新居にようこそ!
朝は柔軟運動からはじまり、朝食に鶏卵とフルーツを食べる。
その後は、早々にトレーニングを開始するのだった。
今日の種目は脚トレに決めていた。
タクマがはじめたのはいわゆるスクワットである。
大腿四頭筋と大臀筋を狙ったフルスクワット。ブラジリアンスクワットをかかと重心で行えば、ハムストリングスに入る。
セット毎にフォームを変えつつも、ねちねちと脚の筋肉を追い込んでいく。
そして彼の傍らには、初日に一度だけ使ったダンベルが転がっている。
どうやら壊れた車軸のようだ。重量はしっかりあるので、スクワットに使用しても良さそうなものであるが。
しかしタクマはそれに見向きもせず、トレーニングを続ける。
「ねぇ、なんでそれ使わないの?」
するととつぜん、背後から声。
この馴れ馴れしい感じは、昨日の今日だからタクマにも覚えがあった。
「その声はコニカだな……ノックぐらいしてくれないか」
「したよー。でもさ、ふんっふんってエッチな声がしてたから、期待したんだけどなー」
いったい何を、とはタクマも問わない。
戸が閉まり、なにやら大きなものを床に置く気配があった。
そうしてタクマの前まで回り込んでくる。
「やっほー。でさ、そのダンベルみたいなのは使わないの? テレビでお尻のおっきなお姉さんがさ、タクマくんみたいな動きしてるの見たことあるよ」
「女子のあいだで大臀筋のトレーニングが流行っていたからな。……俺はまだ骨端線が閉じきっていないから、ウエイトトレーニングを見送ることにしたんだ」
タクマの説明はこうである。
15歳というと骨格がまだ成長途中で、男子ならがっしりとした体格になるし、女子なら丸みを帯びていく。
つまりその成長が終わった状態を、骨端線が閉じるというのだ。
一説によると、骨格が不安定な時期にウエイトトレーニングを行うと、その成長を妨げてしまうらしい。
信頼のおける学説なので、タクマはそれに従うことにした。
なにせあと30日も経てば、骨端線が閉じて本格的なウエイトトレーニングを開始できるのである。
この世界ではそう焦る必要もなかったのだ。
ひと息ついて、タクマはコニカを見る。
そういえば、骨格が成長途中にあるせいで性別不明な人物が目の前にいるのだった。
「いやん、またエッチな目で見てるー」
「見てない。それで、なんの用事があって来たんだ」
むしろコニカの容姿ならばボーイッシュな女の子、ということで納得してしまえばいい。
しかしながら残された可能性を、なぜかタクマは捨てきれないでいた。
「えっ、ひどい! タクマくんが言ったんじゃん、俺んとこ来ないかって」
「……そうだが、まさか昨日の今日で来るとは思わないだろ」
「もう撤回は出来ないからねっ。末永くよろしくお願いします」
そう言って三つ指ついた。
タクマも、安易な約束をしてしまった手前、今さら邪魔だから出て行けとは言えない。
仕方がないので、コニカが自分の荷物を広げるのを黙認するしかなかった。
しばらくして部屋の戸がノックされた。
タクマは手が離せず、コニカに呼びかける。
「誰か来た。すまんが出てくれないか」
「はーい、ってこれってなんか新婚さんみたいだよね!」
いいから早くしろ、と訪問者が招き入れられると、なぜかコニカはご立派だった。
「ちょっとー、この女は誰よ!」
「誰って神官のエルマだろ。昨日の朝に会ったじゃないか」
「そのわたしを忘れていたのもタクマ様ですけどね……あのそれより、コニカ様がどうしてここに?」
訪ねて来たのはエルマリートだった。
殺風景だった部屋には、主にコニカの私服が散らかっている。
まるで押入り強盗のあとみたいである。
「ようこそエルマちゃん、ボクたちの新居へ!」
「えっ? あの、おふたりはどういったご関係なんですか……?」
「これから末永く暮らしていくふたりだよ。そう言ったらエルマちゃんもわかるでしょ」
「ええっー! お、おめでとうございます!」
「いや何を言っているんだ。こいつは金欠でうちに転がり込んできただけだ」
そう言われてエルマリートも納得する。
昨日タクマからそのあたりの事情は聞き及んでいたのだ。
すると面白くなさそうにコニカが黙り込んだので、すかさずエルマも当初の目的を果たそうとする。
「あの、タクマ様。今はお時間よろしいでしょうか?」
「ちょっと待ってくれ。あと少ししたら終わるから」
「主人の邪魔はしないでくださいね。さっ、エルマちゃんもこっちに座ってお茶にしましょー」
「は、はぁ……」
やはりエルマリートは混乱しているようだ。
それから、頻繁に上下運動するタクマのすぐ真横で、茶をすするコニカとエルマリートのふたりという、シュールな光景がしばらく繰り広げられるのだった。