オーバーワーク
めずらしく曇りの日だった。
眉をしかめたくなるようなグレーの空が、どこまでも続く。
いまにも、天は大粒の雨を降らせようとしていた。
そしてこんな日は、古傷がうずくのだろう。
ふと見ると座りこんでいたベッサが、左足をしきりに摩っていた。
「痛むのか?」
タクマは剣を置き、彼女のとなりに腰かける。
「まだ休んでいいなんて言ってないよ」
「それでも、辛いじゃないのか? 俺にも怪我の痛みなら経験がある……」
そう言いかけて口をつぐんだ。
一緒にしていいものではないだろう。
トレーニーでなくとも、なにかを志すものにとって怪我とは大きな苦しみだ。
それまでの努力を一切無に帰して、そのうえ将来の努力する機会まで奪っていく。
長雨に打たれるように心が根ぐされても仕方ないだろう。
「そうだね、痛みはもう感じないよ。ただちょっと引きつるだけさ」
「そうか……なにか俺に手伝えることはないか? マッサージとか、すこしは経験あるぞ」
「なんだい。今日はやけに世話を焼きたがるね……稽古を楽にしたりしないよ」
するとタクマは首をふる。
はなから楽したいなどと思っていない。
ただこの進展のない型の稽古や、薪割りについて思うことがあったのだ。
「俺は、前にも言っただろうけど……ベッサといるといい刺激をもらえるんだ。習うことがいちいち新鮮で、毎日が楽しいんだ」
「……そう」
「だけど、俺はまだベッサになにも返せていない。弟子として、なにも成果を出せていないんじゃないかって……」
天気のせいだろうか。
めずらしく弱気なのはタクマの方だった。
たしかに剣術自体はまったく上達していないし、斧のあつかいもまるで変化がない。
ベッサにそう思われていても仕方ないだろう。
ただ、彼女は杖でタクマの腰あたりを小突くと、ふっと微笑んだ。
「なに弱音吐いてんだい。あんたアタシのことを努力の剣だって言ったのはあんたじゃないか。それが一朝一夕で身につくはずもないだろう」
「そうだが……」
「いまはまだ焦らなくてもいいだろう。あんたも少しずつだけど前進してるよ……それかもっと厳しくするか?」
「オーバーワークは勘弁してくれ」
タクマはしかし、言い出せなかった。
いつまでもこんな日々が続くはずもない。
30日目には、勇者同士での模擬戦闘がある。
その結果によっては、もとの世界に帰らなければならないのだから。
やがて雨が降り出した。
いつもより早めに稽古を終えて、タクマは帰路につく。
どんよりとした気分だと足どりも重い。
ストレスは筋肉に悪影響をおよぼし、カタボリックが起こり得るだろう。
いつもポジティブでいることが信条のタクマも、しかし落ち込みたくなる日もあった。
そうして家の前にたどり着くと、軒下にだれか座りこんでいた。
雨宿りだろうか。
しかしこちらの姿を認めると、少女は弱々しく息をつく。
「タクマ様……」
神官のエルマリートだ。
よほど気落ちしていたのか、肩が濡れることもいとわず身を乗り出してきた。
「わたしを、助けてください……!」
雨足は強くなるばかりだ。
屋根を打つその音にも負けじと、そのときエルマリートのお腹がぐぅぅ……と鳴った。




