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二十一話

 翌日。

 Aランクのギルドカードを受け取り、ルンドブルムをあとにした。

 情報を集めてみたものの、ルンドブルムには勇者は来ていなかった。いや、来ていたには来ていたが、すでに旅立ったあとらしい。

 俺たちがこの街へ到着する一日くらいだろうか?

 入れ違いのようにこの街をでた勇者はエンデの方へと向かったらしい。

 おそらくだが、エンデでの話を聞いて応援に向かったのだろう。


「なあ、もう少し食ってからでも良かったじゃねぇか」

「馬鹿言うなよ。勇者の情報があったんだ。殺しに行かなくてどうする」

「……そうかよぉ」


 不満なのはわかってる。

 正直食い足りない。

 だが、それ以上に美味い飯が待ってるのだ。少しばかり我慢してほしいね。

 ルンドブルムからエンデまでは馬車で十日。

 それまでに通過する町は三つある。

 どれくらいの速度で移動しているかわからないが、順調に移動しているなら今は二つ目の町に到着しているころだろう。

 飛んでいけばすぐだ。

 浮遊を使って浮かび上がり足裏から風魔法を噴射して加速。



   ***



 無駄にある魔力を使い続けて半日。

 二つ目の町へとたどり着いた。

 さっそくギルドへと向かい聞き耳を立てる。

 噂話のほとんどはエンデのこと。魔族の目撃情報が増えているらしい。

 もしかしたら魔族がエンデへと侵攻してくる可能性もあるとのこと。

 各地にいる勇者にも召集がかかっているが、連絡が取れたのは二パーティーだけらしく、すでにエンデにいる勇者パーティーと今この街にいるパーティーだけらしい。

 この街に来ている勇者は三人。名前までは把握できなかったが、今は路銀を稼ぐために依頼をこなしているらしい。

 報告に戻ってくるだろうから、今日はこの街で待機だな。。

 日が落ちる前には帰ってくるだろう。それまでは適当にほっつき歩いていよう。

 ベルゼは相変わらず食事だ。

 俺はまだ常に腹は減ってはいるものの、常に何かを口にしないといけないほど飢餓には陥ってはいない。

 それに我慢してから食う飯は美味いもんだ。

 今は我慢時。もし今何かを食って勇者が腹に入らなかったら困るしな。

 いや、食えるだろうけど。

 姿をいつかのおっさんに変えて町中を観光がてらほっつき歩いて時間を潰す。

 これと言って面白みのない町だ。

 何か特産品があるわけでもなければ、観光名所になるような場所もない。

 それなのに人の往来が多いのはエンデと王都の中継地だからだろう。

 馬車や馬での移動の場合休息をとるための場所はとても重要になる。この前受けた護衛依頼がいい例だな。

 護衛してた時は基本は野宿であり、町や村が近くにあるならばそこで寝泊まりをする。

 俺みたいなのは例外としてだが。

 エンデは最前線だから物資の輸送が多いため、その分だけ人の往来も多くなる。ある意味魔族がいるからこその賑わいだろうな。

 適当にほっつき歩き、西の空が茜色に染まり始めたあたりでギルドに向かう。

 ギルドは依頼あがりの冒険者が多くいた。

 依頼の報告をしている彼らを傍目に食事を頼み、食べつつ聞き耳を立てる。まだ勇者は戻ってきていないようだ。

 焼き魚定食を頬張りつつ、勇者の帰りを待つ。


 定食を食べ終え、食後に酒を飲んでいる時、やっと勇者が帰ってきた。

 情報通り三人。


「小田倉氏ー。今日も楽勝でしたなー」

「当たり前でしょ。俺らは勇者だからねぇ」

「飽きるほどファンタジー小説や漫画を読んだしねー。僕らにとってもはやこっちの方がホームかもね」


 現れた三人は小田倉兵次(おたくらへいじ)率いるオタク三人組だった。

 こちらに来て少し体つきの良くなった濱口博人(はまぐちひろと)

 相変わらずガリガリで丸眼鏡をかけている細山秀樹(ほそやまひでき)

