第八章
言葉の無礼さも吹き飛ぶ呑気な声と、今にも少女を横抱きにして行きそうな男の影が、並ぶ者の中から現れた。言うまでもなく兄ロルドリスである。
のちに思い返せばこの場で最も大胆だったのは、アーヴィングらしさを優しさで覆い隠していたロルドリスであったのかもしれない。珍しく戸惑った顔のシンリスと泣き顔のスウェンとに微笑みかけ、賢者と長、ヘアルドに順に礼を返す。
「我が小さき妹は、森を出る元となった災禍に未だ怯えております。さらには王のご配慮によりて、奥の間で静かにしているだけだというのに、名立たる一族の方々に新しき王の花嫁と見なされてしまい、驚きのあまり挨拶にも伺えませんでした。ですから王よ、気に病む妹のためにお声をかけて下さい。それは誤解だと。かの騎士を、ひとびとは古き王の名の郷愁で取り間違えただけ、ここでギルロイ殿の花嫁となる日を待っていて良いのだ、と」
「兄さ……ま」
「私とハーシング以外にも、森と平原の婚姻を為す大事な乙女です。こんなに泣かせるような王では困ります」
さらりと述べた事の重大さ以上に、ロルドリスの口から唐突にこぼれた一族の名がひとびとの虚を衝いた。
何故いきなりハーシング。
しかし、浮かんだ疑問は近頃の砦の噂を思い起こせば解消した。ハーシングの女長キンガが、誇らしげにロルドリスの腕を取ると、鈍い者達にも理解は及ぶ。
口の形をアとハの間で固めていた湖沼の騎士が、ひどく掠れた声を出した。
「貴殿と……キンガ殿? 本気で言……キンガ殿とは物好、いや、ギルロイ殿に妹姫……?」
「森と平原を結ぶ約束は、アーヴィングの男がハーシングの女を選ぶことで叶います。契約の騎士殿が我が小さき妹を花嫁に迎えて下さった時には、二重にも。王は責をすでに成し……」
「三重であると言わないのは何故だ、アーヴィングの長子よ。私は貴殿の妹姫を花嫁に迎える男として相応しくないか?」
隠すように口許を覆っていたヘアルドが不意に顔を上げた。
「もっとも、悪いのは私だろうな。他の者達に詰まらぬ誤解させて、小さな姫君の耐える気持ちをそのままにした。それに、誰もが認める約束だからと、花嫁となる乙女に何も言っていなかった……」
ヘアルドがシンリスを真っ直ぐに見つめ、壇を下りる。
眉一つ動かさない森の美姫の姿にひとびとは息を止め、沈黙を守った。
「アーヴィングの乙女、シンリスの名を持つ姫君。ロイシンの王ヘアルドとして、貴女に結婚を申し込む。受けて……頂けるだろうか?」
若き王が乙女の手を取り、口づける。優雅な王の告白、美しい物語のような光景だが、止めなければとスウェンは焦った。
約束の拒絶という不名誉を、シンリスにだけ負わせる訳にはいかない。
「待って、ヘアルドさ……」
「ふざけないでっ!」
派手な音を立て、ヘアルドの頬が張り飛ばされた。
(ええっ? そういう心配をしていた訳じゃなくてっ)
助けを求めた青い瞳に、拳でないだけましでしょう、と賢者の口許に変な笑みが乗っているのが見えた。
「信じられない! ヘアルドって誰よ、リンドバートはどこに行ったのよ!」
「どこって、サーガ……」
「言っていない、ですって? 言ったじゃない、わたしに! 何度も! わたしはあの時と同じ姿よ? ここで言ってみなさいよ! それとも言えないの? 愛しているって!」
「いや、愛して」
「否定するの? しないの? はっきり言いなさい!」
告白の返事が、激しい叱責であることは聞いている者にも分かる。だが解せない言葉が王と美姫の間で交わされている。というより、解せないと思わないと痴話喧嘩――に見えてしまうのだ。
惑うひとびとの傍らで、正しく事を把握できたのは賢者だけだった。森の美姫とロイシンの若き長、両者の真の名を知るのは、ここでは彼一人である。
