億万長者のスキル
市場はいつものように活気づいていた。
たくさんの品物が毎日のように入れ替わる。
まるで川岸のような町である。
人も、物も、お金さえひととき流れ着いては、またどこかへ運ばれていくのだろう。
「やっぱ、世の中お金なのねー……」
そんな大通りをずーんとした顔で歩く。
あかるい髪を揺らし、ぱっちりした目鼻立ち。
たとえ冴えない表情をしていても、コニカの容姿は男たちの目を惹いていた。
「コニカ様、元気だしてください……」
「むりー。ボクはいまこの世界に呼ばれたことをちょっと後悔してんだから……」
その隣を歩きながら、エルマリートはかいがいしく声をかける。
コニカのことを同性のともだちのように親近感を覚えていたらしい。
たとえ下級神官と勇者の関係であっても、ふたりのあいだによそよそしさはなかった。
「ねぇエルマちゃん。てっとり早く稼げるスキルとかないのー? そしたら頑張るよ?」
「いえ……あったらわたしも欲しいですね。億万長者のスキル」
すると、エルマリートはコニカの左手が気になった。
そこにあった刻印は『3』である。
コニカでさえ既にレベルアップしていたというのに、エルマリートは問題児のことを思いだして頭痛をおぼえる。
するとレベル確認ついでに、エルマリートはコニカの手首に巻かれたものに注目した。
「コニカ様、その手首の……」
「ああ、これねー。いいでしょ、一点物なんだよー?」
「それ、めちゃくちゃ高価だったんじゃないですか……?」
大人っぽい黒い宝石。
一般的な勤め人の給金3ヶ月ぶんはくだらないだろう。
ただしコニカはぴんときていないようで、んーと首をかしげている。
「この石なら、魔物が落っことしたものだよ? はじめての記念だったからブレスレットにしてもらったけど、手間賃はそんなに高くなかったけどなぁ……」
「コニカさま……っ!」
エルマリートはがしっ、とコニカの肩を掴んだ。
ギラギラとしたまなざしを注ぐ。
「その石、もしかしてまだ持っていたりしますか……?」
「えっ、うん……あと4つくらい」
エルマリートは往来にも関わらず悲鳴を上げそうになった。
コニカの現状は、水源の真上にいながら水不足を嘆くようなものである。
「魔物を倒したとき、黒いモヤが噴き出るじゃないですか。あれは勇者にとっての経験値なのですが、ごく稀に結晶化することがあるんです」
「ごくまれー? だって10匹倒したらこのくらいは落としたよ?」
「このあたりのよわい魔物だと、100匹倒してようやく1こ落とすか、というところでしょう。だからその『魔石』は高額で取引されているのです」
「……うそーん」
エルマリートは、自分がいたいけな少女を騙す大人のように思えてきた。
しかし紛れもない事実なのだ。
なにせ勇者が経験値を求めて魔物を狩るように、魔物狩りを生業とする冒険者たちはみな魔石を収入源としているのだから。
「コニカ様、なにか心当たりはないですか? 格別に強い魔物……ユニークモンスターを倒したとか、特別な行動をとったとか……」
「え、だってボクが倒したのはぷよぷよしてるいちばん弱いやつだよ? ……あ、そういえば一匹目の魔物を倒したとき、変なスキルが手に入ったんだけど」
「それです! もしかして『ユニークスキル』じゃないですか……?」
するとコニカはナナメ上をみる。
見えないなにかに視線を向けているような格好だった。
「そうそう、そんな名前だったかな。えっと……『強欲な左手』だって。これってボクが強欲ってことー? 失礼しちゃう」
「やっぱり! 技能点を使う以外でも、特別な条件を満たすことで得られるスキルがあるんです。それをユニークスキルと呼ぶってわたしの先輩が言ってました!」
勇者たちは自分にだけにみえる『窓』を持っている。
技能点と引き換えに取得するスキルを選んだり、そのスキルの説明を知ることができるのだ。
「スキルの効果は、えっと……魔石のドロップ率が上昇するみたい」
「間違いないです。とんでもない代物ですよそれ……。なにせ魔物を倒すだけで所持金がぐんぐん増えていくのですから」
「いっぱいお洋服やアクセサリーが買えるってこと?」
「いずれは市場ごと買い取れるでしょうね。いえ、冗談ではなく億万長者も夢じゃないです……!」
エルマリートの目はぎらぎら血走っている。
しかし対照的に、コニカの表情は浮かないものだった。
「でもさー、いざなんでも買えちゃうってなると、なんかどうでもよくなっちゃうね」
「それは贅沢な悩みってやつです……!」
「そうかなー? それにこういう美味しいハナシって、なにか裏があるんじゃないかな」
コニカの予想どおり、このユニークスキルには致命的な欠陥があるのだが、それが判明するのはもうすこし後のことである。
それよりコニカを悩ませていたのは、手元の大金についてだった。
「……ボク、もうタクマくんの部屋にはいられないのかな」
「それは、持ち家があってもおかしくないくらいですけど……」
エルマリートは気づいてた。
いくら金欠とはいえ、見ず知らずの男の家に転がりこむなど非常識である。
しかしながらコニカにはそういうところの身持ちの固さはあるようだ。
女の勘ではあるが、つまりコニカにとってタクマという勇者は特別らしいのだ。
「タクマ様とは、どういったご関係なのですか? もしかして何か弱みを握られているとか……」
「エルマちゃんのタクマくんへの好感度が低すぎるよ……そうじゃなくて、あの人はね」
それまでしゅんとしていたのが嘘のように、コニカの表情は明るくなる。
「あの人には、ボクのことがちゃんと見えてるんだよ」
どこか遠くの国へあこがれるような、その横顔は美しかった。
まるで恋する乙女のような、とは言いすぎだろうが。
「……視力のことですか?」
エルマリートにはよくわからないことだった。
またぐぅ……と考えすぎたからなのかお腹が鳴る。
それをきいてコニカがくすくすと笑った。




