カタボリックを阻止するため
有意義な昼食だった。
たまにはわいわい他人と食卓を共にするのもいいものだ、とタクマは思う。
しかし食事を終えてすぐ彼は市場に出向いていた。
異国風の町並みの、大通りの両わきにテントが軒を連ねている。
そこには、もとの世界でもなじみ深い食材がいくつか並んでいた。
この世界の食糧事情は、ざっと見た感じだと中世的なラインナップに加えて現代的な品物が混ざりこんでいる。
そういう歪さが、そしらぬ顔をして町並みに同化しているのだった。
「これじゃあ、旅行気分に浸ることもできなそうだな」
目下の課題として、食事頻度の見直しが必要だった。
もし人間の成長速度が20倍なら、そのために必要なエネルギー量も20倍だと考えるべきだろう。
たとえば筋肉を形成するタンパク質であれば、タクマの場合1日に必要な量を90グラムと仮定し、これが20日分で1800グラム。
鶏むね肉から摂取しようとすれば、1日に約9000グラムの量を食べる必要があるのだ。
しかしながら、先ほどは普段の昼食を終えてしっかりと満足感があった。
胃の容量から考えても、鶏肉だけでそんな大量に食べきれるはずがない。
そして目下のところ体調に不良がないとすれば、考えられることはひとつだろう。
「つまり、成長速度に合わせてエネルギー効率も20倍になっているということなのか……? まるでビルダーの考えた理想郷だな」
「あ、やっほー」
すると、とつぜん腰のあたりに軽い衝撃があった。
ふりかえると、そこに立っていたのは少女……いや少年だろうか。
明るい髪色の、耳を隠すぐらいのショートカット。にんまりと、いたずらっぽく微笑んでいる。
また何事だろうかと、タクマは彼に向き直った。
「俺の知り合いか? すまないが記憶力が良くないのでな」
「えー! そりゃないよ! ボクらいっしょにここへ来た運命共同体じゃないか」
「……なるほど、勇者か」
一見して、同郷の人間だとは思わなかった。
すっぽり羽織っている、グレーの厚手の上着のせいだろう。いかにもこちらの衣装といった風体で、ワンピース風の裾からは生脚が覗いていた。
「君はたしかタクマって名前だったね。ボクの名前はコニカ。よろしくねー」
「よく他人のことまで覚えていられるな…….。同郷のよしみだ、なにか困ったことがあれば相談に乗ろう」
もっとも、タクマに応えられるのは筋肉のことに限定されていたが。
そしてそれが必要な相手とも思えない。
身長は158センチ。
体重は……これがいまいち読みにくかった。
なにせコニカと名乗ったこの人物は、一見して性別不明なのだ。
ぱっちり大きな目に、細っそりした顔の輪郭。白くて華奢な首すじ。
その可愛らしい顔立ちのせいもあるだろうが、タクマはそんなことでは惑わされない。
タクマの目からは骨格までレントゲンのごとく見透かせるのだ。
そしてなにより、年齢のせいなのだろう、その骨格にまだ性的な特徴があらわれていなかったのである。
「ふふっ、タクマくん視線がエッチなんだけどーっ、ボクをどうする気なのさ?」
「なぜ嬉しそうなんだ。……いや、じろじろ見たりしてすまなかった」
「べつにいいよ、慣れてるし。それにタクマくんの目ってイヤな感じしないし……なんていうか、ボクのことをまっすぐに見てくれてるって感じだよね」
コニカはくすぐったそうに笑った。
目が通用しなかったのはなんだか負けた気分だが、どちらにせよ30日後にはハッキリすることだろう。
「そういえば相談に乗ってくれるってハナシだよね? ボクちょっと困ってることあるんだー」
「ああ、なんだ言ってみろ」
「あのねー。ちょっと市場で使いすぎちゃってさ、お小遣いくれない?」
「軍資金を使い切ったのか…….? 向こう3ヶ月は困らない額だときいていたんだが」
軍資金とは、神官から手渡されたこちらの世界の通貨のことである。
タクマにしてはよく覚えていたが、とうぜん所持金の有無は食事のクオリティーに直結するので、忘れるはずもなかった。
そして4人の勇者それぞれの額面が違うなんてありえないだろう。
「こっちの服とかアクセサリーとか可愛くってさ。ねぇ、ダメー?」
「いや、金の貸し借りはやめておこう。あとでトラブルになるから」
「キミって意外と堅いよね。じゃあさ、……お金くれたら、確かめてもいいよ?」
「確かめる……?」
するとコニカは、上着の裾をゆっくりと捲し上げはじめた。
するすると幕が上がるように、まっしろい太ももが露わになる。
そして自前のだろう、ショートパンツの生地がみえ隠れしていた。
「気になってるんでしょ、ボクのこと……タクマくんならいいよ?」
「……!」
するとタクマは動いた。
ずいっとコニカににじり寄り、そしてすかさず拳を握りしめた。
それで頭をこつんっ、と小突く。
「いった! なにすんのさー」
「馬鹿なことをするな。……本当に困っているなら俺のとこに来い。寝床と、飯の面倒くらいはみてやるから」
「……うん。わかった」
そう言ってコニカはそっぽを向いた。
タクマ側から見える、耳の裏がほのかに赤くなっている。
やがて恨めしそうにこちらをふりかえった。
「それってさー、ほとんどプロポーズじゃん。……反則だよ」
それだけ言って、逃げるようにコニカは去っていった。
そんなに強くぶったかな、とタクマは的ハズレなことを思う。
そして、けっこう時間が経ってしまっていた。
刻一刻と進行する筋肉の分解、カタボリックを阻止するため、買い物を再開するのだった。