「姉さま……? あの? あれ?」
「スウェン様、ご心配なく。どうやら約束は、滞りなく果たされることになりそうですよ」
アーヴィングの長子と末姫が、よく似た表情をして賢者を見つめる。持ち上げられた猪の仔が前に進めず困っているような顔だった。
微かな笑みを浮かべ、アルフレイはギルロイを見据えた。
「喜びなさい。予期せぬ出会いによって、いくつもの想いが収まるところに収まるのですから。ですが一つだけ、私は古き王に問わねばなりません」
鋭さと柔らかさを兼ね備えた男の声が辺りを静める。賢者が契約の騎士を「古き王」と呼ぶことの意味は、とても重い。
頬を押さえていたヘアルドも、再び「王」と呼ばれた男に目を向けた。
「そう、賢者の言う通りだ。私も問わねばならない……ギルロイ、我が盟友にして契約の騎士よ。ここで誰もがその意志を確かめたいと思っている。今一度、古き一族の王の名を取り戻し、世界を支配する両翼の一つとなるのか。そして我が妹となる可憐な乙女を、花嫁を迎える気持ちがあるのかどうか」
ギルロイはヘアルドの灰青色の瞳を見返した。
そこには、かつて見た苛立ちと諦めの色はない。余裕と喜びと、秘密の端をわざとちらつかせるような子どもっぽさだけがある。
それがギルロイの知るひとではなく、もう一人の懐かしいひとに似ていることを思い出し、時と血の繋がりを羨む気持ちが胸の奥に湧いた。
「王よ……長くロイシンの盟友として契約の支配者たる騎士の名を持っていたが、返上することを知らせねばならぬ」
無言の息が謁見の間を埋め尽くして行くのを感じながら、ギルロイは大剣を前に掲げた。
平原における忠誠の仕草に応じて、ヘアルドもよく似た大剣を掲げる。伝説である双剣が真向いで揃うのを見るのは、多くの者は初めてだった。
「これは、別れを意味するものではない。この手にある双剣の一つは、平原の一族との永遠のつながりを示している。俺はただ古き野に再び下り、守る者となろう。ヴァイルント・ドネルを統べる新しき王の一人の友となることを、約束しよう」
戦う者と言わなかったことに誰もが気付いた。王と名乗らなかったことにも。
騎士は、ハーヴィグとしてのオズウァンへの復讐より、古き王の名を戻すことより、守ることを選んだ。その守りたい者が誰かなど、言うまでもない。
「我が友……懐かしき丘と野を守る者に幸いを」
「幸いを」
並ぶ者の唱和が新たな一族を認める。
ギルロイは剣を手に、スウェンにもう一方の手を差し出した。大きな硬い手に飛びつく金色の妖精を期待して。
しかし、いつまでたってもふわふわのどんぐり妖精は動かなかった。
もちろんスウェンは動こうとしていたのだ。二人の愛娘を同時に奪われることになった父親が、せめて小さい方はと抱え込む腕の中で。
多くの敵を排してきたはしばみ色の瞳も、渡すまいという強い意志を見せた灰色の瞳の前では無力であった。
これだから男親は。
呟くキンガの声は、ひとびとの耳にやけに大きく響いて聞こえた。
***
王の砦にひとびとが集まった最初の頃、重苦しさというものは、冬のように途切れることがないように思われた。
それでも冬は終わり、春が来る。常緑を願うだけの世界も、いずれ豊かな緑に覆われる。
シアーズの災禍ののちに二つの婚姻を認めた祝宴、ヴァイルント・ドネルの統一を誓ったことを含めると、三つの祝いに砦は沸いていた。
ひとびとが浮き立つ影で、馬場に下り行く鴨羽の青緑色を目の端にし、ギルロイは賢者を追いかけた。
「アルフレイ、今夜くらい泊まって行けばよかろう」
「賢者は森にいるものですよ」
