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勇者レベル1、経験値より筋肉を求む  作者: 倉矢あきら
第4話「それぞれの決戦前夜」
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ゲームオーバー

 空は刻々と色を変える。

 ブルーからグレーへ。

 いつのまにか太陽は北の山陰へすがたを消し、かわりに銀色の三日月が光っている。


 そこは北の平原と呼ばれていた。

 青々とした背のひくい草が、なだらかに隆起した台地を彩っている。

 遮蔽物のない広々としたフィールドだ。


 そこにひとりの少年が立っていた。

 前髪で片目を隠した、ほっそりとした肩つきの少年。

 腰にたずさえた漆塗りの鞘からは、すでに刃が抜かれている。


 得物を手に、彼はひとつ息をついた。

 すでに満身創痍だったが、まだ倒れるほどではない。

 そのうつくしい刀身をにぎる手にも、まだ力がこもっている。


 彼の名はトキナ。

 この世界に召喚された勇者のひとりである。

 そして対峙するのは、狼のすがたをした巨大な魔物。

 するどい牙に、それ自体が特大の武器となる爪。つややかな黒い体毛に、赤い両眼。


「グルルル……ッ」


 トキナを見すえて、しなやかに四肢をたわめている。

 こちらを敵と認めているのだろう。

 その魔物は『暴風の獣』とよばれるユニークモンスターだった。


「剣戟スキル、太刀風(ソードライン)


 トキナはその場で刀をふるう。

 スキルによって、三日月型の斬撃が射出される。

 しかし獣も、それを察知してすぐさま身をかわした。


 しかし獣がふりかえった先に、はたしてトキナのすがたはなかった。

 飛ぶ斬撃のスキル、太刀風は牽制でしかない。

 すでにつぎのスキルを発動していた彼は、獣の右側面にまわりこんでいた。


「シッ……!」


 トキナは獣の脚のつけ根をきり裂く。

 鮮血のように、黒いモヤが傷口から噴き出る。

 敵が怯んだすきを見逃さず、張りつくように位置どりをかえる。


 スキルの再発動までは7秒。

 それまでは無理をせず、敵の動向に注視しながら立ち回る。

 もしあの横なぎに振り回される前脚をまともに喰らえば、一撃で再起不能にされていただろう。


「剣戟スキル、風動(ストリーム)


 二度目の発動。

 さきほど敵の死角へ急接近したように、その高速移動のスキルによって今度は急速離脱する。

 それからわずかに遅れて、獣が身を低くし、その場でコマのように回転した。


 全方位への攻撃は空振りに終わった。

 はげしく動いたあとの獣は、わずかに動きを止める。

 トキナはそれを見逃さず、さらに追加のスキルを発動。

 太刀風は敵のどてっ腹にまともに浴びせられた。


「グギャァァ……ッ!」


 獣がおおきく怯んだ。

 すでにこんな綱渡りのような攻防が、数時間も続いている。

 もうあとすこしで倒しきれるだろう。

 ふたつのスキルにはどちらも再発動までに時間があったが、このチャンスを見送る手はない。


 トキナはまっすぐに、最短距離を駆けた。

 切っ先を進行方向にむけて、目指すは獣の眉間。

 文字どおりトドメを刺す。


 しかしトキナも、長時間にわたる戦闘のせいか集中力を欠いていた。

 暴風の獣の、赤い眼にやおら力が戻る。

 その荒々しい眼光は、迫りくるトキナをはっきりと捉えていた。


「ウォォ……ン」


 獣が吠えた。

 そのけたたましい音量に、空気がびりびりと震える。

 そしてトキナは、なにか壁のようなものに気づくと体を押し返されていた。


「……!」


 風だ……!

 獣が、その身に荒れ狂う風をまとっている。

 黒い体毛が逆立ち、びゅうびゅうと吹きさらされている。


 トキナはその風に阻まれ、尻もちをついていた。

 とっさに窓をみる。

 勇者にだけ見える、スキルの情報が表示された架空のウインドウ。

 風動の再発動までは、あと1秒。


 あまりにも長く、果てしない1秒。

 獣の前脚が、トキナの眼前に迫る。

 それを受けきることも、かわすことも不可能だろう。


 こんなとき人は走馬灯を見るという。

 一説には過去の経験から危機を乗りきるために、ヒントになる場面を回想するのだという。

 だがトキナには、あのうす暗い部屋、画面にうつるゲームオーバーの文字が浮かぶだけだった。


 そして目を閉じた。

 身を裂くような激しい衝撃に、彼は意識を手放した。



 はじめに聞こえたのは、パチパチと線香花火が爆ぜるような音。

 そして木漏れ日のようなあたたかさに包まれている。


「……ここは?」


 トキナは目を覚ました。

 これが死後の世界、などという実感もない。


「気がついたのかい」


 おだやかなボーイソプラノの声音がきこえる。

 焚き火を背にして、トキナの傍らに誰かが腰かけていた。


 トキナはあわてて刀を探した。

 しかし腰にささっているはずの得物がどこにもない。

 それどころか、身を起こそうにも足腰にうまく力が入らない。


「まだ寝てなきゃだめだよ。ぼくも、かろうじて間に合っただけなんだから……」


 焚き火からすっと立ちあがり、そのゆったりとした声の主がこちらにやって来る。

 思ったよりも小柄なシルエット。


「ほら、もう目を閉じて。キミの戦いはまだ終わってないのだろう?」


 その人物に促されたわけではない。

 ただトキナも眠気のような虚脱感には逆らえず、横たわって目を閉じる。

 さいごに見たのは、安心感のある火の揺らめきと、こちらを覗きこむ白い仮面だった。

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