剣にはまだ早い
まるで畑仕事のようだ、といえば農家の方にも失礼だろう。
たしかにベッサも、まっすぐに振り上げて、それを真下に振り下ろせと指示した。
ただそのとおりに遂行したタクマの動作は、まるでバネ仕掛けで動く人形のようだった。
「あんた、剣を握ったことは?」
「皆無だ」
「はぁ……それでよくアタシに教えてくれなんて言えたよ。その度胸だけはかってやるけどさ」
ベッサは頭を抱えていた。
これはとんでもない弟子を囲ってしまったものだと、彼女はつい先ほどのやりとりを後悔していた。
しかし、言い出したからにはやるしかないのだろう。
「もうすこし具体的な指示をくれないか? 俺には剣をどうしたらいいかなんて、まるでイメージが湧かないんだ」
「そうさね、じゃあ……」
ベッサはそれこそ、剣の握り方からこと細かにレクチャーする。
鈍い光をはっする、両刃の剣。
とくべつなところはなにもないが、使いやすい品だった。
タクマにとっては握った感じでは1.25キロくらいの、いちばん軽いプレートと同じ重量だろう。
ベッサは、ひと息に上段からの振りおろす型を説明した。
もちろんこれだけでタクマの頭に入るとは思っていない。
しかし、完成したその姿勢には彼女も目を見張った。
「……! そのまま振ってみな」
「ふっ……!」
期待したのだが、やはりベッサは頭を抱える。
構えこそ堂にいっていて、いちどの説明ですぐものにしていた。
しかし、そこからの動作はがちがちに力んでしまっている。これでは剣術とは言えないだろう。
「剣にはまだ早いかね……こっちへ来な」
ベッサは、タクマを空き地の奥へ案内した。
そこには小さいながらもしっかりした家がある。
軒下から、彼女は無造作に置かれていた斧を手にとる。
「アタシの師匠が言うには、薪割りこそ剣の技量をはかるには最適なんだとさ」
「薪割り……?」
「その斧で、そこにある薪をまっぷたつにしてみな」
困惑するタクマに、まずはベッサ自身が手本をみせる。
腰かけるための丸太があり、その向かいにも丸太が敷いてある。
薪を立てて、その上に置くと、ベッサは斧を片手で振りかぶった。
「はっ……!」
カコーン、と快音がひびく。
ほとんどなんの力も使わなかったみたいに、斧は薪をかんたんに両断していた。
ただベッサはそのあと、苦しげに顔をしかめていた。
「こんな風にさ、やってみるんだよ」
「足、痛むのか?」
「アタシの心配はいいから、あんたこれが出来なきゃアタシの食事も、お風呂だってままならないんだからね」
「そりゃ責任重大だな……」
タクマは斧を手に、丸太に座る。
すっ、と刃先を天にむける。
その姿勢だけは、ベッサの手本どおり整ったものだった。
しかしベッサには確信があった。
きっと薪は割れないだろう。
そのとおり、斧の刃先から逃げるように薪は丸太の上から転がりおちた。
ころっ、とあっけなく。
タクマが不思議そうにそれを見ている。
「こりゃ、先が思いやられるね」
「ベッサ、提案があるんだが」
「なんだい、破門にしてくれってのかい? 言っとくけどアタシにもメンツがあるんだから、そう簡単には辞めさせないからね」
とはいえタクマにまったく見込みがないかといえば、それは違う。
彼はおそろしいまでに察しがよく、教えたことを真綿のごとく吸収してしまう。
やたら力んでしまう癖は仕方ないとして、タクマとは剣術を教える甲斐のある弟子だった。
「いや、これでは偏ってしまう」
「偏るって?」
「左右の腕で筋肉のつき方が違ってしまうだろう。今度は左手でやってみてもいいか?」
「……勝手にしな」
やはり前言撤回。
こりゃ苦労する弟子をとってしまったと、やはりベッサは再三にわたり頭を抱えるのだった。




