二十九話
「ぺっ。結界が消えても身に沁みついたもんは消えないか」
口の中にあるえぐみをごまかすために唾を吐き捨てる。
十人はいただろう騎士達だったが、今は俺の胃の中
もちろん残さず食べましたよ。
「あはは。派手にやってんねぇ」
今も響き渡るいくつもの爆発音。
食えないのを知っているため、ベルゼが破壊の限りを尽くしているのだろう。
「さて、さっきの人はどこに行ったかな?」
騎士の姿から元の姿に戻って部屋を後にした。
猊下って確か一番偉い人の呼び名だよな。
こういう場所で偉い人が居そうな場所は最上階だろうか?
今いるのは一階だし、とりあえず上へと行こう。
***
四階へとやって来た。
階段は一か所だけのようですんなりと四階まで来ることが出来た。
四階は部屋が一つだけのようで、階段を上ってすぐの所に一つだけ扉がある。
その扉を開けるためにドアノブへと手を伸ばす。
バチッ
「弾かれたか」
この部屋にも結界が張られているようだな。
手を見ると少しばかり焼け焦げており、煙と共に焦げ臭さが鼻腔を刺激する。
「だが、触れなくもないな」
再度ドアノブへと手を伸ばす。
バチバチと俺の手を弾こうとする結界だが、力押しで握り込んでノブを回す。
カギがかかってるかと思ったが、そんなことはなく扉は開かれた。
扉を開いて中に入ると光の槍が俺を襲う。
それを胸に大口を生成して食らう。
「まず……」
一切汚れのない清き光。
これ俺だから不味いで済むが、ベルゼがくらったらしばらく動けなくなるんじゃないか?
「はああああああっ!!」
俺の気がそれた所で剣を持った女性騎士が斬り込んでくる。
腕を硬化して受け流し、完全に振り下ろされた所でフリーになった首筋へと噛みつく。
「あああああああッ!?」
噛みつかたことによる痛みで叫ぶ女性騎士。
首の肉を引きちぎって咀嚼咀嚼咀嚼。
首筋を手で押さえながらよろよろと交代する女性騎士から視線を反らし、次の獲物へと歩みを進める。
「ひ……!?」
魔法も効かない、不意打ちも効かない。
そんな相手を前にして、完全に怯え切ってしまうもう一人の女性騎士。
がくがくと膝を笑わせ、身体も震えているのか手に持った剣の鍔と手甲が小刻みにぶつかり合ってカチカチとなっている。
そんな彼女へと腕をスライム状に変えて向ける。
そして一気に膨張させて捕らえる。
スライムへと取り込まれた女性騎士は藻掻き苦しみ、肺にたまった空気すらも吐き出してしまう始末。
このまま放っておけば窒息だな。
窒息死は可哀そうなので瞬時に溶かす。
皮膚から侵食され果ては骨まで。
痛みすら感じずに死ねたのではないだろうか?
「さて」
元の腕に戻し、先ほど首筋を噛みちぎられた女性騎士の方を見る。
彼女は出血多量によって立つ力を失い倒れ込んでいるようだ。
荒い呼吸音が聞こえるため生きているようだが、放置しておいても時期に死ぬ。
そんな状態の彼女もスライムで取り込んだ。
「お偉いさんはどこかなぁ?」
部屋を見渡してもいない。
「隣かなー?」
部屋の奥に扉がある。
おそらくそっちにいるのだろう。
相変わらずうざったい結界を無視して扉を開け放ち、隣へと入る。
「止まりなさい! それ以上近づいたらあなたは消滅しますよ!」
入ってすぐにそう言われた。
「消滅は怖いねぇ」
身体の中を光属性で満たして近づく。
「いててて!」
バチバチと強い静電気を身体中で受けているような痛みを感じながら躊躇なく女性の方へと進んでいく。
「そんな……ッ!? 密度を高くした聖域結界を突破してくるなんて……!?」
これもまた聖域結界なのか。
規模は小さいが、密度を高めることによって効果を高めているのだろうか?
