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努力の差

 ジャンケンにしても同じことだ。

 勝負には、最後に必ず運が絡んでくる。

 絶対なんてものはない。


 タクマに与えられた思考時間は1秒未満。

 トキナが居合い斬りの構えをとり、その身に宿す風のちからを貯めきるまでの間。

 なにせ塵が舞い上がって、彼の姿はもうぼんやりとした人影にしか見えていないのだから。


 可能性は二択にまで絞った。

 相手は『最後の技』だといった。

 つまり一撃必殺の技でなければならない。

 狙いは横なぎに『胴』か『首』だろう。

 だったらトキナがスキルを放つのと同時に、そのどちらかを守るように剣を構えればいい。


 もし防ぎきればこちらの勝ち。

 そうでなければ負け。

 そして選ぶべき根拠を最後まで探そうとしたが、ついに決断の時が訪れた。


「複合スキル『暴風爆動(ジェットストリーム)』」


 パンッ、と空気が爆ぜる。

 砂煙が晴れた。

 その中に、トキナの姿はもうない。


 まばたきする暇もなく、タクマとすれ違う形でその背後に彼はいた。

 手には抜き身の刀が。

 たしかな手ごたえと、タクマの胴に真一文字に結ばれた剣筋の赤。


「どうして首を守った」


「首の筋肉、すなわち胸鎖乳突筋を鍛えていなかったからだ。ここが俺の弱点と考えたからだ」


 トキナの問いにタクマは答えた。

 反対に聞き返す。


「どうして胴を狙った?」


「……初対面のとき、オレはおまえの首を狙いスキルを放った。それは防がれてしまったが……二度目も同じところを狙うのは愚策だからと思ったからだ」


「……そんなことあったか?」


 トキナのいう初対面のときというのは、武器屋でホルガを含めて一悶着起こしたときのことだった。


「覚えてないはずないだろう。そのときオレの発動したスキルのことを、おまえは今日、見るのは二度目だと言ったのだから」


「……ああ、なるほどな。たしかにスキルのときの筋肉の動きはよく覚えていた。ただどこを斬られそうになったかなんてのは覚えていない。なぜなら……」


 そのとき、神官があわててバチを手にとるのが見えた。

 女神像のすぐ隣に置かれた立派なドラに向かっていた。


「ストレスでカタボらないよう、筋肉に関すること以外のことはすぐ忘れてしまうからだ」


 ジャーン!

 ドラがはげしく打ち鳴らされた。

 試合の決着。

 勝者の名前が、上級神官の口から告げられる。


「勝者、勇者トキナ!」


 しばらくの静寂があって、少ないながらも場内に拍手が起こった。

 勝者を、あるいはふたりの剣士を讃えるように。


「勝敗を分けたのは、記憶力の差だったということか」


「いや、違うぞ」


 舞台にいくつかの影が駆け込んでくる。

 膝から崩れそうになるタクマを、コニカがひっしと支えて、そのあとから大男が肩にひょいと担ぎ上げた。

 彼の周囲には下級神官や、ほかの勇者、そして杖をついた女剣士がいる。


 タクマは力なく運ばれながらトキナにこう答えた。


「努力の差だ。おまえの方が俺より努力したから勝ったんだ」


 そうしてハッとしたように立ち尽くすトキナに、近寄る白い仮面。


「きみ、どうしたんだい。なんだか嬉しそうだよ」


「嬉しい? オレが……? いや、あれだけのレベル差がありながら無様な勝負だった」


「でもユニークスキルを解かなければ完勝できたはずさ。そうしなかったのは、きみが彼との戦いを楽しみたいと望んだからなのだろう?」


 トキナは刀を収め、まっすぐ前を向いた。

 そこにはお助けキャラ、もとい冒険者の霧刃のヘクサーがいる。

 彼はなにもかも見透かしたような口ぶりで、いつもの調子でこちらを見返していた。


「そうじゃない……ただオレはもう、あの頃のように自分の殻に閉じこもってなにもしないのはウンザリだったからだ」


 そんな彼がトキナの言葉に、ちょっと戸惑っているように見えたのは痛快だった。

 まさか彼でもトキナのもとの世界のことまではわかるまい。

 満足したように舞台を降り、正面にある女神像を睨みつけた。


「おい女神、もしあいつを帰すようなことをしたら、オレはもう魔王なんて知ったことじゃないからな。オレに勝ち逃げさせるなよ」


 女神はなにも語らない。

 ただ今日の試合を、どう判断したかなんてことは分かり切ったことだ。


 こうして試合はすべて終わった。

 勇者たちの長かった30日目が、ようやく終わりを告げたのである。

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