月夜の晩に。
腹いっぱいになったので家に帰る。
外から灯りは漏れていないはずだが、室内には誰かの気配がした。
まさか泥棒か?
そっと息を潜めて、部屋の中へ足を踏み入れるタクマ。
すると真ん中でなにか動いている。
こちらに背中を向けているらしい。
タクマは意を決して、その人影に飛びかかった。
「観念しろっ!」
「うひゃっ……!」
ずいぶん呆気なく泥棒は捕縛されたのだが、声に聞き覚えがある。
灯りをつけると、それは案の定というかコニカだった。
「……タクマくんのえっちぃー」
「いや、すまん。暗いから空き巣かと思ったんだ」
すぐに離れると、手首をがしっと掴まれる。
そのままローリングするコニカに手を引かれて、タクマは体勢を崩して寝ころんだ。
「痛って、悪かったよ。怒ってるのか?」
「……ううん。ホントは見つからないうちに出発するつもりだったの」
「……おまえも、この街を出て行くのか」
部屋の中にはまだ散らかってはいたが、あれだけあったコニカの服や雑貨がひとまとめにされていた。
まるで引越し準備のように。
もしくは、家主に見つからないよう灯りさえ付けなかったのであれば夜逃げも同然だ。
ふたりは仰向けに並んで、天井を見上げている。
「ゴメンね。本当はちゃんとお礼言って出て行くつもりだったんだけど……顔見ると泣いちゃいそうだったから」
「なんだよ、今生の別れでもないだろう。またこの部屋に遊びに来ればいいじゃないか」
するとコニカは黙りこむ。
どうやら、いつ戻れるかもわからない旅になるらしい。
そういえばあの魔術師と西に向かう約束をしていたのだと、タクマは思い出す。
「だからって、黙って出て行かれたらさみしいだろ」
「うっ……ちょっと、寂しいとか言わないでよ。いつもみたく早く出て行けって言ってよっ」
コニカは涙声だ。
タクマも、そんな相手に冗談でも出ていけなんて言えなかった。
そのかわり、聞きたかった問いを投げかけてみる。
「コニカは、この世界でやりたいことがあるのか?」
「うん。……たぶんみんなと違って魔王を倒すとかはどうでもよくて……でもこの世界でしか出来ないことなの」
「だから西へ行くのか」
隣でうなずく気配。
それを聞いてタクマも、ちょっと自嘲気味に息をついた。
「俺だけ、置いてかれたみたいだな」
「ごめんね。タクマくんを連れて行くわけにはいかないの」
「そうじゃなくて……」
自分だけこれからの目標がないこと。
旅立つ勇者たちに置いてけぼりにされたような、そんな心情を吐露するところだった。
そのとき、ごろんとコニカが横になった。
タクマの腕につかまって、自分の鼻先を彼の首もとに埋める。
「ねぇ、もしボクが無事にこの街に帰ってこれたら、そのときは……」
ふっと、熱い吐息が耳にかかった。
急にタクマの心臓の鼓動が早くなる。
「ボクを、タクマくんの……」
消え入りそうな声がひびく。
胸がとくとくと波打つ。
もしその先の言葉を聞いてしまえば、戻れない一線を越えてしまう気がしていたからだ。
とくっ……とく。
頭が熱い。
手足がかなしばりみたいに動かない。
とっ、とっ、とっ……。
息が苦しい。
きっとこの鼓動の音はコニカにもきこえているはずだ。
「ボクを……」
ぎゅうぐるるるる……。
だからこそ、静寂を裂くように鳴ったお腹の音はよく聞こえただろう。
「……ちょっと。ちゃんと晩ご飯食べてきたの?」
「ああ。急に食べ過ぎたから、胃が活動的になっているらしい」
「もうっ! ……なんだよー、いい雰囲気が台無しじゃんかー」
そう言いながらもコニカは笑った。
くすぐったそうに、じゃれつくように。
その態度はタクマを安心させる。
今夜はまだ、今までどおりのふたりでいられそうだった。
けっきょく部屋の片付けはタクマが手伝って、終わったのは夜更けだった。
月夜の晩に。
布団をふたつ並べて、灯りを消すとうっすら月光がさしこんでくる。
ふたりは色々なことを話した。
その中でふと、コニカはこんな質問をタクマにした。
「どうしてタクマくんは筋肉を鍛えはじめたの?」
「……そうだな。ちょうどもとの世界でも今くらいの年齢だった。俺は空っぽだったんだ」
高校3年生の春だった。
周囲は受験勉強や、最後の部活動の大会に励む中。
帰宅部で進路も決まっていないタクマには、なにもやることがなかった。
それまではなんとも思っていなかった。
だけど皆がなにかを選びはじめる中、気付けばタクマだけはそこに立ち止まっていた。
だからかもしれない。
焦ってなにかをはじめようと思ったのは。
「テレビを観ていたら『夏に向けて体を鍛えてモテモテになろう』って特集していたんだ」
「タクマくんモテたかったんだー、えっちだなー」
「まあ否定はしないさ。それで腕立て伏せと、腹筋と、スクワットをはじめた。それが俺にしては珍しく10日間も続いたんだ」
するとだんだん、自重トレーニングの負荷にも慣れて満足しなくなっていた。
同じクラスの運動部にきいて、フィットネスジムを教えてもらった。
そこにあるたくさんの器具やトレーニングマシン。タクマはだんだんと筋トレ自体に夢中になっていた。
気づけば体格も良くなっていた。
周囲からは、3年のこんな時期に体を鍛えてどうするつもりだ、と笑われた。
タクマも笑うしかなかった。
ただ、やりがいなく日々を過ごしていたタクマにとって、筋トレで得られる達成感や成功体験はかけがえのないものになっていた。
「……そこからの話はいつか話してやろう。コニカ、おやすみ」
気づけば隣で寝息をたてている。
今日はずいぶん夜ふかししてしまった。
だけど自分のことを話したら、心がすっきりと軽くなったような気がした。
きっかけは些細なことだったのだ。
なにかのトラウマがあったり、コンプレックスや、宿命があるわけでもない。
そんな自分は英雄には向かないのだろう、そう思うと不思議なことに気が楽になった。
今夜はよく眠れそうだ、とタクマは思う。
やるべきことなんて、はじめから目の前にあったのだから。
次回、最終回です。




