いっぱい食べる女の子
日が暮れかかっていた。
エルマリートはしばらく町中を歩きまわり、なんの成果も得られずへとへとになっていた。
彼女にはいくつか仕事があった。
それは勇者4人の行動を見届けて、報告書として逐一上級神官に提出することである。
「はぁ……あとのふたりはどこへ行ったのでしょうか。勇者のうち2人にしか会えなかったと知れたら、あの人になんて嫌味を言われるか……うぅ」
エルマリートの先輩は完璧主義者だ。
あまり声を荒げたり、暴力に訴えたりする人物ではないが、あの低い声でねちねち言われるくらいならいっそ殴られた方がマシだ。
しかし夜になれば、さすがの勇者たちも床に着くか、それぞれの寝ぐらに帰っていくだろう。
そこを訪ねるという手もあるのだが、若い女の子が夜半にひとりきりで勇者の部屋へお邪魔するのも微妙である。
「やだなぁ……また怒られるの。わたしだって頑張ってるのに……」
なんだか腹の立ちはじめたエルマリートだった。
そのついでなのか、ぐぅ……と腹の虫が主張しはじめる。
「そういえば昼はまともな食事にありつけませんでしたし……まずは夕食にしましょうか、ふふーっ」
鼻歌まじりに通りを歩く。
美味しいご飯のことを考えたら、悩みも2秒で消えるというのがエルマリートの長所なのだった。
彼女が向かったのは緑の炎亭という、この町でも屈指の人気店だ。
そこでは他のどの地域でも食べられない、ある特別な料理を提供していた。
夕食時ともなれば店はかなり混雑しており、エルマリートは相席を促された。
4人がけの卓に、先客が2人。
彼らの顔をみて、彼女はずっこけそうになる。
「なんだ、おまえか」
「タクマ様、昼以来ですね……。あとそちらの方は今朝ぶりですね」
誰かと思えば問題児のタクマである。
そして同席していた人物と、なにやら親しげに話している様子だった。
こちらを認めると、同席人はにっこりとふくよかな笑みを浮かべる。
「むむっ、そちらは白髪のゆるふわガール、神官のエルマたんではありませんか」
「紹介しよう。俺とおなじ勇者のミノルだ」
「いや、知ってます」
はじめて会ったときと印象こそ変わっていたが、同席者は奇しくも3人目の勇者ミノルだった。
するとなにやらタクマが嬉しそうに、肘でミノルの腹を小突いている。
「ほら、こいつに言ってやれ。おまえがこの世界に来てどうなったのかを」
「そうでござるな。拙者、この世界に来てからなんと20キロも太ったでござる!」
「はぁ、そういえばお顔がふっくらされましたね」
「どうだ? ミノルは初日だけで20キロも増量したんだぞ。すごいだろう……!」
なぜタクマが誇らしげにしているのかは置いておいて、ふたりはどういうわけか意気投合していた。
なんでもタクマが食事のことについて悩んでいたとき、ミノルがこの店を紹介したらしい。
ちょうどそのとき、店員が料理を運んできた。
エルマリートも注文を伝え、ふたりの食事を見守るような形になる。
「それにしても、よく見つけられましたね。こんなわかりにくい場所にあるお店でしたのに」
「拙者、食べ歩きが趣味なのでござるよ。このあたりを通りかかったとき、背脂ととんこつ出汁の匂いでピンときたのでごさる」
「これは……ラーメンか?」
タクマはなにも知らず来ていたらしい。出されたものを見て、目を丸くして驚いていた。
「豚麺という料理だそうです。なんでも勇者から製法を教わったご主人が、何年もかけて完成させた人気の品だそうですよ」
「すばらしい……この背あぶらの香り。にんにくの効いた豚骨ベースの醤油スープ……ではさっそくいただくでござる」
神妙な面持ちで、ミノルが麺をすする。
ひとくちめを味わったあと、彼は至福としか言いようのない表情になった。
「あぁ、我がソウルフードよ……。完璧でござるな。そのうえこの太ちぢれ麺に香る……どうやら灌水ではなさそうな、独特の風味。この世界ならではのオリジナリティを発揮しつつも、拙者たちを満足させるこの味。トッピングの海苔、ほうれん草とチャーシューも美味でござる……!」
「うぅ、なんたる脂質にまみれたスープだこれは。なんたる愚かな飯だろうか……」
そう言いながらも、タクマの手も止まらなかった。
じーっと見ていたエルマリートも、つい口の端からよだれを垂らしそうになる。
これこそ勇者の世界からもたらされた美食の最たるものだろう。味気ない茹でただけのようなものと比べれば、抗いようのない濃い味の暴力である。
「はぁー、美味いでござる。どうでござるかタクマ氏! 通はしなしなになった海苔でご飯を巻いて、スープとともに食べるのでござるよ」
「たしかに脂っこいものは美味いな……疑いようもなく。しかし俺も減量中でなくとも脂質オーバーで絶対に食べなかったが、たまにはこんな食事もいいかもしれない」
「そうでござるよ! 美味いものを食べたら人は元気になるでござる。拙者もとつぜん召喚されて心細かったでござるが、美味しいものがあればどんな世界でも幸せでござる」
ミノルの言葉にはエルマリートも同意せざるを得ない。
茹でただけの鶏肉を野菜のネバネバで咀嚼するなんて、そんなものは食事でもなんともないのだ。
そうこうしていると、彼女の側にも料理が運ばれてきた。
豚麺大盛りのどんぶりがひとつ。
山のように白米の盛られたどんぶり。
焼豚だけを別皿に盛った箸休め、が2つ。
追加の薬味の皿。
「わぁー……ではわたしもいただきます。ふふーっ」
その様子をみて、勇者のふたりが言葉を失っていたことを、エルマリートは食事に夢中で気づいていなかったが。
「……俺ははじめて、こいつに尊敬の心を抱いたよ」
「いっぱい食べる女の子はカワイイでござるなー」
ふたりの感嘆の声をよそに、エルマリートは幸せを口いっぱいに頬張っていたのだった。