譲れないもの
少年、トキナには理解できなかった。
どうしてこいつが激怒しているのだろう。
モブキャラとはおまえに言ったわけではない、と訂正するのもおかしなことだ。
この世界に来て思い通りにならないことの方が多い。
自分は、世界を救うために選ばれし勇者のはずだ。
そのために魔物を倒し、レベルを上げてきた。
トキナはゲームでも、ボスキャラに対しては油断しなかった。
危ういぎりぎりの勝負なんてしない。充分すぎるくらいにレベルアップして、装備を整え、圧勝するのが好きだった。
だから町の付近の弱い魔物は、すべて狩り尽くす勢いで倒しまくった。
するとそこに難癖をつけるやつらが現れた。
この世界で魔物を狩ることを生業としている、冒険者とかいう輩だ。
やつらは「俺たちの仕事を奪う気か」と一方的に敵意を向けてくる。
しかし彼らに魔王を倒す力はない。事実、レベル上げを充分にしたトキナより強い冒険者はそうはいなかった。
だからやつらの文句などお門違いにも程がある。
この勇者レベル1も、そんな雑魚どもの肩を持つというのだろうか。
だったら容赦はしない、と彼は刀の鍔に指をかけた。
「この世界の人たちのことを、脇役だと本気でそう思ってるのか?」
「オレは事実を言ったまでだ。こいつらには自分たちの世界を救う力すらない。なのにオレたち勇者の邪魔をする……モブじゃなきゃお邪魔キャラだ」
「それは違うぞ。おまえは、このホルガの上腕を見てもそんなことを言うのか……!」
大男のたくましい腕にタクマが指を這わせる。なにやら感じ入るように撫でまわし、うんうん、とうなずいた。
「この発達した上腕二頭筋。脂肪の乗った上からでもわかるストリエーション……すばらしい」
「や、やめろよ気色悪りぃな……!」
「これだけ鍛えるのに何年を費やし、どれほどの努力をしてきたのか、おまえはなにも感じないのか?」
ホルガがくすぐったそうに身をよじっている。
トキナには理解できない。
この世界はとつぜん呼び出されたただけの場所だ。そこにどんな歴史があろうと、無かろうと、そんなこと自分には無関係なのだから。
「変態か? おっさんの腕なんか嬉しそうにさわって……」
「俺はすばらしい筋肉であれば誰のものだろうと平等に愛でるだろう……だが、そうだな。おまえの腰にある刀を、おまえはさっき美しいとそう言ったよな?」
「……いっしょにするな」
「同じことだ。刀も、筋肉にも、ひとつの用途に向けた機能的な美がある。そしてそこには積み重ねてきた歴史や重みがあるんだ……俺はおっさんの腕だろうと、するどい斬れ味の刀だろうとも、同じように美しいと思うよ」
タクマのその目は真剣だ。
決してこちらをからかっているわけではない。
しかし、だからこそトキナとは相入れなかった。
「……レベル1のやつに、なにを言われても響かない」
「俺にも譲れないものがある。おまえが強さを求めるように、俺にも求めてやまないものがあるんだ」
「だったら確かめてやる」
トキナは柄に手をかけた。
つま先をタクマに向けて、すっと重心を落とす。
そのスキルはレベル10に上がったとき、手に入ったばかりのものだった。
両者の距離は5メートルほど。
まともに踏み込めば、この限定された空間では身構えられていただろう。
しかし一瞬で距離を無効とする、そんなスキルならば関係ない。
「剣戟スキル、風動」
唱えた瞬間、予備動作はない。
動くそぶりも見せず、一瞬にして5メートルの距離が無効化される。
次の瞬間、トキナはタクマのすぐ眼前へと迫っていた。
がきっ、と鉄の擦れる音がした。
トキナの抜き放った切っ尖が、はたしてタクマに届くことはなかった。
割り込んできた大斧の腹が、盾となりタクマを庇っていたのだ。
「オイラはよう、こう見えても目がいいんだ。おまえさんも寸止めのつもりだったろうが……見過ごしてやるわけにはいかねぇな」
「……チッ」
トキナは刀を収め、代金の入った袋をレジに投げ込んだ。
それを慌てた様子で、店主が確かめる。
「はなから試し斬りのつもりだ。……これはいただいていく」
そう言ってホルガのわきを抜け、入口へ向かう。
店内の人間たちはそれを呼び止めたりしなかった。
捨て台詞のように、トキナは背中ごしに吐き捨てた。
「せいぜいモブキャラと仲良くしてろよ、勇者レベル1」
そして、まだ痺れている手を庇うように、肩で戸を押しあけるのだった。
残されたふたりはしばらく身動きがとれなかった。
ふぃー……と息をついて、疲れきったようにホルガが倒れこむ。
「勘弁してくれや……あの勇者、まえ会ったときから格段に強くなってやがる。レベルアップってのはこんなに劇的なもんなのかよ……」
「あいつはレベル13、俺の13倍だからな……」
タクマもまた、うかない顔で座り込んだ。
彼は自分の手の甲に刻まれた、その数字に目を落としている。
「ホルガ、俺はやっぱり弱いんだな」
「そうさな、……ただおまえさんがオイラの代わりに怒ってくれたとき、気分がスッとしたよ。少なくとも口喧嘩じゃ負けてねぇよ」
「だけど、俺には口出ししかできなかった。あいつの意思を俺は変えられなかった……」
するとホルガは、気落ちしている様子のタクマに腕をふりあげる。
ばちーん! と、背中を思いっきりパーではたいた。
痛みに悶絶しているタクマに、ガハハッと豪快な笑みをこぼす。
「なに暗くなってんだよ、姐さんとオイラに食ってかかったあの自信はどこへいったんだ。……少なくともよう、おまえさんは自分の中に譲れないものがあるんだろ。だったらそれを信じてやらなくてどうするんだ」
「そうだな、俺は筋肉を信じる」
「切り替えがはえーな……! ま、おまえさんはヘボだけど、弱くはねぇよ」
まだジンジンとする背中をおさえて、タクマは目を閉じた。
この肉体はいつでもそばにいて、厳しい風にさらし、水を与えてやれば大きくなってくれる。
今はまだ芽が出たばかりかもしれないが、いずれはホルガのようにおおきな枝を伸ばすことだろう。
「俺は恵まれているな。こんなにもいい影響を与えてくれる人たちが、俺の周りにはいるのだから」
「おまえさん、たまに気色悪りぃこと言うよな……」
「だからこそ、あいつの考え方が寂しいんだ。自分以外の人間をすべて敵としか思っていないような……俺はあいつとも語り合いたいと思っているのに」
しかし、タクマはそんなトキナともほんのひと時だけ心が通じたのだ。
それは一振りの刀を通して。
もし彼に言葉が届くとしたら、今度は剣を交えるしかないのだろう。
30日目の模擬戦闘。
タクマはそこに向けて、たしかな闘志を燃やすのだった。




