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勇者レベル1、経験値より筋肉を求む  作者: 倉矢あきら
第7話「旅立ちのとき」
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勇者レベル1、経験値より筋肉を求む。

 それは小さな荷車の車輪だったらしい。

 車軸と合わせて、だいたい15キログラムの重さがある。


 シャフトを握りしめ、肘の位置を固定する。

 手のひらを上に、腕を伸ばして、その位置から重りを持ちあげる。

 ぐっと力こぶを作るように、肘を曲げる。

 15キロという重量はそれなりのものだ。特にこのトレーニングで鍛えられる部位、上腕二頭筋は小さな筋肉である。


「……ぐぅぅ!」


 意識せずとも息が漏れる。

 5回目にして、腕はもう上がりきらなくなっている。

 だけどあと最低3回は、全身の反動を使ってでも上げきる。


「あと、……いちっ」


「あのぅ、お体を鍛えている最中にすみませんが」


 すると背後から声が。

 それに集中力を切らして、とうとう15キロを8回挙上しきることは叶わなかった。


「くぅぅ……しかし今日できなかったあと1回は、いずれできるあと1回になることだろう」


 タクマは満足げにダンベルを置いて、振り返った。


「それでエルマリート、声をかけるならせめてインターバル中にしてくれないか」


 そこにいたのはゆったりとした白衣に身を包んだ、ふわふわの髪の少女。

 全体的にのんびりとした雰囲気だが、これでも女神に仕える下級神官なのだ。


「いえ、それはすみませんでした。でもそれどころじゃないんですよ、タクマさんっ!」


 エルマリートはちょっと怒ったような顔で、タクマさんとそう呼んだ。

 あの30日目の試合以来、いつの間にか呼称が変わっていたのだ。

 しかしタクマはといえば、それでどうしたということはない。

 今朝も変わらず筋トレに励んでいる。


「タクマさん、いつになったら勇者としてレベルを上げるつもりなのですか?」


「レベル? レベルなら上がっているじゃないか」


「うそっ、まさか……」


 エルマリートがタクマの左手をとると、そこにはやはり『1』の刻印が。

 それはこの世界に召喚されたその日から、すこしも変化していない。

 タクマはレベル1の勇者なのである。


「ほらー、やっぱりレベル上がってないじゃないですかー」


「そんなことないぞ。トレーニーとしては日々レベルアップしているからな……それに今後は本格的なウエイトトレーニングを開始するつもりだからな。レベルの上昇は飛躍的になるぞ」


 なにやらぶつぶつ言っているが、つまり魔物を倒し経験値を得て、勇者としてのレベルを上げるつもりはないらしい。

 そんなタクマを呆れたように見つめるエルマリートだったが、ふと笑みをこぼした。


「……ほんとに、タクマさんは変わりませんね」


「なに? これでも筋肉量でいえば当初とは段違いだぞ? 身長も3センチは伸びたし、体重だって10キロ以上も違う。ほとんど別人だ」


「いいえ、タクマさんは変わらないですよ」


 あの日、すごい勢いで「四つん這いになれ」と言ってきた筋肉バカはあの日のままだ。

 中身はちっとも変わっていない。

 他の勇者たちがこの街を出ていったあとでも、彼は初日に借りたこの部屋で体を鍛えている。


「タクマさん、ほかにやるべきことはないんですか?」


 するとタクマはダンベルを左手に持ち替えた。


「馬鹿をいえ。俺にとってははじめから、これだけがやるべきことだ」


「魔物を倒して、経験値を得ることよりも?」


「俺は筋肉を求む!」


 彼の宣言はすがすがしいまでに明快で、この晴れわたる空にもよく響いた。

 どの世界にいても、変わらずそう言うのだろう。


「……ところで、もうじきこの街で大きな剣術大会が開催されるようですね」


「ああ、ベッサにも誘われていたな。ただ俺には剣にかまけている時間はなさそうだ」


「そうなんですか。たしか優勝商品は、使うものを強くする『神の粉』と呼ばれるアイテムが手に入るのだとか」


「……なんだと!」


 タクマはダンベルをはたと置いた。

 すごい勢いでエルマリートに詰めよると、その手をとる。


「ちょっ、タクマさん!」


「いま神の粉と言ったか? まさか……我々ボディビルダーにとってなくてはならない、必須栄養素」


 エルマリートの悲鳴にも気づかない。

 タクマは自分の世界に入っている。


「食事だけで摂りきることが難しいそれを、補うためのあの粉……まさしく『神の粉』が、この世界にあるというのか……?」


 なにか不用意な言葉を言ってしまったらしい。

 エルマリートは恐れおののく。

 そうしている間にもタクマは着衣を直して、壁にかかっている剣に手をかけた。

 鈍い光を放つ、両刃の剣である。


「エルマリート! 決めたぞ、俺も剣術大会にエントリーする!」


「え、えぇ……でも、参加期日はたしか今朝までだって」


「なにぃ! それじゃこうしちゃおれぬ。行くぞエルマリート!」


「ちょ、わたしは関係ないのに……ちょっとタクマさん!」


 家を出て、タクマは走り出した。

 しかたなくエルマリートもそれに続いた。


 魔王が復活するまであと110日と少し。


 だけど勇者レベル1にとっては使命なんてどこ吹く風で。


 彼はこれからも経験値より、筋肉を求め続けるのだった。

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