七話
ベルゼから教えられたのは風魔法での移動速度上昇。
足裏から瞬間的に風を生じさせることで、地面を蹴ったときの速度を増す魔法らしい。教えられた当初はタイミングとコントロールが乱れ、一歩踏み出すだけでコケてしまっていた。だが、何度もやっているうちに身体に馴染み上手くコントロールが出来るようになった。
これは応用すれば空中で方向転換や、宙を蹴って空中移動のようなことも出来るのではないだろうか。
そんなことを考えていると前方に壁が見えてきた。遠目から見てもその大きさはとてつもない。
ベルゼが言っていた街はあの壁の内側にあるのだろう。
「あれか?」
走る速度を落とさずに俺はベルゼへと問う。
「ああ。あれが言ってた街だ」
「デカいな」
「この辺りは何故かダンジョンが多くてなぁ。ダンジョン攻略を中心にデカくなった街だ。冒険者も多くいるし極上の飯もいっぱいいるぜ?」
「ククク」と極上の飯を思い浮かべているのか笑うベルゼ。
ダンジョン攻略を主にやっているならステータスも高いのだろう。おっと涎が…。
「楽しみだ」
「染まってきたなぁ」
門が見える位置まで来たところで走るのをやめ、魔法を解除。
ここから門まで歩いていくことになった。
門は馬車が余裕で通れるくらいの大きさだ。門番は全身鎧にハルバートを装備している。
暑そうだな。
「止まれ!」
門まで行くと二人の門番がハルバートを重ね合わせて門を塞いだ。
「何をしにこの街へと来た」
門番は堅苦しい問いかけをしてくる。
「ここなら稼げると聞きまして、冒険者登録に来ました」
「ふむ、冒険者志望か。となると、身分を証明出来るものはなさそうだな」
確かに身分を証明できる物は持っていないな。
「通行料銀貨一枚となるが出せるか?」
門の中に入るのに銀貨一枚か。適正価格がいくらかわからないが、盗賊から奪った金銭があるため払えないわけでない。無駄ないざこざは勘弁願いたいため銀貨を一枚取り出した。
「確かに受け取った。ギルドに向かうのであれば大通り沿いにある。ギルドカードは身分証として使えるため最初に登録しに行くといいだろう」
「ようこそ迷宮都市グランダルへ!」
二人の門番はハルバートを引き下げて歓迎してくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言って俺は門を潜り抜ける。
門を抜けた先には綺麗に整備された石畳、レンガ造りの家々、賑わいのある街並みが広がっていた。
ヨーロッパのような街並みに感動しつつ、大通りをきょろきょろしながら歩く。
「そんな珍しいか?」
周りからは見えなくなっているベルゼが問いかけてくる。
「まあな。俺が住んでた所じゃ見ない街並みだからな」
某テーマパークとかに行けば見ることは出来るが、本物と言うわけではないのでとても新鮮だ。
「なるほどなぁ。ほれ、あれがギルドっぽいぜ?」
ベルゼの指さす先には一際大きな建物があった。
いつまでも立ち止まって見上げていてもしようがないので、両扉の片側のノブに回して中へと入った。
昼間から飲んだくれる冒険者たち。魔物の素材を使った装備なため、みてくれは荒くれ者に近い。
中にはちゃんと鎧を着ていて騎士に見える者もいた。そんな彼らを横目に、受付カウンターと思われる場所へと向かった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
可愛らしい笑顔を浮かべて応対してくれる受付嬢。
これはあれだな。このギルドのアイドル的存在の類だな。
「冒険者登録をしに」
「登録ですね。承りました! こちらの記入をお願いします」
受付嬢から渡された紙を受け取り、内容に目を通す。
名前と出身地など当たり障りのないことが書かれていた。
「すみません。出身地なのですが、住んでいた村に名前がないのでどうしたら…?」
「ああ、そうですね。辺境の村出身の方は村に名称がないのでしたね。無記入で構いませんよ」
「わかりました」
すらすらと紙に記入していく。
不思議なことに、見たことのない文字なはずなのに読み書きが容易にできる。召喚されたときにこちらの文化をインストールでもされているのだろうか?
