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勇者レベル1、経験値より筋肉を求む  作者: 倉矢あきら
第5話「30日目」
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第1試合

「これより第1試合を開始する。勇者ミノル、勇者コニカの両名は闘技場の中央へ」


 上級神官ノクトンの声が厳粛にひびく。

 彼はこちらを見渡せる、一段上に立っている。

 そばに控える下級神官に目で合図を送ると、一振りの短剣をうけとった。


「なおこの闘技場は、女神の加護により闘技者はあらかじめその生命を保護されている。このように……」


 そう言うとノクトンは、迷うことなく短剣で腕を切りつけた。

 ひっ、とそばで押し殺した悲鳴。

 かなり深く斬りつけたはずだが、しかし流血はなくただ赤いラインが傷あとの代わりに引かれていた。


「と、このように。痛みこそあるが肉体的損傷はない。また致命傷相当の攻撃については受けたものの意識をすぐさま刈りとる。つまり勇者たちは相手の生命を気づかうことなく存分にその力を発揮したまえ」


 肉体的損傷がない、とわかっていても尋常ならざる行いだ。

 ノクトンの自傷行為に、気の弱い下級神官はふらふらと酸欠気味になって倒れてしまう。

 エルマリートはその卒倒した仲間を庇い、肩を貸していた。


 その様子を冷ややかに見下ろして、ノクトンは短剣をしまう。

 闘技場にはいやな緊張感が満ちていた。


「改めて、勝負はどちらかが戦闘不能になるか降参するまで行われる。なにか質問があるものは……」


「はい、はーい!」


 そこへ、コニカの朗らかな声が上がった。

 対峙するミノルを指し、ノクトンへ意見する。


「向こうは2対1なんだけど、助っ人ってアリなのー?」


「ふむ、本来ならば認められていないが……」


 それを受けてミノルは、堂々とこう答えた。


「メミたん、彼女は拙者のスキルで契約した奴隷でござる。勇者のスキルで使役した場合、問題ないかと思ったのでござるが」


「……奴隷縛りの首輪、ユニークスキルか。いいだろう、勇者ミノルの使役物としてその存在を認めよう」


「よかったでござる。メミたんがいないと拙者には戦う力がないでござるからなー」


 コニカにも異論はないようだ。

 しかしながら、メイドの少女は先ほどその力を見せつけたばかりである。

 背後から心配そうに見ていたタクマへ、コニカは目線を送る。


 大丈夫だよ、とその目が伝えていた。

 コニカにしても勝算があるらしい。

 丈の長い白衣をはためかせて、臨戦態勢をとる。


「それではこれより第1試合、勇者ミノル対勇者コニカの模擬戦闘を開始する。……テッサー、合図を」


「承知しました」


 テッサーと呼ばれた下級神官が、バチを手にドラへ向かう。

 おおきく振りあげ、打面を強く叩いた。


 じゃーん!

 けたたましい音が鳴り、戦闘がはじまる。

 その刹那、動いたのは奴隷のメミだった。


 少女のしなやかな肢体は獣のように駆動し、コニカの目前へ。

 その手には小ぶりなナイフが握られている。

 コニカもそれを受けて、白衣の懐から小袋を取りだした。


「遅いッ!」


 メミの姿がかき消えたように見えた。

 体勢をひくく、旋回するようにコニカの背後をとり、腕を絡めとる。

 そのまま体重をかけると、コニカの体は前のめりに押し倒された。


「ミノル様、ご指示を」


 刃は首筋にあてがわれている。

 あまりにも早い決着。

 そのせいだろうか、ミノルにしても想定外だったのか発声が遅れる。


「あ、うぅ……メミたん!」


「詠唱スキル、も・え・あ・が・れ」


 あとはミノルの指示に従って首をかき切るだけで終わった。

 そんなメミの周囲を、ちかちかと燐光が取りかこむ。

 コニカの手からこぼれた袋より、漏れだした粉末が宙を舞っていたのである。


「……ッ!」


 メミはなにかを察した。

 もうれつに高まる火の気配。

 あわててその場から離脱しようとする少女へ、コニカは言った。


「遅いよ……は・ぜ・ろ! 黒蛍!」


 その瞬間だった。

 燐光のひとつひとつが明滅する。

 真っ黒なそれが火気を膨らませ、『黒蛍』の詠唱とともに破裂する。


 音にならない爆音。

 きーん、と闘技場の空気が揺れる。


 はげしい閃光は、その場を黒く染めあげた。

 闇の中からきりもみに吹き飛びながら、どうにか態勢を立て直したメミが飛び出す。

 砂煙をあげ、勢いを殺しながら膝立ちに着地。


「メミたんっ!」


 少女の衣服はところどころが裂けている。

 そして露出した肌は赤い。

 もしも女神の加護がなければ、その全身はひどくただれていたことだろう。


「申しわけございません、ミノル様……ッ。仕留め損ねましたっ」


「いいからこっちに来るんだ」


 メミはそれでもはげしい痛みに顔をしかめている。

 かなりの深手なのか、ミノルのもとへ戻る足どりも精彩を欠く。


 黒炎の中から、じょじょに姿をあらわすコニカ。

 当然のように無傷だった勇者は、片手には袋、もう片方に紙片を持っていた。


「詠唱……ソは万物に流転せし力なり。ソはワレの呪言により喚起されし万物に流転せし力なり」


 またしても粉をまき、まるで詩のような言葉をつむぐ。

 コニカを取りかこむように、黒い石粉が漂う。


「ほら、メミたん。こっちへ」


「はぁ、はぁ……ミノル様」


「ひどい怪我だ。ほら力を抜いて、いま治してあげるからね……」


 ミノルはいつくしむようにメミの肩を抱き、目を閉じる。

 その間にもコニカの詠唱はつづく。


「ソは全であり一である。ワレは一であり全。万物流転の力の行使者である。ソは火の権化。龍の火炎。ソは燃え盛る龍の火炎の権化。ソは全であり一。猛龍の火炎である」


 いったいコニカが目を通す紙片には、何節の呪文が書かれているのだろうか。

 永遠にも思われるその時間の中で、ミノルもまた動いた。


「治癒スキル、『盛者の施し』」


 おおきく口をあける。

 舌をだす。

 メミの体を抱きよせ、そっと唇を近づける。


「ワレは一であり全。ワレはソの行使者なり。ワが呪言により……うぇ」


 コニカは目を疑った。

 舐めている。

 べろんべろんと。


 メミの焼けた頰を、ミノルの桜色の舌が撫でまわす。

 傷あとをすすぐように、ねっとりとした粘液が赤くただれた肌を這っている。


「はぁ……ふぅ……」


 痛みなのか、なんなのか。

 まるで熱に浮かされるようにメミが悩ましげな吐息を漏らす。

 その衝撃的な光景に、コニカでなくとも周囲の目は釘づけになった。

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