「しかしな……砦に行くのを急いで、お前とはたいして話しておらぬぞ」
「そんなことを言うと、夜通し祝いごとのじゃまをしますよ? 語りたければ、いずれ我が森を訪れた時に」
手土産を持って挨拶に来い、と言わんばかりの賢者にギルロイは苦笑を返した。
「ヘアルドに賢者の助言を伝えてやって欲しかったのだがな」
「その役目は私ではない賢者が担いましょう。あなたこそ、古き王の名を取り戻すものと思っていました」
「ヴァイルント・ドネルに王は二人もいらぬ。ヘアルドは充分に統べる力を持っている。強く美しい花嫁がそれを支えよう」
「花嫁ね……おや、あなたの花嫁がおいでになりましたよ」
誰かを探すスウェンが階段口にいた。軽く手を振ったアルフレイに気づくと、跳ねるように駆け寄ってくる。
「アルフレイ、もう帰ってしまうの?」
「森で待っているので会いに来て下さい。幸せになった姿を見せに」
スウェンは髪を撫でた賢者を大きな青い瞳で見上げた。
アルフレイの帰還を見送ろうというのに、スウェンの方が見送られているような気持ちになる。それはある意味正しいのだろう。スウェンが帰る場所は、もう森ではない。
賢者に抱き着きながら、その長身を決して忘れないと心に誓った。
「会いに行く……待ってて。一番大好きなアルフレイ」
「その言葉を胸に刻んでおきましょう……ところで、探していたのは誰ですか? 私が呼んだ時、なあんだって顔してましたよね」
「えっ? そんな、そう? ギルを探していたんだけど、あの、別に」
もじもじし始めたスウェンの柔らかな頬を、アルフレイがつまんで引っ張る。少女の口から、ガチョウの雛の鳴き声が出た。
「ランスリス様じゃないですけど、まだまだ手許に置いておきたくなりますねえ。シンリス様の場合は、相手の方を心配しますが」
「そうか? 似合いだろう。すで出会っているとは思わなかったがな。まあ、どちらかというと、ロルドリス殿の方に驚いたぞ」
「その点については……はいはい」
アルフレイは抗議で煩くなってきた金色の雛から手を離した。
「もうっ、意地悪しないで! アルフレイ、姉さまと兄さまのことは……知ってたの?」
「いいえ。でも、彼らも願い通りの相手を選んでいます。あなたに負わせまいとして計画したことではありません。元々平原の者は、森の者に弱いんですよ。とりあえず、ロルドリス様に真っ向から愛をささやく強者で良かったのではないでしょうか?」
少しだけ考え、賢者の言葉にスウェンも素直に頷いた。
シンリスとロルドリスは仲の良い兄妹ではあるが、アーヴィングを継ぐという意味で僅かに複雑な問題を孕んでいた。そのため村の娘達はあまりロルドリスに近づかず、アーヴィングの適齢の男としては異例の独り身だったのだ。
シンリスがヘアルドの花嫁となるなら、長を継ぐのはロルドリスと決まる。散々父長を悩ませた問題は、あっさりと終焉を迎えることになった。
「正直に言うと、スウェン様は、もう少し真っ当な男に嫁がせたかったんですけどね。この期に及んで、諦めの悪い王の癖がでるとは思いもせず……」
「諦めが悪いとは何だ」
「悪かろう?」
賢者と騎士の間で、忘れていた長い時を思い出す眼差しが交わされた。
失ったものと得たものの重さは、同じ時を過ごした者にしか比べられない。金色の妖精は全てを埋めて余りあると、互いに視線が認めていた。
アルフレイは両手を結び、膝を折り、王と女王に対する礼をとった。
それは絶えて久しい一族のしきたりに則る型であり、スウェンの目には厳しいだけのものに映る。
ギルロイは懐かしいもの見たと軽く笑って、賢者の意図の通りに大剣を前に立てた。
「汝、如何なる誓いを剣に望むか」
