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勇者レベル1、経験値より筋肉を求む  作者: 倉矢あきら
第4話「それぞれの決戦前夜」
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黒魔法使い

 暗緑色のおかっぱ頭に、知的な印象のあるむらさき色の瞳。

 そのうえ屋敷からわざわざ取ってきた白衣をまとって、ヤシカはすっかり学者先生といった身なりになった。


「まずは魔法と魔術のちがいについて、前回では扱いきれなかった具体的な講釈を述べよう」


「はいっ、せんせー!」


 コニカもいい返事をする。

 なにもない空き地だが、ふたりの協力で実験教室としての体を成していた。


「おぬしら勇者はスキルによって魔法を使う。そしてワシら魔術師は、その現象を模倣することで魔術とする……これはそのための道具じゃよ」


 そう言って、懐から取り出したのは一冊の本だった。

 小ぶりだが分厚い表紙の、上等なものだった。


「これは呪文書という。ここに書かれた呪文を唱えることで、理論上は誰でも魔術を発現することができるのじゃ」


「すごいねー。それがあったら、勇者のスキルなんていらないんじゃないの?」


 するとヤシカは首をよこに振った。


「そう簡単なことではない。おぬしが一節の呪文で火球を生みだすのに対して、こちらはなんと12節もの呪文を必要とするのじゃ」


「ええ……ぜんぜんダメじゃん」


「これでも魔術は発展しておるのじゃよ。しかしながら本家にはとうてい及ばない。やはり、勇者に与えられる女神の加護というのはそれほど強力なものなのじゃ」


 さらには、消耗する精神力にも差が出るのだという。

 ヤシカが理論上は、という注意をつけ加えたのは実際に魔術を使える人間が少ないからだった。


「魔法も魔術も、言葉によって魔素に呼びかけ、現象を起こす。しかしながら魔術師の編み出した呪文では、ただやみくもに言葉を増やすことでしか現象を喚起することが出来なかったのじゃ」


 そうして呪文書をしまい、代わりにこれまた小さな石を取り出した。

 黒いかがやきを放つ、魔石である。


「そこでワシは、その方向性をあきらめた。より強い呪文を編み出すよりも、より濃密な魔素へ呼びかけることで、魔術そのものの効果を高めようとしたのじゃ」


「そっか! 魔石って黒魔素? の塊なんだよね」


「察しがいいのう、よくできた生徒じゃ」


 ヤシカに褒められて、コニカも悪い気はしない。

 もとの世界ではそれほど成績のいい学生ではなかったので、尚更のことだ。


「魔素と黒魔素とは別ものじゃが、魔術のもとになるのは一緒じゃ。なぜなら、ユニークモンスターのそれが特別な力をもつことも、呪文の効果とそれほどの違いはない。ドロップアイテムとは魔術道具のひとつとも言える」


 ここでヤシカは言葉を区切り、コニカに魔石を手渡した。

 たしかに魔法を使うようになって、それがただの石ではないことを理解しはじめていた。

 コニカの手の中で、脈動するエネルギーのようなものが感じられたのだ。


「密度の高い魔素へ呼びかけることで、大きな現象を引き起こす。ワシはこれを『黒魔術』と呼ぶことにした。そして実験の結果……」


「その結果は……?」


「失敗だったと結論付けざるを得なかった……たしかに魔術の性能は向上したが、なにせ魔石は高価なものだし、その原価を考えると割に合わなかったのじゃ」


 ヤシカの提唱した黒魔術は、おいそれと使えるものではない。

 魔石の価値は一般的な給金の3ヶ月分だという。

 とうぜん流通量も少なく、そのうえもとの性能に劣る魔術ではそれだけのコストをかける価値が見出せなかったのだ。


「しかし、ワシはこうも考えた……もし勇者が魔石を使ったならば。倒す魔物の数も多いし、上がり幅だって魔術の比ではないだろう。そこでワシは新理論『黒魔法』を考案し、ひそかに実証実験の機会を探っておったのじゃよ」


「だからボクに、この魔石を渡したんだね」


「その通り! 研究者としては歴史を変える実験になるやもしれん……さあコニカよ、ワシに黒魔法を見せてくれ!」


「でも、これを使うのは悪いよ」


 するとコニカは魔石を突き返す。

 ヤシカもキョトンとしていたが、すぐに思い直す。


「べつに遠慮することはない。ワシなら実験ができることと、魔石の価値をすでに天秤ではかり終えておる」


「でも、ボクも魔石を持ってるし」


「その手首の飾りのことじゃろう? せっかく作ったものをダメにすることはないじゃろう」


「そうじゃなくてね……」


 コニカは腰にさげた巾着服を、目の高さにもってきた。

 口をあけ、逆さにする。

 すると中から大小の黒い宝石が、ばらばらと地面に散らばった。


「ボクのユニークスキル『強欲な左手』のせいなんだけどね、このせいで弱い魔物をいくら倒しても経験値がほとんど魔石になっちゃうんだ」


「……」


「だからレベルもなかなか上がらないし、あとエルマちゃん……神官の人からはこれを売ると大変なことになるからダメだって、お金にも変えられないし、けっきょく持て余してたんだよ」


「……」


「ほら、レベルが上がらないと勇者は強い呪文を使えないでしょ? ボクがレベルアップするには強い魔物を倒すしかないけど、レベル不足でそれも出来ないし、お手上げ状態だったんだ」


 ヤシカはフリーズしていた。

 一粒で給料3ヶ月分。

 それがゴミのように足元で積まれている。

 その現実を受け止めきれないのだった。


 一方でコニカも、いつかの不安が的中していたことになる。

 うまいハナシには、かならずウラがあるということだ。

 億万長者のスキル、なんてもてはやしていたそれのせいで、コニカは窮地に立たされていたのだから。


「……はっ。ワシは夢でも見ておったのかの……?」


「現実だよ、ヤシカちゃん。それで、ボクはこの魔石を使って呪文を唱えればいいんだね」


「いやはや夢のようじゃ……もしくはおぬしのその左手が、ワシとおぬしを引き合わせたのかもしれんの」


 ヤシカの目に力がもどり、コニカの肩をがっと抱く。

 そのむらさき色の目には、きらきらと星が光っていた。


「やって見せてくれ……! これだけの魔石があれば、おぬしは史上初の『黒魔法使い』になれるやもしれん……!」


「わかった! よく見ててよヤシカちゃん!」


 コニカは魔石を手に、鏡に向かう。


 しかしながら、ふたりは失念していた。

 鏡鱗龍のウロコの性質を。


 そのせいで穴だらけになった空き地と、焼けコゲた白衣、そしてススだらけの真っ黒けになったふたり。

 そんな実験結果になることは、喜ばしくも目に見えていたというのに。


「本日の教訓。実験は、最新の注意をはらい、身の安全を確保してから行うこと……じゃな」


「はい、せんせー。……ねぇ、お風呂借りていい」


「かまわんぞ。ワシも入るが」


「そうだね、洗いっこしよう」


 かくして、黒魔法使いがこの地に誕生したのだった。

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