ただの友達として
エルマリートも知らないうちに力んでいた。
女神につかえる神官として、特定の勇者に肩入れすることは厳禁だったろう。
それでも、つい強く握りしめていた指をほどいて、あぜんとして目の前を見つめる。
「いったいなにが……?」
彼女のような素人目にも、勝負は決まったように思えた。
あの瞬間、タクマの剣をトキナに避ける術は残されていなかったはずだ。
それなのに、タクマは後方へ転がるように尻もちをついている。
まるで見えない壁に押し返されたかのように。
「クフフっ……!」
さらに彼女は信じられないものを見た。
あのノクトン上級神官が、笑っているのである。
氷像のように冷たく温度のない男が、つい口元を緩めている。
舞台を見つめる、その目には危うい光が宿っている。
「あれこそユニークモンスターの討伐報酬、ユニークスキル『暴風装衣』」
「ノクトン様……?」
彼のとなりにいるエルマリートの後輩、テッサーもまた不安そうに彼を見上げていた。
テッサーにしたって尊敬する上級神官の、このように悪魔的な表情は見たことがなかったのだろう。
「テッサー、よく見ておきなさい。あれこそが勇者の戦い……あのユニークスキルは暴風を身にまとい、自分より低レベルな攻撃をすべて弾き返すことができる」
「そんな……っ!」
エルマリートが思わず声をあげる。
あまりにも残酷な事実に。
勇者トキナはレベル29。
そしてタクマはレベル1。
そこに埋めようのない差があったとして、タクマは確かにそれを補うことのできるものを見つけていたのだ。
しかしそのユニークスキルの効果が本当ならば、この先はたとえどんなに冴えた剣技だろうとも、トキナに届くことはない。
指一本さえ触れることができない。
「当然のことだ。そのために女神からレベリング制度を課せられているのだから。ただの剣で魔王を倒すことができるはずがないだろう」
「すばらしい! これが勇者の力……!」
すぐに気持ちを切り替えたらしい、テッサーはノクトンに習ってうっとりと勇者トキナの姿を見つめる。
しかし、エルマリートには納得がいかなかった。
レベルが全てだというのなら、あの日タクマのおかげで彼女が生まれてはじめてできた懸垂はなんだったというのか。
「ノクトン上級神官。あなたは、タクマ様が今日までどうやって過ごしてきたかをご存知ですか……?」
「エルマリート、それなら報告書に記載してある。あの勇者はなにもしてこなかった。これがその結果だ」
「いいえ、違いますっ!」
エルマリートは悔しかった。
なぜだろう、それはわからない。
ただ考えなくても言葉は溢れて止まらなかった。
「あなたには何もしてなかったように見えたかもしれません、それでもタクマ様は一歩ずつ進んでいましたっ。それは遠回りで、もしかしたら間違った道だったのかもしれません……でも彼は1秒だって立ち止まったことはありませんでしたっ!」
「なに、エルマリート先輩。あなたこそ勇者ひとりに肩入れし過ぎなんじゃないの?」
「もちろん、トキナ様だってそうです。彼も魔物を倒して、ひたすら倒して、そうしてたどり着いたレベル29です。……でも、それとタクマ様のなにが違うのですか?」
エルマリートは目に涙をにじませていた。
ノクトンが冷たく一蹴する。
「一目瞭然だ。勇者タクマはレベルを上げなかった。その結果がこれだとするならば、彼は勇者に相応しくない」
舞台では未だに戦いが続く。
勇者タクマはあらゆる角度から、剣を突き、なぎ払い、振り下ろし、切り上げる。
しかしそのどれもが、逸らされ、弾かれ、当たるどころかすこしも掠ることがない。
「勇者の本分を忘れちゃだめよ。彼らは魔王を倒すためだけに召喚されたのだから……その過程なんてどうでもいいことだわ」
「勇者でないものは帰されるだけのことだ。この世界に彼は必要ない」
「……っ!」
エルマリートは言い返す言葉を探す。
ただ先ほどのようにはいかない。
自分のこのやり切れなさを、うまく言いあらわせるものが見つからないのだ。
なにより戦い、とも呼べない戦いは続いている。
息もたえだえに、フラフラになりながらも向かっていくタクマ。
それとは対照的に、棒立ちで風を身にまとうトキナ。
この試合の結果によっては、もとの世界に帰される勇者が決まる。
それは魔王を倒す戦力になり得ないと女神から判断された勇者だけだ。
「先ほどのふたりも、各々に役割を見いだせていただろう。回復術師に、彼の使役する奴隷。そして高火力の魔術師……レベルの面で不安はあるが、レベル1よりかはマシだ」
「それにひとり欠けてもパーティは4人いますわね」
ああ、どうしたらいいのだろう。
自分はなんて無力なのだろう、とエルマリートは思う。
神官としての務めも満足にこなせなかった。
そのうえ友達のことも擁護してやれない。
そう、もう隠す必要もないだろう。
いくら勇者だからって同じ人間なのだ。まして同世代でもある。
毎日のように顔を合わせていれば、愛着や親しみを感じても仕方がないのだ。
そんな『友達』のひとりにさえできることはないのだろうか。
そうして足もとに目を落とすエルマリートは、ふとなにかを聞いた。
とおくて何かはわからない。
ただ声のかぎり叫んでいる。
あそこにいるのはコニカだろう。
その対角線上には、三人の人影が。
あそこからも声がしている。
エルマリートも身を乗り出して叫んだ。
「タクマさまぁぁぁーっ!」
口の形は見てとれた。
なにより、彼女自身かようやくその結論に達していたのだ。
「がんばれぇぇぇー!」
自分にできることはたったひとつ。
彼を信じること。
ただの友達としてエルマリートにできることは、声のかぎりタクマを応援することだけだったのだ。