 そして小太りで、こちらに来てから態度が大きくなった小田倉兵次。

 地球にいたころも、よく三人でつるんでおりアニメや漫画、ゲームの話で盛り上がっていたのを覚えている。

 そして、こちらに来てチートとまでは行かずとも、情人よりも強い力を手にしたことで気が大きくなり、訓練していた時も調子に乗っていた。

 それは訓練が終わってからも変わらないらしい。


「おっさん。邪魔なんだけど?」

「ああ? 勇者だかなんだか知らねぇが、ガキが調子乗ってんじゃねぇぞ」


 酔っていい気分になって道を塞いでいた冒険者に、ニヤニヤしながら言う小田倉。

 地球ではこう言う輩には一切かかわろうともしなかった奴らだが。今ではこの通り、自分からつっかりに行き、自らイベントを起こすような奴になっている。

 突っかかられた冒険者が可哀そうで仕方ない。依頼終わりで楽しく飲んでいたはずなのに気が付いたら殴られひっくり返っているのだから。

 そして、その冒険者を見てざわざわするギルド内の雰囲気にニヤニヤしてる。力のある自分に酔っているのだろうな。気持ち悪い。


「なんでこれだけ強いのに女は寄って来ないのでしょうなぁ」


 そりゃ、好き勝手暴れる男に近づいてくる女はいないだろうさ。


「……!」


 いいことを思いついた。

 酒を飲み終え、ギルドから出た後路地で姿を変えて潜む。

 そして再びギルドの中に入って小田倉たちを探す。報告を終えたあと食事をするつもりだったらしく、すでに一つのテーブルを占領して座っていた。

 そんな彼らに近寄り声をかける。


「お兄さんたち勇者なんだってね! 少し私とお話ししない?」

「うひょー! 美少女ですぞ小田倉氏ー!」


 俺が話しかけると濱口のテンションが上がった。


「いいね。少し長くなるから座りなよ! 美女は大歓迎だ!」


 同じくテンションの上がる小田倉。

 そしてもじもじしている細山。

 こいつらの反応から分かるだろうが、今の俺の姿は女だ。

 今まで会った見てくれのいい女の子たちを混ぜていいとこどりしたような見た目なため、勇者に限らず、周りの冒険者たちからも見られている。

 恰好はイメージしやすかった白ワンピース。

 にしても気持ち悪い視線だな。

 小田倉どもに飯を奢らせ、彼らの自慢話に笑顔で相槌を打ち、下心丸見えのボディタッチを躱して一時間半くらいが経った。

 ちょっときつい。


「ねぇ、お兄さん? お話は部屋でどうかしら?」

「……いいとも! さ、僕らの宿に行こうか」


 小田倉へと笑いかけながら言うと、今までで一番気持ちの悪い笑みを浮かべて立ち上がった。

 俺もそれに合わせて立ち上がり、金を払った彼らについてギルドを後にする。

 宿に向かう道中何回か触ってこようとしてきたが、回避。

 俺にそっちの趣味はないから触られたくはない。

 宿に着いた彼らはニヤニヤしながらカギを受け取り部屋へと向かう。


「お前らはあと。俺が最初にやる」

「いくら小田倉氏とはいえ、他の男が入れた後とか嫌ですよぉ」

「文句言わないでよ。こっちの世界は強さで序列が変わるんだからさ。ね、細山」

「ぼ、僕はしなくてもいいかな」


 顔を真っ赤にしているガリガリ眼鏡。キモイ。


「ちゃんと外に出すから我慢してほしいね」

「はあ、せめてこの世界にゴムでもあればいいのですがねぇ」

「さ、どうぞ入って」


 三人は別の部屋らしく、三部屋とっていて真ん中に小田倉、右に濱口、左に細山だ。

 小田倉は自分の部屋の扉を開けると、気持ち悪くもレディファーストで俺を部屋に入れる。

 一人部屋としては広い部屋だ。少し見まわした後振り返ると、小田倉はこちらに背を向けて服を脱ごうとしていた。

 そんな奴に近づく。


「気が、早いんじゃない?」

「ごめんね。早く済ませないと後ろに二人もいるかr――」


 振り向いた小田倉の右肩を切り裂く。


