強いまなざし
「まずは魔法と魔術の違いじゃが……コニカとやら。お主の魔法を見せてはくれんか?」
ヤシカはすっかり、魔術についての教鞭をとるようなら格好だ。
はい、と教師に指名されたようにコニカが背を伸ばす。
「ボクはレベルが高くないし、あんまり自信ないんだけどー……」
「かまわぬ。ワシにとってお主らの魔法はなんにせよ特別なものじゃ」
ヤシカからの励ましに、コニカはうんとうなずいた。
すっと意識を集中させて、手のひらを真上に向ける。
「詠唱スキル、も・え・あ・が・れ」
はっきり一音ずつ発声する。
すると、コニカの手のひらにぼうっと火の玉が浮かんだ。
なんの燃料も着火点もなく、力強いオレンジの炎が燃え上がったのである。
「おお」と声をあげる。
タクマなんか驚きすぎてのけぞっていた。その反応はおなじ勇者としてどうかと思われたが、彼にしてみればはじめて目にした魔法だった。
「……ふぅ、これ、けっこう疲れるんだよね」
「術者の精神力をいわゆる燃料にしているからのう。しかし久しぶりに勇者のそれを見たが、やはり魔術とは別格じゃ」
「なるほど、エネルギーが必要なのか。たとえば筋肉に貯蔵されたクレアチンのような」
タクマの的外れな喩えは黙殺されていた。
この話題に関しては完全に蚊帳の外だった。肉体の伴わないいわゆるオカルトと、彼は相性が悪いのだ。
「魔法と魔術って違うの? ヤシカちゃん」
「むっ……まあよい。その通り、ワシら魔術師のあつかう魔術こそ、主ら勇者の行使する魔法を原型としているのじゃ」
つまり、とヤシカはつづける。
「魔法とは女神の加護によるスキルが可能とする、この世界のことわりから大きく外れた現象じゃ。ただしそれらがこの世界に存在している以上、そのもととなる物質はたしかに存在している……ワシらはそれを『魔素』と呼んでいる」
「魔素……それって精神力とは違うの?」
「区別しておきたいのは、精神力とはスキルを使用する際に消費されるものじゃ。魔法それ自体を成り立たせるものを、魔素としている」
「燃料としてのクレアチンと、筋肉それ自体を構成するタンパク質との違い……ということか」
「……魔素がある以上、魔法という現象についても再現可能であると仮定し研究をはじめた。その者を魔術師と呼ぶのじゃ……ワシらはどちらかというと学者や研究者に近い。魔術をもってなにかを成したいのではなく、魔法そのものに憧れているのじゃ」
そう言って、ヤシカはムラサキの瞳に光を宿す。
そういうなにかに憧れる顔を、タクマはいいなと感じる。
トレーニングをつづけるトレーニーとも近い。おのれの理想や目標に向けてひたむきに努力する、その心意気それ自体が美しいのだ。
そしてヤシカは、同じものをコニカにも感じていたのだろう。
「コニカよ。お主さえよければ、ワシといっしょに西の果てを目指さんか?」
「えっ、そんなの急に言われても……」
「もちろん今すぐとは言わん。しかしワシもそこまでたどり着くには、ちとひ弱であるし、お主には知識が足りない。ふたりならそれを補えるだろうと、ワシは考えている」
とつぜんもたらされた提案に、コニカはうーんと考えこんでいた。
コニカにも、この世界で成し遂げたいなにかがあるのだろう。
しかし、コニカには自信がなかったようだ。
「ごめんなさい、ボクじつはとあるスキルのせいでレベルが上がりにくいんだ。だから、もしかしたら30日目にはもとの世界に帰らなきゃならないかもしれない……」
そう言ってうつむいてしまった。
もとの世界に帰る。
そのことは、コニカにとって身を裂かれるような苦痛なのだろう、ぎゅと握った手が震えていた。
「そうか……ただ魔法のことについてワシなら相談に乗れるじゃろう。もし戦うすべを得たいということであれば、ワシに協力させて欲しい」
「うん、ありがとうヤシカちゃん。ちょっと考えさせてね」
コニカはすこし落ち着いたらしい。
ヤシカも、無理強いする気はないのだろう。
ただ優しい口調で「また訪ねて来なさい」と念押ししていた。
魔術師の屋敷をあとにして、タクマは晩の買い出しを済ませていた。
店先にはコニカを待たせている。
戻ってみると、なにやら若い男ふたりがコニカに話しかけていた。
つんとしたコニカの態度。
ふたり組は、目をぎらぎらさせて息巻いている。
遠目にもあまり穏やかな空気ではなかった。
「俺のツレがなにかしたか?」
買い物袋をもったタクマがふたりを見据える。
あちらは値踏みするような視線を向けてきたが、ちっと舌打ちした。
「なんだよ、男連れかよ」
そう吐き捨てて去っていく。
荒事にならずに済んで、タクマはほっと息をついた。
その直後、腹に衝撃が。
油断していたせいかぐぅっ、と息をすべて吐ききってしまう。
「もうっ! ひとりにしないでよ」
「……怖かったのか?」
腰にぎゅっと腕を回していたのは、コニカだった。
すっかりこの15日間で身長差もひらいていた。
その小柄な肩に手を置いて、タクマはやさしく声をかける。
「ううん……こんなの慣れっこだから。ボク、いろんな人から見られるし、気づいてた? 今日もずっとそうだったんだよ」
「そうか……気をつけてやれなくてごめんな」
すると「ううん」と頭をゆすって、コニカは顔をあげた。
上目遣いぎみに、タクマのことをまっすぐに覗きこむ。
「キミには、ボクのことがどんなふうに見えているの?」
まっすぐな問いかけだった。
しかし、タクマもそのとき気づく。
よく手入れされた、ツヤのあるあかるい色の髪。今日はとくにほつれもなく、毛先も整えられている。
パッチリとしたおおきな目に、ながいまつ毛。
きめ細かやかな白い肌は、たとえば食べる物や生活習慣のひとつにも左右されるだろう。
そしてうすく色づいた唇。
コニカは、今日は特別なんだとそう言っていた。
「そうか、気づかなかった。おまえもそうやって日々を過ごしていたんだな……キレイだ」
「……にゃ!」
コニカはへんな声をあげた。
とたん、耳まで真っ赤になっている。
タクマにしてみれば、コニカの努力を美しいと賞賛する意味だったのだが。
「……た、タクマくんってさ、よくそんなこと平気で言えるよね……それ反則!」
「とうぜんのことを言ったまでだ。むしろ、そんなおまえに気づけない俺の目が節穴だったというだけのこと」
「……もうっ、いいよ。タクマくんの目ってずっとそうだったから……」
後半は消え入りそうな声で、タクマはよく聞きとれなかった。
コニカは満足そうににんまりと微笑んで、またいつもの調子になってじゃれついてくる。
腕をしっかりと絡ませ、タクマに身をまかせる。
「ボク、決めた。ずっとキミのそばにいるからね」
「そうか。じゃあ、あの魔術師のとこに行くんだな」
「うん、そうだね。ボク、30日目までに、うんと強くなってみせるよ」
曇りのない強いまなざし。
もう不安や、戸惑いはないのだろう。
強い決意を抱いたコニカの横顔は、やはり美しかった。