そんな疑問を抱えつつも記入し終え、受付嬢に紙を渡した。
「はい。問題はありませんね。次にこちらの水晶に手をかざして貰えますか?」
と言って横に設置されている水晶玉を指す。
「ステータス鑑定用の水晶だな。偽装はしてやるから普通にかざせ」
ベルゼの言葉に小さく頷き、水晶玉に手をかざす。
「はい。結構です! オールB。とても素晴らしいステータスです!」
オールB。
偽装するにしても適当過ぎるが、まあ怪しまれていないからいいか。
「ランクはステータスから見てDからのスタートとさせていただきますね。本来であればFからのスタートなのですが、ステータスを見たところ魔物との戦闘でも一定の成果が取れると判断しました」
ステータスが判断基準になるのか。
ちらっとベルゼを見ると、わかっていたのかうんうんと頷いていた。
「発行終わりました。こちらがギルドカードとなります。紛失した場合は再発行に金貨一枚かかりますので注意してくださいね!」
渡されたカードを受け取り、ポケットへとしまう。
「ありがとうございます。あと、この街に来たの初めてなんですけど、ダンジョンのことで入るのに必要な事項とかありますか?」
「そうですね。ダンジョンへの入場はDランク以上が必須となります。それ以外は特にありませんね。ですのでリンドウさんは入場資格があります。ダンジョン初心者の方には街から出てすぐの森にあるダンジョンをお勧めしています」
登録してすぐに死なれても困るもんな。
「わかりました。いろいろとありがとうございます」
「仕事ですから」
大変な仕事だな。
「おらどけ初心者ァ!」
会釈して去ろうとしたところ、肩を掴まれ無理やり退かされる。
見ると、大柄の男がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「……はあ。はいよ。俺の用は終わったからな」
面倒はごめんだからな。おとなしく退く。
が、この態度が気に障ったのか、男は俺の肩を再び掴むと振り向かせてきた。
「クソ初心者が生意気な態度取ってんじゃねぇぞ!」
そのまま俺の顔面に拳を叩き込んでくる。
避けるのも馬鹿らしいほど遅いその拳を俺はそのまま顔で受けとめる。衝撃が顔にかかるが痛みはない。
「クソ! なんだこいつ!?」
幾度も幾度も俺の顔面に叩き込む男。
周りで酔いどれていた冒険者たちはこちらに注目しているようで、さっきまでの楽しそうな雰囲気はそこにはなかった。
いい加減鬱陶しいので一発腹を殴りつける。
「ぐっ…ぅ…おげぇ…!?」
男は殴りつけられた腹を抑え膝をついて吐いた。
「……」
なんか捨て台詞でも行ってやろうかと思ったが、何も思いつかなったため男を放置してギルドを後にした。
「殺せばよかったじゃねぇか」
ギルドから出て近くの路地へと入ったところでベルゼが話しかけてくる。
「あんな人目の多いところで殺したら騒ぎになるだろうが。なんの為にダンジョンのこと聞いたと思ってんだ」
「騒がれてもいいじゃんかよー」
「食事をするにしてもやり方ってもんがあんだよ。ダンジョンなら冒険者が帰らなくても違和感ないだろ?」
「クハハ! なぁるほどなぁ! その考えはなかったわ」
無駄に暴れるよりも堅実に食事が出来る。
「一番最初に釣れるのはさっきの男どもだろうな」
「なんでだ?」
「定番だからな」
「ククク。意味わからん」
お前が笑うのも意味わからんがな。
この日はギルド近くにある宿屋に泊まった。
翌日、宿の朝食を摂り、ギルドへと向かう。
依頼掲示板を一通り確認した後ギルドを出て初心者ダンジョンへと向かうことにした。
ダンジョンは受付嬢が言ってた通り森の中にあった。意外と浅いところにあったため迷うこともなくたどり着くことできた。
ダンジョンの見た目は石造の遺跡のようだ。草木が侵食し、幻想的な風景となっていた。
「釣れたぞ。ベルゼ」
「ああ」
俺たちは入り口で立ち止まると、追ってきている気配を感じて小さく笑いあう。
なぜ、ダンジョンに行くというのにギルドに寄ったか。それは釣りをするためである。昨日、俺に恥をかかされた男が仲間を連れてついて来ている。
つまりは釣り餌に獲物がかかった。
「ククク。腹が減ったぜ」
「同感」
あいつらはどんな味がするんだろうか?
