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勇者レベル1、経験値より筋肉を求む  作者: 倉矢あきら
第2話「町のひとびと」
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裏禁則事項

 彼が書類に目を通し終えると、また室内は痛いくらいの静寂に満たされた。

 ふぅ……とか、はぁ……とかため息も出ない。

 この沈黙こそがこちらを苦しめるための攻撃ではないのか、とさえエルマリートは思う。


「……手鏡を」


 とうとう彼が口をひらいた。

 彼女の背後を指し、そこにあった手鏡をエルマリートから受けとる。

 いつも身につけている白い手袋、でさえ防げないとでもいうのかわざわざ持ち手を布でぬぐった。

 そして前髪の分け目を気にするように手をやり、角度がなかなか決まらないのかまた静寂が訪れたのだった。


 彼、上級神官のノクトンはこういう人間である。

 完璧主義者であり、気難しいお人だ。

 顔だちこそため息のでるような美形で、神殿の中にも彼に憧れている女の子は多い。


 しかし、いつも近くにいるエルマリートにとっては目の上のたんこぶ。

 できればふたりっきりになりたくない人物の筆頭なのだった。


「全体的に文章の乱れや文脈のまとまりのなさについて言いたいことがないわけではないが……」


「……!」


「まあ、こんなものだろう」


 とつぜん喋りだしたのでエルマリートは心臓が止まるかと思った。

 しかし、報告書の出来についてはどうやら悪くなかったらしい。

 もしひどいものを書けば、ノクトンは何も言わず退室をうながすくらいなのだから。


「それから、勇者コニカについての項目だが……」


「……はい」


「あれは、なかなかよく書けていた。身体情報や浪費癖について、さらにはあの年齢における身体性徴の考察まで、初日にしては有意義な報告が多かったように思う」


「あ、ありがとうございます……!」


 まさかノクトンの口から褒めるような言葉が出るとは。

 しかしエルマリートも素直に喜べないでいる。なぜなら、それはほとんど勇者タクマの手柄だったからだ。

 食事を共にしたあのとき、タクマからはコニカについての情報を、こちらの聞いてないことまで色々と聞き出せていたのである。


 するとその陰の功労者について、報告書の頁をひろげてノクトンは苦々しく口をひらいた。


「この男だが、現状ではまったく魔王を倒すことへの興味を示していないようだな。そのうえ『レベル』や『スキル』の概念を把握していない可能性すらある……ただ意図的に脳の容量を制限する特殊能力というのは興味深いが」


「あ、あの、……これまでにも彼のように非協力的な勇者はいたのでしょうか?」


 エルマリートの質問に対して、ノクトンはうなずいた。


「過去には私利私欲のために『女神の加護』を利用する輩もいた。しかしながら女神自身が選んだ勇者だ、我々の判断では排除できない」


「その場合はどう対処するのですか? まさか牢屋に繋いでおくわけにもいかないでしょうし……」


「そこで、女神はあらかじめ裏の禁則事項を用意していたのだ。それに抵触した者を、強制的にもとの世界へ送還するために」


「裏の禁則事項……」


 エルマリートが女神について知りえる情報は少ない。なにせこの世界を守護する神さまであり、会うことも叶わなければ存在する場所が違うのだから。

 その女神の用意した禁則事項、というとなんとも物々しい響きにエルマリートはごくりとつばを飲み込んだ。


「勇者タクマについては泳がせておいてもいい。が、今回はかなり歩調の速い勇者もいるようだ」


「トキナ様のことですね。あの方は昨日すでにレベル8になっていました」


「全員があれだけ熱心ならば魔王討滅も容易だろうが……エルマリート」


 とつぜん名前を呼ばれて、首が締まるような思いだった。

 ノクトンは三日月のようにその切れ長の目を光らせると、報告書を閉じて鏡を卓上に置く。


「今回は女神の裏禁則事項を、いわば表の禁則事項として利用させてもらおう。君にはすみやかに行動を開始してもらう」


「は、はいっ……! なんなりと!」


「勇者タクマに、レベルを上げざるを得ない状況を与えてやるのだ」


 やがて召喚の日から2日目の朝がくる。

 どうやら今夜の睡眠時間は短そうだと、エルマリートは目にクマをつくりながら憂うのだった。

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