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勇者レベル1、経験値より筋肉を求む  作者: 倉矢あきら
第1話「選ばれし者たち」
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いずれできるあと1回

 はじめてにアセりは禁物だ。

 いきなり激しくしてもうまくいかないだろう。

 まずはゆっくりとしたペースで、じっくり体を慣らしていく必要があった。


「ほら、あと3回だけだ」


「も、もうっ……! ムリです……」


「無理じゃない。体はまだ限界だって言ってないぞ」


 それでも、彼女にとっては強烈な経験だろう。

 強い負荷によって姿勢の維持がむずかしくなっている。

 ついお尻が浮いてきてしまい、そのつど腰を落とすようタクマから注意されていた。

 額から汗が流れ、顔は紅潮している。

 背後から見守るタクマの言にも、つい熱が入っていた。


「あと1回だ。がんばれ、いっしょに高みを目指すんだろっ!」


「っくぅ……! も、もうっ……!」


 とうとう限界だった。

 糸が切れたように、少女はべちゃっと床に潰れた。

 それを見て、タクマは満足そうにうなずくのだった。


「よく頑張ったな。今日できなかったあと1回は、いずれできるあと1回になるだろう」


 はぁ、はぁ……と息を荒くしながら、少女は恨めしそうにタクマを見上げる。

 いくらでも文句を言ってやりたかったが、あいにく言葉よりも別のものを吐いてしまいそうだった。


「ほら、おおきく吸ってゆっくり吐き出せ。楽になるぞ」


「はぁ……ふぅ。って、わたしにはなにをやらされてるんですか……!」


「なにって筋トレだ」


 そこからタクマは早口にまくし立てた。

 いわゆる王道の自重トレーニング。

 腕立て伏せである。

 体感をまっすぐに固定して、ひじを曲げ、床につくくらいに胸の位置を落とし、体重を感じながらまた持ち上げる。

 健康な男子なら誰だってやったことのある種目だろう。

 それだけにバリエーションも豊富で奥が深いのである。


 今回、少女にやらせたのは膝をついた状態での腕立て伏せだった。

 これによりかなり負荷が軽くなってる。しかし、日ごろ運動していない、まして女子であればきついトレーニングだろう。


 それでも限界まで追いこめたのだから、かなり有意義な時間だったとタクマはご満悦だ。

 一方、少女ことエルマリートは勇者のありがたいご高説をまるで聞いちゃいなかったが。


「……あのぅ。わたし筋トレがしたいなんて一度も言ってないんですけど」


「そりゃ言われなくても体型を見ればわかる。その寸胴体型を改善するためには、痩せて体脂肪を落とすことよりもむしろ筋肉をつけた方が効果的だろう」


「なっ! べつに悩んでなんかいません! ていうか筋肉なんか欲しくありませんっ!」


 エルマリートは叫んだ。

 とはいえ、彼女もさりげなく手をお腹に触れている。

 この頃は、ご飯が美味しくてたまらないのだ。そのうえ運動不足がたたってそろそろ危険域だと思っていた。

 この勇者が言っていることも遠からず当たっていたのだが、今はそれどころではない。


「筋肉が欲しくない、だと? まさかこれっぽっちの筋トレで体がゴツくなるなんて思ってないだろうな……断言しておくが、筋肉があった方が女性は魅力的だ」


「はぁ……それはあなたの嗜好だと思いますけど」


「いいや、メリハリのある美しいプロポーションは筋肉によってできていると言っても過言ではない。大胸筋を鍛えてハリのある胸を、広背筋の広がりで細くくびれたウエストを、大臀筋の発達により丸くてぷりっとしたお尻を、大腿四頭筋とハムストリングによってきゅっと締まった美脚をそれぞれ演出するのだ。その上に脂肪が乗ってしまえばそれはもう無敵だぞ」


「なんなんですか……女体博士かなにかですかあなたは……」


「そんな大それた者ではない。俺はただの筋肉愛好家だ」


 どちらにせよ変態っぽかった。

 ともかくエルマリートもいいかげん気づいている。

 どうやらタクマとの間に、はじめから大きな誤解が生じていたのだと。

 そのまちがいを正さない限り、いつまでも本題に戻れないのだった。


「タクマ様。わたしのことはどうでも良くて、あなたに忠告すべきことがあったんです」


「俺に忠告だと……? トレーニングについてならとやかく言われる義理はないが」


「いいえ、そのトレーニングについてです。これだけはハッキリと断言させてください」


 きっと反発されるだろう。

 なにせ相手は筋肉のことしか頭にない筋肉愛好家なのだから。

 それでもエルマリートは覚悟を決め、言い放った。


「勇者様に、筋肉なんて必要ありませんっ!」


「な、なにーっ!」


 ぴかーん、と雷が落ちるかのようだ。

 エルマリートは当初から言うべきだったことを、いろいろ遠回りしてようやく言えたのだった。

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