魔術師
昼間だというのにどことなく陰気な雰囲気がただよっている。
墓地に隣接しているせいだろうか。
古びた外観からも、まさに幽霊屋敷といった感じだ。
「タクマくん…….ボクこういうの無理なんだけど……」
コニカが身をぎゅっと縮めている。
安心させるように、タクマが頭にぽんと手を乗せた。
そして呼び鈴を鳴らした。
しばらくして、扉をあけたのはまだ小さな子どもだった。
はたして、この家の子息だろうか、それとも小間使いか。
女の子はムラサキ色の瞳でこちらを無感情に覗きこんでいる。
「とつぜんすまないが、こちらに魔術師なる人物がいると聞いてきた。合わせてはもらえないだろうか?」
「わしじゃよ」
はじめタクマは、その子の言葉をよく聞き取れなかった。
鈴の鳴るような凛とした音色は、たしかによく響いたはずだ。
ぼーっとする彼に、女の子は気分を害されたように眉をしかめる。
「魔術師とはワシのことじゃ。それとも、こんなお子様がこの家の主人とは思わなかったか?」
今度こそよく理解できた。
まだ9つくらいの少女にみえた、彼女こそ幽霊屋敷の家主のようだ。
するとこちらを油断なく観察していた彼女が、なにかに気づいたらしい。
無言で扉の奥へとタクマたちを誘う。
リビングへ通されると、うす暗いがこざっぱりとした部屋の中で、彼女は揺り椅子にふかく腰かけた。
「お主ら、勇者じゃろう」
「……なぜわかった?」
「その手の甲の刻印、見るものによってはそれと一目でわかる。それにこの家に勇者が訪ねてきたことは一度や二度ではない」
見た目にはあどけないが、声にも、態度にもどこか高圧的なものがあった。
タクマの目にも少女は見た目どおりの年齢にしか思えなかったが、しかし中身はその限りでないのだろう。
「先ほどは失礼なふるまいだった、申し訳ない。俺は勇者のタクマ、こっちは同じくコニカだ」
「はじめまして、勇者のコニカです」
そう言ってタクマは深々と頭をさげる。
それを意外そうに見て、コニカも彼に倣った。
ややあってふぅ……と少女が息をつく。
「まあ、素直に謝れるならまだ見込みはあるか……ワシは世間から魔術師と呼ばれておる。魔術師のヤシカじゃ」
魔術師、ヤシカの弛緩した気配に、ふたりも緊張をといた。
息のつまるような空気が去ったからなのだろう、この部屋にもとから漂っていたお香の香りが鼻をついた。
「それで、お主らはどのような要件で来たのじゃ? まあ大方、ワシを訪ねてきたのだから魔術のことじゃろうが……」
「そこにある姿見を譲ってもらえないだろうか?」
ヤシカは意外そうに目を丸くした。
この部屋の隅に、どっしりと鎮座している大きな姿見。
タクマはそれを指して譲って欲しいと言ったのだ。
「……かまわぬが、しかしお代はいただくぞ。なにせ家一軒はくだらぬ高価な品じゃからな」
「……そんなにするのか?」
「あれはただの鏡ではない。この界隈で流通しているものは、もっと小さくて加工精度が低い粗悪品じゃろう」
その問いに、コニカはうなずく。
もとの世界ではワンコインで買えるような品でも、こちらでは貴重なようだ。
コニカの私物のものは、うすく曇っていて像にもゆがみがあり、かろうじて顔を映せる程度のものだった。
「あれは魔物の王、龍種の落とした鱗だという。お主らのいうユニークモンスター『鏡鱗龍』のドロップアイテムというやつじゃ」
「それじゃあ、そのユニークモンスターを倒せば手に入るのか?」
タクマの問いに、ヤシカはゆったりとした口調で反論する。
「お主らには無理じゃ。この国でも龍種を倒した冒険者は『龍殺し』と呼ばれ英雄視されている。まして……レベル1の勇者であるお主には逆立ちしても敵わぬ相手じゃよ」
「そうか……」
「ただ、北の山脈には鍛治師の里があるという。なんでも勇者の技術が伝わった土地だという。そこに行けば精度のいい鏡も手に入るかもしれんな」
ヤシカの提案に、タクマとコニカは顔を見合わせてうなずいた。
どうやら今すぐ手に入れることは無理らしい。が、まったく入手不可能な品ではないようだ。
「いろいろとありがとう。わざわざ俺たちのために親身になってくれて」
「いやはや、こんな要件で訪ねてくる勇者ははじめてじゃったものでな……ところでそこの娘。お主にはどうやら他の要件があるようじゃな」
するとヤシカが、コニカに向けて目を光らせた。
コニカにしても意外だったのだろう、ただ期待を言い当てられたようで、おずおずとヤシカのもとに向かう。
そしてこっそりと耳打ちした。
どうやら、タクマには聞かれたくないことらしい。
「……ふむ、なるほどな。残念ながらそのような魔法は聞いたことがない」
「……そっか」
ヤシカが、コニカのことをじっと値踏みするように見やる。
なにやら意味ありげにうなずくと、ふっと表情を緩ませた。
「お主の望むものは、もしかすると西の果てにある『魔術の町』にあるやもしれん」
ヤシカのコニカを見るその目には、どこか同類に対する親しみのようなものが浮かんでいた。




