舞踏剣士
腰にすえられた銀剣。
よく手入れされた革製の防具。
そして形のいいつり目が、凛とした威光を放っている。
ただし彼女の姿は痛々しい。
杖をつきながら、やっとの思いで歩いている。
はじめはその美貌に目をむけた冒険者たちも、そっと顔を逸らしていた。
そんな中でタクマだけは、まっすぐ彼女のもとへ向かう。
回りこむと、まともに相対した。
「すこし話がしたい。いいか?」
ギルドの建物内がざわついた。
男たちが口々に噂している。
「なんだあいつ、舞踏剣士を知らないのか?」
「かわいそうに、こっぴどく振られるだろうな」
「だれか一口乗らねーか。あの坊主がふられるのに一枚」
男たちはナンパとしか思っていないのだろう。
口々に勝手なことを言い合っている。
タクマはというと、怪訝そうにする女剣士に深々と頭をさげた。
「俺に剣を教えてくれないか?」
「…….はぁ?」
これは意外な展開である。
斬新な口説き文句だな……と誰かがつぶやく。
だれも本気で、タクマに剣を教わる目的があるなんて考えもしないのだろう。
「ちょっと待ちな、坊主」
するとタクマの背後から、ずんぐりとした大男が迫る。
測るまでもなく身長は2メートルを超え、体重も100キロ以上あっただろう。
身の丈ほどの斧を背負っていた。
「ありゃ、剛腕の斧使いだ……」
「ホルガだ。あいつ死んだな」
大男はホルガというらしい。
訝しげにタクマを睨みつけると、女剣士との間に割って入った。
「おまえさん、どうして姐さんに剣を教わりたいなんて言ったんだ。ここにいる連中や、オイラじゃなくて。よりにもよって舞踏剣士さまによ」
なにか納得のいく理由がなければ、今にも拳が飛んできそうだ。
ホルガの迫力に、タクマは落ち着いた様子で答える。
「それは、この女剣士の体に惚れたからだ」
すると場内がどっと沸いた。
げらげらと、ひびく下品な笑い声。
タクマの言葉はどうやら最低な意味で受け取られたらしい。
「てめぇ……!」
「やめときな姐さん、オイラからきつくやっとくから……おい坊主」
顔を赤くする女剣士をおさえ、ホルガがタクマに耳打ちする。
「いまのはちょっと面白かったぜ」
「べつに笑わせる気はなかったんだが」
「いや、気のきいた冗談だったさ……ただなぁ、おまえさん。舞踏剣士の名はオイラにとっても特別なんだ。それをコケにしようってんなら、相手になってやるぜ?」
ホルガが斧に手をかける。
いいぞー、やっちまえー、とガヤが起こる。
ただタクマはそれを額面どおり、真っ向から受けとめていた。
「いや、あんたみたいな大男に習ってもしかたないんだ」
「……どういう意味だそりゃ?」
「だいたい体格が違いすぎるだろ。あんたの剣術……斧術か。そいつは圧倒的な筋肉量を前提にしている。だから俺じゃあ教わっても真似できないだろう」
「そりゃ、俺ほどの使い手が他にいるってんなら連れてきて欲しいくらいだぜ」
「その点、そこにいる女剣士は教わりがいがあるよ。なぜなら努力の剣を携えているのだから」
すると、静観する態度だった女剣士が体の向きをかえる。
ホルガの傍から身をのりだし、タクマに向き直った。
「あんたに、アタシのなにがわかるっていうんだい。会ったばかりだろう?」
「わかるさ。その人物の筋肉のつき方を見たら……なにを食べて、なにを考え、どんなトレーニングをして日々を送ってきたのか。きっとあんたは並々ならぬ努力をしてきたんだろう」
タクマの辞書にはこんな名言がある。
人生は、筋肉にあらわれる。
弱った脚にもかかわらず、衰えていないバランサーとしての腹直筋や、剣を振るために発達した背中の筋肉。
歩き方ひとつにもトレーニング歴とは現れるものなのだ。
「だから俺は言っただろう。あんたの体に惚れたんだと」
「……あんた、名前は?」
おお、とどよめきが起こる。
見守っていた男たちにも、予想もつかないことが起ころうとしていたらしい。
さっきまで息巻いていたホルガも、状況をみてちゃっかり賭けに参加していた。
「俺の名前はタクマだ」
「それじゃあタクマ。あんたは剣になにを求めるんだい」
「そうだな……俺もさいしょは必要に駆られて、仕方なくのつもりだった。でも今は、あんたにならぜひ剣を習ってみたいと思っているよ」
タクマも、この世界に残るためやむを得ず戦い方を教わりに来ていたのだ。
本来ならば争いごとは好まない。
せっかく鍛えた筋肉を、格闘技ならまだしも喧嘩や暴力に使うことだけはナンセンスと思っていたのだ。
「あんたといるといいモチベーションが得られそうだ。つまりいい刺激になるってことだ。俺もせっかくなら、あんたみたいな努力の剣を教わってみたいよ」
「努力の剣か……」
すると女剣士、舞踏剣士とも呼ばれていた。
彼女はすこし考えこむように杖を鳴らし、それにつれて男たちも息を呑んだ。
「アタシの名前はベッサだ」
「ベッサ。舞踏剣士ベッサだな」
「そう、アタシはこれでもちょっとは名の知れた冒険者だった……だが今は見ての通り、この足のせいでつまんない日々を送っていたところさ」
女剣士、ベッサが力なく笑う。
それには外野にも思うところがあったのだろう、空気が沈む。
ただ次の瞬間には、からからとした気持ちのいい笑い声がこだました。
「くくっ、こんな熱心に口説かれたのは久しぶりだよ。その話、受けてやってもいい」
「本当か……!」
「ただし、あんたは舞踏剣士のいちばん弟子だからね。生半可な訓練じゃないから覚悟しなよ!」
わー! と大喝采。
見守っていたギャラリーたちも大騒ぎする。
そんな中で、うまいこと大穴狙いを成功させたホルガは、配当金をむふふと数えるのだった。




