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勇者レベル1、経験値より筋肉を求む  作者: 倉矢あきら
第2話「町のひとびと」
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冒険者ギルド

 清潔なタオルで汗をふき、水を飲む。

 ふーっとひと息。脚トレのあとは、一時的な酸欠の影響なのか気分がふわふわして気持ちいいものだ。

 寝室から戻ると、エルマリートとコニカのふたりが仲良く談笑していた。


「エルマちゃんさ、その髪ってどうしてるの? ふわふわしてていいよねー、リンスはなに使ってるの?」


「いえ、わたしの髪なんて……それより酷いんですよ、先輩からは綿ぼこりみたいって言われるんですから! コニカ様の髪色も素敵ですよねー、伸ばしたりしないんですか?」


「うーん、ロングもいいんだけどねー。あーでも、それならカワイイ髪留めが欲しいかな。ねぇ今度ふたりで買い物に行こうよっ!」


「いいですねぇー! わたしも美味しいお店とか知ってますよぉ、ふふーっ」


 女3人そろえば姦しいというが、しかしながらどうしてこう会話にまとまりがないのだろうか。

 それなのに息が合っているのが不思議で、タクマは黙って席につく。


「あっ、タクマくんおつかれさま。君もいっしょにこれから市場に行かない?」


「俺は午後からも筋トレだ」


「あ、タクマ様それなんですけど……」


 するとエルマリートが、なにやら鞄から資料を取り出しはじめた。

 そこに書かれている表記は見慣れない、だが意味は理解できるというおかしな文字だった。


「コニカ様にも聞いていただきたいのです。今朝がた、女神さまから新たに『勇者の禁則事項』が発行されました」


「禁則……? それと俺たちにどう関係があるんだ」


「むしろタクマ様にこそ大いに関係があるのですが……この3つの項目に抵触する勇者を、もとの強制送還するといった内容です」


 禁則事項は以下の3項。

 1.勇者は魔王討滅について協力的であること。

 1.殺人、窃盗、文化的建造物の破壊など非人道的な行為の禁止。

 1.他の勇者から戦力的に遅れをとらないこと。


「……俺は大丈夫だな。悪事は働いてないぞ」


「いえ、あなたは目下のところ2つの項目に抵触しています。強制送還の最優力候補です」


「えーっ、タクマくん帰っちゃうの? それじゃ誰がボクの面倒みてくれるのさーっ!」


 するとエルマリートは椅子から身を乗り出し、力のこもった眼差しでタクマを見つめる。


「タクマさん! 還されるか否かは、召喚から30日後に行われる模擬戦闘の結果にて左右されます。それまではまだ間に合いますから……!」


 コニカもこちらを心配そうに見る。

 模擬戦闘、ということは腕試しのようなものだろう。

 つまり筋トレだけをしていては、必ず遅れをとるということだ。


「……わかった」


 タクマにとってこの世界は、居続けるメリットこそあれ帰る理由がない。

 彼は決心したようにうなずいた。


「そう言っていただけると信じてました。じゃあ、さっそくレベルを……!」


「戦い方を習いに行く……!」


 その宣言に、エルマリートはずっこけるのだった。


 それから彼女の静止をふりきって、タクマは町に出ていた。

 目当ての場所は『冒険者ギルド』という建物だ。

 ものものしい装備の男たちが出入りしていたので、おそらくそこに望むものがあるだろうとタクマは踏んでいた。


 広々としたフロアの、その脇にテーブルが乱雑に並べてある。

 奥にはカウンターがあり、雑な言い方をすれば小汚いホテルのロビーといった感じだ。

 床には酒瓶やら、砂ぼこりの足あと。

 昼間から酒に酔った男たちが野蛮な笑い声をあげている。


 タクマは角のテーブルに座って、あたりを観察しはじめた。

 男たちの何人かはかなり大柄だ。背負っている得物からも、近接戦闘に特化しているのだとわかる。

 やぶれた袖から覗く、三角筋、上腕三頭筋のほれぼれするような発達具合。

 いますぐ彼らと筋肉談義に華を咲かせたいのだが、それにはタクマもはやく大きくならなければ相手にされないだろう。


 まるでトレーニングジムに入会したてのような心境だ。

 こちらを伺うような視線もあり、居心地はあまりよくない。

 ふと隣の席の会話が耳に入る。


「北の平原に出たらしい。暴風の獣だ」


「ユニークモンスターのことか。いよいよ魔王復活が近いんだな」


「しかし俺たちもうかうかしてられないぞ。なんでも今度の勇者はかなり早いらしい。ここらの冒険者も狩場を荒らされて困っているそうだ」


「せっかく魔物が活性化して、稼ぎ時だもんな。そりゃ市民は勇者に感謝こそすれ、冒険者としては商売敵だからな」


「ホルガのやつなんか、目の前で獲物を横取りされたらしい。見つけたら半殺しだと息巻いていたらしいぞ」


 ひそひそと、不穏な会話が交わされていた。

 これではタクマも、うっかり身分を晒せそうにない。


 するとそのとき、入口からまた誰か入ってきた。

 その存在感に、ギルド中の視線が集まる。

 燃えるような赤い長髪の、うつくしい顔立ちの女だ。

 ただ彼女は片手に杖をついて、左脚には包帯を巻いていた。

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