ダンジョン内部は全面石作りで、少しばかりジメジメしてるのは地下だからだろうか。
初心者用のダンジョンと言うこともあり、出てくる魔物はスライムやホーンラビットなどの弱小ばかりだ。俺たちの敵にすらならない。
あらかじめ買っておいたダンジョンの地図から行き止まりへの道を選んで進んでいく。
「……」
「ククク」
行き止まりにたどり着いた俺たち。
引き返すようなそぶりで振り返ると、そこにはニヤニヤしている昨日の男とその仲間であろう連中が五人いた。
「昨日はよくもやってくれたなぁ?」
担いでいる大剣を肩当てにコツコツと当て音をたたせる男。
「Bランクの俺様がとんだ恥をかいちまったじゃねぇか」
「自業自得だろ」
「んだと!?」
ちょっとした煽りに乗る男。
「はっ! まあいいさ。今日の所は軽口を許してやらぁ。どうせここで死ぬんだからなぁッ! やれお前らッ!!」
怒りを飲み込んだ男は再びにやけると、取り巻きをけしかけてくる。
後方で魔力の高まりを感じたのでおそらく魔法使いか魔術師がいるのだろう。
「はははっ」
美味そう。美味そうだ。
内から出る食欲に思わず笑いがこぼれる。
「はぁッ!!」
片手剣使いの戦士が上段より斬りかかって来た。
それを左腕を硬質化して弾き、右足で蹴り飛ばす。続いて横から壁伝いに来た身軽な奴の短剣を硬質化した両手で白刃取りしてへし折り、引っ込めようとした相手の右腕を掴み引き寄せて前蹴りで吹っ飛ばした。
「一発でダウンとは情けないな」
蹴った奴らは二人とも気絶したようだ。
「”フレイムランス”!!」
魔法使いが放った炎の魔法を掴み取って握りつぶす。
「はぁ!?」
魔法使いは魔法を握りつぶされたことに驚愕の声をあげる。
「隙だらけだぜ?」
いつの間に後ろに回っていたのだろうか?
影の薄さなら天下一品な黒いローブを纏った男。だが、俺の背後を取ったのが運の尽きだ。
俺は背中に力を入れて、溜めた力を解放するように勢いよく背中を丸める。すると、背中から服を破り無数の黒い棘が飛び出す。
「へ……?」
棘は黒ローブを貫いて殺した。
殺したのを確認すると、飛び出た黒い棘はズブズブと俺の身体へと戻っていく。
「……化け物かよ」
この光景を見たリーダーの男は冷や汗をかいて一歩下がった。
「はははっ! 化け物かぁ。そう言われてもしょうがないよなぁ」
数多の魔物を食って、人間すらも食ってんだ。化け物と言われてもしょうがない。
「ああ、そうさ。お前らが喧嘩売った相手は化け物だぜ?」
「ヒッ!? あがっ……」
弓使いが逃げようとしたため一気に距離を詰めて首筋を噛み切る。
「つまみ食い失礼。ふむ、まあ悪くない味だな」
もぐもぐと咀嚼して飲み込む。
「ひっ……!? ば、化け物……!?」
その異常な光景に魔法使いは腰を抜かしてしまったらしい。
「仲間を食うんじゃねぇッ!!」
怒りに染まった顔で襲い掛かってくるリーダーの男。
大振りに振り下ろしてきた大剣を硬質化した頭で受け止める。
「はははっ! これぞ石頭!!」
受け止められ隙だらけとなった胸へと腕を突き刺して心臓を抉り取る。
「威張ってた割には大したことなかったな」
奪った心臓を齧りながら男を蹴り倒す。
「ベルゼ。そいつはやるよ」
「お、いいのか?」
「もう一人……!?」
いきなり現れたベルゼにさらに恐怖が増したのか、魔法使いは漏らしてしまった。
「クハハ! きたねぇ!」
笑いながら魔法使いに近づくベルゼ。
ゆっくりと近づく彼に、魔法使いはずりずりと後ずさっていくもで壁で阻まれてしまう。
「ククク。もう逃げられないぜ? じゃ、いただきまーす」
ベルゼは大口を開けて魔法使いの頭を齧り取った。
「ほおぉ! うめぇ! おい! リンドウも食えよぉ!」
そういって引きちぎった右腕を投げ渡してきた。
「ふむ」
袖の部分をまるで包装をめくり取る様にまくって噛る。
「うっま!?」
まるで甘味のような美味さ!
触感も筋肉質ではないから柔らかく美味しいおやつを食べているような感覚だ。
「うんめぇ」
「だろぉ?」
だが、俺たちは後悔した。
先に美味いものを食べてしまったことに…。
「「おえっ……」」
お読みいただきありがとうございます!
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