まあ、関係ない。
「”ホーリー・クロス”ッ!!」
光の十字架。
彼女の前に現れたそれは俺に向けて放たれ、俺を押し戻そうとしてくる。
触れている手にひらが焼けるように痛い。
対魔特攻とでも呼べそうな魔法だな。
俺は首筋からドラゴンの頭と狼の頭を果たして十字架に食らいつく。押さえている手も手のひらに口を作って魔法を齧る。
ボロボロになっていく光の十字架。
最後には霧散してしまう。
「気分悪ぃ魔法だな」
「魔を払うためだけに作られた魔法が……」
絶望。
この言葉がよく似合う表情。
やっぱり対魔魔法だったのか。
「あなたは一体何なんですか!? 対魔魔法が効かないなんて!!」
怒鳴り散らす女性。
「悪魔。と言えばお分かりかな?」
俺の言葉に目を見開いて驚く女性。
「そんなまさか……。悪魔は主によって……」
「神によって悪魔は滅されたらしいな。だが、一人。そう一人だけ生き残っていた奴がいたのさ」
「その一人があなただとでも……?」
完全に戦意喪失してしまっている彼女は小さく問いかけてきた。
「いんや違う。俺はその生き残った悪魔と契約しただけさ」
「悪魔との契約……。あなたはそれがどんな結末になるのか知っているのですか?」
「知っているとも。契約内容はしっかりとすり合わせしたからな」
「……悪魔と契約してまで、あなたは一体何を」
「あんたが気にするようなことじゃない。個人的なもんさ。さて、話はここまでにしよう。勇者がここに来てしまう」
強い魔力が階段を駆け上がってくるのを感じ、話を切る。
「……あぁ、主よ。叶うならば私を天上にお導きく――」
そこから先は紡がれることはなかった。
***
「教皇様!」
勇者たちは教皇の部屋へと駆けこんだ。
面会するときに使う執務室はもぬけの殻。
「将人! 奥に扉があるよ!」
「確認してみよう!」
勇者たち四人は奥の扉へと向かいノックする。
「教皇様! 将人です! ご無事ですか!?」
「ええ、無事です。この部屋は安全ですのでお入りください」
内側から教皇の声が聞こえ、勇者たちはほっと息を吐く。
「失礼します」
静かに扉を開けて中へと入る勇者一行。
「いらっしゃい」
教皇はいつものように優し気な微笑みを浮かべて勇者たちを迎えた。
彼女はベッドに腰かけており、少しばかり疲れたような表情を見せる。
「あなた方が無事で安心しました」
「いえ! 教皇様もご無事でなによりです!」
「にしてもよぉ。なんなんだこの騒ぎは」
勇者たちの中でも一番背の高い少年が窓の外を見ながら呟く。
「今、アイテリオールは魔族に侵攻されております」
「魔族!? 倒しに行かなくちゃ!」
魔族と言う言葉に反応示したのは一番背の小さい少女。
「いえ、勇者様たちはここにいてください。今はアイテリオール内にいる騎士達、冒険者たちが対応しておりますので」
「ですが、僕たちは勇者です! 守られてばかりで何が勇者ですか!? 僕らも修行を積んで強くなりました! アイテリオール教国で学んだ光魔法は魔に対して絶対的優位に立てます!」
勇者翔太は拳を握り、自分の思いを教皇へと伝えた。
教皇は困った顔をし、少し悩んだ後微笑みを浮かべて頷く。
「……わかりました。あなた方を信じましょう」
「ありがとうございます! みんな行くよ!」
「「「おう(うん)!」」」
勇者たちは教皇の寝室を出ていく。
だが、そのあと執務室の扉に手をかけた所で開かないことに気付いた。
「開かない…!」
「んだよこれ!」
将人と呼ばれた勇者と、身長の高い勇者の二人は体当たりをしたり魔法をぶつけたりするが扉はびくともしない。
それどころか傷一つすら付かなかった。
「退いて! あたしの魔法でぶっ飛ばすから!」
一番背の小さい少女が魔力を練り上げる。
彼女はこの勇者パーティーの中で随一の魔法使いであり、その魔力量や質は召喚された勇者たちの中でも片手に入るほど。
「撃つよ! ”ハイドロカノ――」
だが、魔法名は最後まで紡がれることはなかった。
「おい! どうした篠田……え?」
背の高い少年は魔法が放たれないことを不思議に思い、篠田と呼ばれた背の小さい少女へと視線を向けて困惑する。
「……こふっ……」
篠田は目を見開き血反吐を吐き出していたのだ。
前に突き出された手は力が抜けてだらりと下がった。
篠田の胸元からは赤い何かが突き出しており、よく見るとまだ小さく脈打っている。
「教皇……様……?」
理解が追い付かない状況。
勇者翔太は、篠田の後ろにいる人物に気が付いた。
「ええ。先ほどぶりですね?」
いつもの柔和な笑み。
その笑みはいつもの教皇そのもの。
だが、教皇は篠田払いのけるように横へと投げると、その反動で篠田から突き出ていた赤い何かがずるりと抜けた。
そこでようやく彼らは気が付いた。
篠田の胸元から突き出ていたのは教皇の手であり、小さく脈打っていたのは篠田の心臓だと。
「悠理ちゃん!?」
勇者パーティーにいるもう一人の少女は、投げ飛ばされた篠田へと駆けよる。
「こふっ……じゅ……り……ちゃ……」
まだ息のあった篠田が近寄ってきた少女へと手を伸ばすが、それは届くことなく床へと落ちた。
死んだのだ。
「悠理ちゃん……起きてよ悠理ちゃんッ!!」
泣き叫ぶ少女。
その言葉に篠田が反応することはなかった。
「なんで……! なんで篠田さんを!!」
未だ柔和な笑みを浮かべている教皇へと怒鳴る勇者翔太。
「……ずっと思っていたんですよ。彼女はどんな味がするんだろう? 質の高い魔力を味わってみたい。と」
教皇は手に持った心臓を口へと運び、まるでリンゴを齧るかのように歯を立てた。
ぐちゅぐちゅと不快な音が室内に響く。
柔和な笑みだった教皇は、その口元を血で濡らしながら口角を上げる。
「美味しい……ああ、なんて美味しいのでしょうか。口に広がる濃厚な魔力! 血の一滴一滴に混じった光属性がいい刺激になって味を引き立たせる! アイテリオールに侵されていたとは思えない!」
「うッ……」
恍惚とした表情で心臓を貪る教皇。
そんな彼女を見て背の高い少年は吐き出してしまった。
「ああ、他の方は一体どんな味なのでしょうね……?」
篠田の心臓を食べ終えた教皇は再び柔和な笑みを浮かべ、口元に付着した血を舌で舐めとった。
教皇様ご乱心。
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