「我らが失いし唯一の王よ、その古きハーヴィグの栄光の名を時に流し、新たな名の下で愛しき娘、森の一族アーヴィングの末姫を守ることを誓い給え」
「誓おう。我が乙女が呼ぶ時はすぐに、最期の一息のその時まで」
我らが王を見定めし、剣の誓いは永遠なり――
スウェンの耳に、もうどこにもいないひとびとの祈りが響いたような気がした。
「さて、私は退散すると致しましょう」
ひらりと長身が馬上へと移動する。それを合図にして番人が扉を開けると、冴えた空気が吹き込んで来た。
アルフレイは煽られたフードを被り直し、ギルロイに抱き寄せられた小さな躯に目を向けた。
「ちゃんと見つけられたでしょう? 森を出るのを嫌がって泣いた小さな姫君……あなたが愛する者と生きられるように、東の丘の城を片づけておきましょう。きっとすぐに一族が戻ってきます。本当は豊かな土地なのですから……」
青い瞳に微笑みを一瞬だけ返し、アルフレイは出発のかけ声を馬に送った。扉を潜り、血族を亡くした代償の鴨羽の青緑色が夕闇の中に紛れて行く。
消え行くまで姿を見送ってはいけないという伝え通り、スウェンは薄闇からすぐに目を逸し、ぎゅっとギルロイの手を握った。
「部屋に戻らないと。ヒューナードが探してると思う……まだ着替えてないから」
「それは着けたままでいるのか? ずいぶん大事にしているのだな」
ギルロイが見ているのは、スウェンの腕環の一粒のどんぐりである。
「姉さまから貰ったの。東側の……母さまが眠る森で拾った、一番大きなものだって」
「なるほど……では嫉妬するのは止めておこう」
「嫉妬?」
「いつも俺より近くに置いているからだ」
燃えるように赤くなった頬を、長い指先が優しく撫でる。
恥ずかしくなったスウェンは逃げるように先に進み、軽く引き戻された。
撫でる指先にまた逃げて。繰り返すうち、熱を帯びた空気がスウェンとギルロイの間に広がる。
(こ……今度。今度こそ、はっ? あっ)
父長と違って、じゃまをしたのはわざとではないだろう。視線の先、王族の間の前で、女物の帯を握りしめたヒューナードが立っていた。
並んで苦笑するロルドリスに腕を絡めたキンガもおり、スウェンは正装の彼らに少しだけ焦りを感じた。
「スウェン! 着替え!」
「すぐにするから」
とはいえ、金髪の有り様は従兄の目つきで嫌でも分かる。はちみつ色の騎士の華やかで凛々しい様は、面倒に直面したことで、全てが差し引かれてしまっていた。
「どうするんだ、その髪……」
「ローセンが用意を終えたら来るわよ。まだ時間はあるでしょう」
「キンガ様! いきなり消えないで下さ……あっ」
ほらねとキンガが示す回廊に、硬直したローセンがいた。いつもの騎士の装いを解き、平原の正装の柔らかな長衣を身に着けている。豊かな胸と長い足をさらりとした布で覆う姿は、なかなかに優美。しかし怪しいほどに落ち着きがない。
女騎士の気にするところを察して、スウェンはにっこりと微笑んだ。
「すごく綺麗よ、ローセン。やっぱり平原の衣装は、平原の女のひとの方が似合うわ。そう思わない? ね、ヒューナードっ」
「そうだね。スウェンは中身のはみ出た羽枕みたいだったよ。背のある方が素敵だね」
貶すのも褒めるのも言葉を選べ、とスウェンは思いきり従兄の足を踏む。
「スウェン、悪戯はお止め。もう子どもじゃないだろう」
「兄さま」
「でも、それに気づかなかったのは私の方だね。どんなことでも言い渡せばすむと思っていた。もう恋を知る年頃だったのに」
これは変わらないけれど、と笑いながら金色の羽毛玉を撫でる。
「兄さま、どうして……わたしがギルを好きなことに気づいたの」
