は大きな大きな樽だった。
こちらにも水が満ちているが、差は歴然である。
「こんなに違うのか!?」
「その世界は地上と神との繋がりがこちらよりはるかに強い。その分、世界には人には理解出来ない神秘があふれている」
てことは、日本神話とか北欧神話みたいになってる世界に行くってことか。
………絶対危険だな。1つのうっかりで簡単に死にそうだ。
「他にはなにかあるか?」
「うん?あぁ、俺が神の泉に沈める神器っていうのはどんなのなんだ?」
「これだ」
先ほどの鍋とコップが混ざり、一本の木刀が出てきた。長さは日本刀と同じ位、持ち手には泉と書いてある。色は松の木のような色合いだった。
「これが、神器?」
どうみても、お土産屋さんとかに置いてあるやつにしか見えないんだけどな。
手に取ってみると、羽の様に軽かった。木刀を使ったことが無いので、これが良い事なのか悪い事なのかは分からないが、かなり持ちやすい。
「これを肌身離さず持っているのだ。そうすれば神器がお前に力を与えるだろう」
「具体的にはどんな力なんだ?」
「…………ほかに質問が無いようなら、そろそろ異世界への門を開くぞ」
こいつ、誤魔化しやがった!
「ってちょっと待った。最後に一つだけ。神の泉ってどこにあるんだ?」
「知らん」
「知らんって、じゃぁどうすればいいんだよ」
「先ほども言っただろう。あとはお前の頑張りでどうとでもなると」
俺の頑張りってことは……
「ほとんど丸投げじゃねーか!」
「しょうがないだろう。異世界なのだから。それでは、異世界の門を開くぞ」
目の前で光の粒が人ひとり通れるぐらい扉を形どっていった。門っていうか裏口って感じである。
扉を開くと、山が下に見えた。どう考えても空中である。
「なぁ、これもっと地表近くにーーーーー~~~~~~~!!!!!」
何かの力で外に無理やり放り投げられた。扉の外は、やはり空中であった。
「あとは任せたぞ」
シュンという音と共に扉が消えた。
「ぎゃーーーーーーーーー!!!!こんっの……くそ神がーーーーーーーーーーー!!!!!」
Q死んだら手が出せないってどういうこと?
A死ぬと魂を死神に回収され、そのまま生命の神によって生まれ変わります。これを邪魔すると一番偉い神様に消されてしまうからです
Qもう少し待ったらってどういうこと?
A前の人を異世界に転移してすぐだったので、疲れてただけです。
Qどいつもこいつもって言ってたけど何人くらい異世界転移してるの?
A時貞君を含め12人です。