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勇者レベル1、経験値より筋肉を求む  作者: 倉矢あきら
第3話「剣と魔法の世界」
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コレステロールの魔物

 エルマリートは朝から最悪な気分だった。

 その原因は彼女の先輩にある。

 上級神官のノクトンは、その低い声でエルマリートをたしなめていた。


「きみが煽ってどうする。そんなものが市場に出回れば、価格が大暴落することだろう。無尽蔵に手に入る『魔石』など……この世界の冒険者たちを失業させる気か?」


 エルマリートからの報告書をうけて、まずノクトンが指摘したのはコニカのユニークスキルについてだった。

 つまり、魔石とは希少だからこそ高価に取引されているのである。その供給量がとつぜん増えたらどうなるか、エルマリートにも分からないはずはない。


「勇者コニカが魔石を売ることは禁止とする。君はすぐにでも彼女にそう通達しなさい」


「あの、……はい」


「それからその他の記述についてはまるで進展がないようだな。君の役目は勇者の補佐であり、彼らをよく観察するとこだ。それさえ疎かにしているようならば……そんな神官など必要かな?」


 エルマリートはべそをかきそうだった。

 たしかにタクマは変わらずレベル上げをしておらず、そのうえトキナとミノルの2名には会えずじまい。

 彼女も報告書を埋めるためにずいぶん苦労したものだが、それさえ見透かされているのだろう。


 するとノクトンは、白手袋をはめたほそい指で報告書を閉じた。


「勇者たちから目を離さないようにしなさい。彼らがこの世界にどのような影響を与えるのか、それを見届けることもまた神官の義務だ」


「はい……」


 そんなわけで責め苦は終わったのだが、市場を歩くエルマリートの表情は冴えない。

 今日も報告書をしっかり仕上げなければ、また怒られるのは目に見えている。


「……はぁ。神官の仕事も楽じゃないですよね……」


 世界を救うのが勇者の使命なら、そのカゲで苦労している人間もいるのだ。

 するとため息をついたエルマリートの鼻腔を、ある香りがくすぐった。


「これは、揚げものの匂い……!」


 向こうの屋台に人だかりができつつある。

 みな、その刺激的な匂いにつられていたのだろう。

 エルマリートもふらふらそちらへ歩くと、屋台を切りもりしていたのは見知った顔だった。


「ミノルさま……? どうしてこんなところに」


「ごきげんよう。これは神官のエルマたんではありませんか」


 なにやら初日よりも重量を増していた。

 小太りというには恰幅のある勇者ミノルは、しきりに揚げものを仕込んでいる。

 まさか、生活費がなくなってアルバイトしているのだろうか。


「あぁ、この屋台でござるね。これは拙者、ミノル印の『うまいん棒』屋でござるよ」


「うまいん棒……?」


「ためしに食べてみるでござるよ。エルマたん」


 ミノルから手渡された、熱々の揚げもの。

 串に刺さった、まるい棒状の軽食らしかった。


 おそるおそる、エルマリートはそれにかじりつく。


「……!」


 その瞬間、脳をガクンと揺らす衝撃がつきぬける。

 サクサクの表面に、衣の下はパン生地だろうもっちりとした食感。

 そして中身は、とろーりとした白色。おそらくチーズとバターの練り物、それに塩気のほか、奥深いダシの風味が加えられている。


 まさに脂と旨みの爆弾である。

 エルマリートは立て続けにふた口めをかぶりつき、感想をもらした。


「これ! 美味しいです……!」


「そうでござろう、だからこそ『うまいん棒』なのでごさるよ」


 ミノルも満足げだ。

 しかしながらキテレツな発想である。

 まさか無形物を油で揚げるなどと、誰が思いついただろうか。


「この世界では、意外とつつましやかな食事が重宝されているでござるな。豚麺みたいなのはほんの一部で、みなカロリーに飢えているのではと拙者は考えたのでござるよ」


「たしかに、この町にも美味しいものはありますけど……これみたいに手軽に食べられるものばかりじゃありません。これなら食べ歩きながら市場も散策できますし……」


「もちろん、少量だから太らないでござる」


 そのささやきはエルマリートには効果バツグンだった。


「拙者は、いたいけな乙女たちの夢を叶えてあげたかったのでござる。もしも美味しいものを罪悪感なく食べられたなら、町中に笑顔の花が咲くはずでござるよ」


「ミノルさま……あなたは素晴らしい勇者です!」


 ノクトンも、勇者たちがこの世界に与える影響をよく見ておけと言っていた。

 つまりうまいん棒をほおばることも、神官の義務のひとつであるのだ。


「このうまいん棒、ぜったいに流行ります! わたしが保証するからには間違いありません!」


「ではひとつ、宣伝がてらこう言って欲しいのでござるが……」


 ミノルから耳打ちされ、エルマリートは素直にうなずく。

 往来に向かって、彼女は高らかにこう言った。


「ミノルさまのうまいん棒、とっても美味しいですぅ!」


 口の端からはとろーんと、白くてねばねばした内容物が垂れている。

 ミノルはそれを見て満足げになんどもうなずいていた。


 そんなふたりのやりとりを、遠目からタクマが目撃していた。

 胸のむかむかするような油の香りに、むっと顔をしかめる。


「まるでコレステロールの魔物だな」


 彼は人知れずそうつぶやき、市場を抜けていくのだった。

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