さいあくの昼食
さいあくの昼食だった。
卓上に並べられた豊富な品目。
茹でた野菜。
茹でた鶏肉。
茹でた卵。
まるごとごろんと置かれた果実。
なんの味もしない麦のおかゆ。
大家から譲ってもらった、あり合わせの食材だったのだから無理もない。
と、思うところだろう。
しかし彼は異世界人なのだ。彼らの世界は食に溢れており、どんなにありふれた食材でも知識と創意工夫で、すばらしい料理にしてしまうのだという。
実際、この世界に流通するいくつかの食材や料理については、過去に召喚された勇者たちからの影響を色濃く受けていた。
にもかかわらず、食卓を彩ったのは料理というより家畜の餌だった。
エルマリートも料理ができないわけではない。
それでも、タクマが自信満々に準備しはじめたものだから期待してしまったのである。
「せめて白米……白米を食べたかったのに……うぅ」
ずーんと沈んだ気分で外を歩く。
かつて勇者によってもたらされた稲作と、脱穀技術、炊飯の方法論。
あの白銀に輝くほかほかしたアレも大家さんの家にはあったというのに、よりにもよってタクマはわざわざ麦粥を選んだのである。
タンパク質やミネラルが豊富だから、などというわけのわからない理由で。
「お米ぇ……おいしいお米ぇ……」
まるで灰色の食卓だった。
タクマはただ無言でそれらにがっついていた。
エルマリートがぱさぱさの茹で肉に苦戦していると、あろうことか彼は「そこにネバネバする野菜があるだろう。それと一緒に口に入れると咀嚼しやすいぞ」などとのたまったのだ。
これでは食事というより作業である。
悪夢にうなされるようにエルマリートは町を出ていた。
よく晴れた空の下に、草原が広がっている。
魔王が復活した影響でいつもなら平穏な町の外にも魔物が湧いており、それを狩る目的だろう冒険者たちともすれ違っていた。
彼らが口ぐちに言ってた。
「これじゃあ仕事にならない」と。
その理由も、エルマリートはすぐに察することができた。
「剣戟スキル、太刀風!」
そこにいたのは勇者のひとりだった。
名前をトキナという。
長い前髪に片目を隠した、細っそりとした体つきの少年だ。
タクマよりも小柄だろう、しかしその剣のあつかいは見事なものだった。
いちどに3体の魔物を相手にしつつ、うまく立ち回りながら機をうかがう。
そして一直線に飛ぶ斬撃で、それらをまとめて斬り捨てたのだ。
倒された魔物の残滓である黒いモヤを手のひらに吸収し、やがて剣をおさめる。
「おおー!」
エルマリートは感激していた。
あれこそ、女神にえらばれし勇者としての本懐ではないか。
魔物を倒し、経験値を得て『レベル』を上げて強くなる。
またレベルを上げるごとに『技能点』が増えそれにより様々な『スキル』が手に入るのだ。
スキルには魔法系のスキルや剣士スキル、回復スキルや補助スキル、さらには希少な『ユニークスキル』もある。
あの剣さばきも、太刀風という剣技もすべては剣士スキルの恩恵だろう。
勇者としてのタクマに望んでいたのは、まさにあのような姿だったのである。
「トキナ様、ご苦労さまです!」
「……!」
たまらずエルマリートが飛び出すと、トキナはあろうことかこちらに剣を向けてきた。
「ちょ、……あのわたし下級神官のエルマリートです! 悪い魔物じゃありません!」
「オレに近寄るな。群れる気はない」
「いえっ、あのぅ……いま何レベルかなと思いまして。神官として頑張っている勇者さまを励ましに来たんですけど……」
するとトキナは、あいかわらず鋭い目線をこちらに送っていたが、やがて諦めたようにふんっと鼻を鳴らして手の甲を示した。
そこには『レベル8』と刻印されていた。
「れ、レベル8って……! まだ召喚されてから半日ですよね……。ていうか、この草原でそこまでレベルを上げるなんて、いったい何匹の魔物を……」
そう思ってあたりを見回す。
見える範囲に、魔物のすがたはまったくなかった。
これで合点がいった。町に帰っていく冒険者たちの言う「仕事にならない」とは、狩るべき魔物をこの勇者がひとりで狩り尽くしてしまったということだ。
「わかったなら消えろ。オレがどれだけ魔物を狩ろうが、おまえたちには関係ないだろ」
「いえ、あの……ここの魔物は弱いので、あなたのそのレベルなら西の森に行った方が良いのではと……」
「……ふん。勝手にしろ」
そう言ってこちらに背を向けると、トキナは町の方向へ歩きだした。
どうやらあの様子だと、町中を通って反対側の森へ行くつもりなのだろう。
とりあえずほっとため息をついて、エルマリートはその場に座り込んだ。
「うぅ、怖かったぁ……勇者様ってみんなあんな感じなんですかね……」
例外はタクマだけかと思っていたのだが。
この分では残りふたりも、けっこうなくせ者なのかもしれない。
先輩からはそう難しい仕事ではないと言われていたが、それは彼が特別なだけではないかと思いなおす。
もしくは、女神が選んだのだから勇者というのも本来なら魔王を倒すことに協力的なのかもしれなかったが。
「……わたし、向いてないのかな」
はやくも自分の役割に自信をなくし、エルマリートはぐったりとうなだれるのだった。