「分かるよ。お前が王から逃げ出した時、私はそこにいたんだよ。いつもだったら、どんぐり下僕か、私の懐に飛び込んでくるだろう? なのに」
ロルドリスの目に、兄より想い人を選んだ妹への哀愁が漂う。
「悪かった。だから私とキンガで約束を果たせば、お前は自由になれるかと思ってね……」
「ええっ? ちょっと、まさかそんな意図でわたくしに応じたのっ?」
違うよ、と笑みを返すロルドリスとぷいと怒るキンガは、とても似合いの二人に見えた。
「もう! 男っていうのは平原でも森でも、森の娘にどれだけ甘いのよ……王より強い森のお姫様だっていらっしゃるのに」
「あいつは殴られて当然だ。シンリスと知らずに会ってたって……ばかだ」
ヒューナードの顔が邪悪に歪んだ。嬉しそうにしか見えない笑顔が場違いに眩しい。
ロイシン王を「あいつ」と呼ぶヒューナードに苦笑しつつも、ギルロイは、いずれ彼が王の側に立つ日が来ることを、喜びをもって感じていた。
「そうすると、キンガはアーヴィングの森に住むのか?」
ギルロイの問いにキンガは答えず、背後へと優美な目礼をした。
気づいたヒューナードとローセンも下がり、アーヴィングの長を通す。
ランスリスはまずスウェンを腕の中に置いてから、大きく笑顔を作った。作ったとしか言い様のない――前にもどこかで見たような笑顔であった。
「ギルロイ殿、アーヴィングの次なる長は花嫁を迎えますが、ハーシングの一族から女長を奪う気はないのですよ。花嫁になったからといって、親しき者達と別れることはありますまい。平原と森を行き来するくらい、どうとでもなりましょう」
「それもそうだな」
ランスリスの含みは聞く者の背筋を凍らせるほど明らかである。当の相手だけが全く動じておらず、呑気に頷いている。
「春になってからと思ったが、まず東の野に行くのも悪くはないな。それから森に寄って、親しき者に挨拶を……ああ、アーヴィングは冬ごもりの砦にいるのか……ヘアルドの結婚式に間に合わせるのに、尋ねる時間はあるかな」
「……それほど遠くはないので、寄って頂けたら一族の者も喜びましょう。しかし本当に……スウェンを連れて東の地にお戻りになるのですか?」
父というより長の顔で、ランスリスは僅かに声を落した。
「契約の騎士よ、貴方は名を捨て、東を振り返ることなく平原に行かれた。だが森や湖沼の一族は哀れな末裔とともに、呪いをそばに置いて生きてきたのだ。そこに我が血に連なる者を送り出すのは難しい……」
「ランスリス殿。だからこそ俺は、かの地の呪いを消さなくてはならない。双剣の王に捨てられたと思っている者達のためにもな。ただ、その支えに……貴殿の末姫が欲しい。姫を花嫁に迎えることを、許して頂きたい」
「呪われた時を……忘れても良いと?」
遠い目をしたランスリスの、思い出すものを誰も知らない。スウェンを産んで亡くなった彼の妻は、元は東から来てアーヴィングに混じった一族の女である。森で生まれながら、覚えてもいない東の故郷を語る甘い声は、今も彼の耳に残る。
その娘が古き王と戻る。死者ですら想像もしなかった日を迎えるのだ。
「父さま、東の丘は呪われてなんかないわ。行って見たら良いのよ」
「そう言うのか……おまえが」
ないと言い切る青い瞳に、緩やかな時の移ろいを感じる。だからランスリスも信じなければならないだろう。呪いは消える。消すことができると。
願うような視線の息子と甥に微笑み、愛する小さな娘の手を取った。
「花嫁となるを許そう、我が末の娘、愛しい娘よ。東の丘を守り、導き、愛せよ。我らアーヴィングは常に側にあり、永久の同胞である。それを覚えておいてくれ」
静かに金色の巻き毛に口づける。
そして全てを委ねるために、乙女の手は騎士へと渡された。