はじめては痛みを伴うもの
はじめは一度も挙がらなかった。
ダンベルを握りしめ、ひじを支点に腕を折り曲げ、力こぶを収縮させる。
上腕二頭筋を狙ったトレーニング。
いわゆるダンベルカールである。
重量はだいたい15キロ。
同年代で部活動をやっていれば、全身の反動をつかえば挙上することも可能だろう。
しかしタクマにはそれすらも叶わなかった。
この時期のタクマといえば、身長こそ174センチと恵まれていたが、とにかく痩せていてガリガリだった。
吹奏楽部でハードな運動にも縁遠い。
もちろんそんな彼自身が、後の人生で筋肉に目覚めるなんて思いもよらなかっただろう。
「あのぅ、お体を鍛えているところすみませんが、よろしいでしょうか?」
いい汗かいてひと息つくタクマに、背後からふいに声がかかった。
ふりかえると少女がいる。
いつからそこにいたのか、なにやら思いつめた表情で立っていた。
「なにか用か? 俺ならインターバル中だから構わないぞ」
「あ、はい……。タクマ様の寛大さに感謝いたします」
そう言っておずおずと頭を下げる。
彼女の態度からは緊張感や、警戒心がもろに伝わってくる。
もとの世界のタクマの体格ならいざ知らず、こんなひょろい相手にそこまで萎縮する必要があるだろうか。
そう考えると、タクマには少女が言いづらそうにしている理由が読めていた。
「なるほど、みなまでいう必要はない。おまえが訪ねてきた理由ならわかっている」
「えっ、あのぅ……」
「きびしい道のりだが、俺といっしょに高みを目指そう」
タクマがふっと表情を和らげる。
すると少女もつられて、ぱっと花の咲くような笑顔になった。
「あ、ありがとうございます! 勇者様にそう言っていただけると心強いです!」
笑っていると、どこにでもいる可愛らしいお嬢さんという感じだ。
もちろん、淡雪のようなふわふわの白い髪や、異国風のゆったりとした白い衣装はもとの世界でも馴染みがない。
身長は目測で154センチ。
体重は46キロくらいか。
「わたし、タクマさまのことを誤解してました。目つきがギラギラしているし、油断ならない気配がするというか……でも、とても優しい方だったんですね!」
ただし、タクマの目にみえる景色はそれだけでない。
日頃から自らの肉体を鏡でチェックしているだけでなく、人体の生理学についても熟知している彼だ。
たとえボディラインの出にくい服装だろうとも、外側からいともたやすく内側を見透かすとこができた。
「おまえの悩みなら手にとるようにわかる。そして俺をわざわざ訪ねてきたのは、そういうことなのだろう?」
「はいっ、そう、なんです…….?」
するとタクマはやおら上着を脱ぎすてる。
ぐっしょり汗を吸っていて、ずっしりと床に落ちた。
だんだん少女の顔に困惑があらわれはじめていたが、かまわずこう言い放った。
「じゃあ、床にひざをついて、四つんばいの格好になれ」
「……?」
「はじめては痛みを伴うものだろう。しかし、だんだん楽しくなってくるはずだ」
そう言ってタクマは白い歯を見せる。
まるで悪の企みが成就して、邪悪な笑みを浮かべる魔王のように少女からは見えたのだった。




