男の子の背中
朝日に照らされて、なんの抵抗感もなく覚醒する。
暗くなればすぐ床につくし、明るくなって目がさめるのも当然のことだった。
なにより筋肉の合成のため、睡眠は大切な要素なのである。
「ふぅ、さて……」
覚醒した瞬間からやることは決まっている。
まずは朝食だ。
以前は軽めにしていたが、体調と相談しながらメニューを再構成し、今ではけっこうな量になっていた。
茹でた赤身肉。
鶏卵。
バター入りオートミールのおかゆ。
ナッツ類。
そしていくつかの果物。
タンパク質、炭水化物、脂質のPFC要素がバランス良く摂取できる食事だ。
相変わらずエルマリートには味のことについてとやかく言われそうだが、タクマにとっては長年馴れ親しんだ薄味である。
ルーチンとして変える気などなかった。
そして上体を起こそうとしたところ、動かない。
まさか筋肉痛のせいではないだろう。
シーツをはぐると、タクマの右腕には同居人が巻きついていた。
「んー……おはよ」
「おい、コニカ。おまえの寝床はあのカーテンの向こうだろ? どうして何べん言ってもこうなんだ」
「だって……タクマくんあったかいし……んーあと5分」
「寝るな。俺には5分も惜しい」
脚を絡めてくるコニカを押しのけ、タクマは布団から出る。
ふたつに区切られた寝室のうち、朝にはいつも片側がもぬけの殻になっているのだった。
もう慣れたこととはいえ、びみょうな気分になるのでやめてほしい。
「あー、よく寝た。……あれ、タクマくんちょっと待って」
「なんだ。眠いなら勝手に寝ていろ」
「そうじゃなくて、……タクマくんなんだか背中がたくましくなったよね」
そう言われてシャツを脱ぎかけていた手を止める。
このごろは筋肉量にこだわっていなかったので、人に言われて気づくというのも新鮮だった。
「そうだな、体重は7キロ増えた。身長も2センチ高くなったしな」
「相変わらずの歩く身体測定だよねー」
「なんだそれは……まあ、召喚されてからもう15日も経ったしな」
この世界での15日間。
召喚された勇者たちの肉体年齢は、常人の20倍のはやさで経過する。
つまりタクマの中では約1年の時が経過していたのだ。
それだけあれば伸びざかりの年齢的に、骨格だって大きくなるし体重も増えるだろう。
ウエイトトレーニングこそまだはじめられていないが、タクマの体つきは初日とくらべて格段に男っぽくなっていた。
「なんだか男の子の背中って感じだよねぇー……ねぇ頬ずりしていい?」
「やめろ。それにおまえも髪が伸びただろ」
「えっ、気づいてたの? むふふっ、やっぱりタクマくんはエッチだなー」
なんでそうなるんだ、と振り返る。
こちらを見て微笑んでいるコニカにも変化が見られた。
明るい髪色が、さらさらと朝日に照らされて黄金色に輝いている。
耳を隠すくらいだった毛先の長さが、気づけば肩甲骨まで届いていた。
しかしながら身長、体重に変化はない。
それどころか顔つきはますます女の子っぽくなっていくのに、骨格については依然として性別不明だ。
未だにどっちかの核心を得られないまま、タクマはなんだか敗北感を感じていのだった。
「そろそろ、おまえも出て行ってくれればいいのにな」
「そんなこと言わないでよぉー、30日目までは神殿から追加の援助を受けられないっていうし、このままタクマくんにまで見捨てられたら……ボク……」
「ウソ泣きをやめろ」
「え、バレたー?」
ただ肩を震わせているだけなら、タクマの目からは見抜けていた。
ただこのコニカという勇者がなにを考えているのか、タクマにはちっともわからない。
家から出ていく気配もないし、そのわりには新しい洋服やらが増えているときもある。
「おまえだって無一文じゃないんだろ。魔物を倒すと、ごくたまに収入があるんだったな」
「そうだよー。だけどほんのお小遣いくらいだから、タクマくん、ボクを追い出すなんて言わないでね……?」
そう言って手をあわせる、コニカの手の甲には『6』の刻印が。
勇者レベル6、というのが高くないことはわかる。勇者トキナならば、2日目にしてその二倍だったのだから。
そしてタクマも、コニカのことを邪険にしているわけではない。
部屋を掃除してくれたり、トレーニングの補助をしてくれたり、服も洗濯してもらっている。
もしコニカがいなくなれば、この部屋はどうなっていただろうか。タクマもガサツな性格ではないのだが、なにせこの世界ではやることが多い。
犠牲にするとしたらまっさきにそういった生活感やら清潔感だったろう。
「コニカ、鏡を売っているところを知らないか?」
「……? 手鏡ならボクが持ってるけど」
「そうじゃなくて、おおきな姿見が欲しい。俺もそろそろ自分の筋肉のつきかたをよく把握しておきたいからな」
するとコニカはぽんっ、と手を打ってカーテンの向こうに走っていった。
なにやらガサゴソと慌ただしく動いている。
「……なにをしてるんだ?」
するとカーテンの隙間から顔だけを出して、コニカは目をらんらんと輝かせた。
「それってデートでしょ? ふふっ、ボクが市場を案内してあげるから、ちょっと準備するね! なにが起こるかわからないし!」
「時間、かかるのか?」
するとコニカはぶんぶん縦に首をふった。
このぶんだと2、30分では済まないのだろう。
「朝飯くってくる……」
「はーい。あ、お茶とかしたいからあんまり食べすぎないでねー!」
タクマも今さら、姿見のことはそれほど優先してないとは言い出せなかった。