「え? は? ぎゃあああああああああッ!? 腕がァ!?」


 ゴトリと床に落ちる腕。

 痛みに叫ぶ小田倉。

 吹き出る血飛沫を抑え込もうとするも血は止まらずに流れ続ける。


「小田倉氏!?」

「小田倉君!? 何が――」


 小田倉の叫び声に飛び込んでくる残り二人。

 彼らが来るのはわかっていたため、扉が開かれた瞬間二人の襟元を掴んで部屋の中に引き込む。

 そして扉の鍵を閉めて防音にする。


「お、大丈夫ですか!? 小田倉氏ぃ! 貴様小田倉氏に何を!?」

「い、今回復を!」


 小田倉の状況を確認した彼ら。

 濱口はダガーナイフを構え、細山は小田倉の傷口に手をかざして回復を始めた。


「……あはっ! あははははははははははははははははははは!!!!」


 あまりにも上手くいって笑いが止まらない。


「この女……ッ! 気が狂ってますな……」


 気味の悪いものでも見る目でこちらを見る濱口。


「あはは! ごめんごめん。いやあ、あまりにも上手くいきすぎてねぇ」


 落ちている腕を拾い上げる。


「あーん」


 拾い上げた腕に齧りつく。


「……ッ!?」

「お、お前魔物かよ」

「ひぃぃぃ!?」


 俺の行動に驚く彼ら。


「魔物ではないな。でも、人間でもないかも?」

「では、魔族ですなッ!! 死ねッ!!」


 魔物でも人間でもないと聞いて魔族だと断定した濱口は、姿勢を低くしたと思ったら俺の視界から消えさる。

 闇属性で認識疎外してたのだろう。

 勇者なのに闇属性とは如何に。

 瞬時に全身を硬質化する。

 ダガーナイフと俺の皮膚の接触により響く金属音。


「ッ!? そんな馬鹿なッ!?」


 驚きの声は背後から。

 振り向いて笑いかけた後心臓を抉り取る。


「あはは!」


 闇は食ったことがあるが、魔力量が多いため思わず笑い声が出るほど美味い。

 小田倉たちの方を向く。

 少し前まで真っ赤になっていた細山は今は蒼白。

 小田倉は何が起こっているのか理解が追い付いていないようだ。


「な、なんなんだよお前はッ!?」

「あはは! ビビってるビビってる!」


 そう言いながら姿を戻す。

 骨格が変わり、身長が伸びて身体は女性らしい体つきから男性の物へ。


「お、お前……竜胆……?」

「竜胆……」


 困惑の感情が大きい。

 美女がいきなり男である竜胆に姿を変化させたらそりゃ困惑するか。


「男と言うのは馬鹿で助かるわ。特にお前らみたいなモテない奴らなんかは美人ってだけで落ちるからなぁ」


 男である俺か見てもチョロすぎる気がするが。

 だが、この手は使えるな。少し精神的ダメージが大きいが、これで部屋に入り込んで防音すれば誰かに見られることもなく殺すことが出来る。

 今回は濱口と細山を誘い込むために防音をかけずに小田倉を叫ばせたが。


「さて、久しぶりだな小田倉に細山」


 手についた血を振り落としたあと布切れで拭いながら言う。


「な、なんで生きてるんだよ!? なんで細山を殺したんだよ!!」


 なんでなんでとうるさいな。


「言ったじゃないか。お前らを殺すって。化けてでも殺してやるって」


 ニタニタと笑みを浮かべながら小田倉に近づいていく。

 細山はガタガタと体を震わせて壁の方まで下がっていた。


「お、小田倉君は殺していいから!! ぼ、僕は、僕は殺さないで!!」

「あはは! 小心者で薄情者なんてな。笑える。いや、お前ら風に言うならワロス? 草? まあいいや」


 影を経由して俺の腕を細山が背をつけている壁から出してスライム状にして覆う。


「うわああああああああ!? いだいいだい!? ぎぃ!?」

「細山!!」


 細山を覆った俺のスライム状の腕は、徐々に細山を溶かしていく。

 スライムと言うのは人間や他の魔物のように、口や消化のための臓器がない。

 その代わり、自身の身体で獲物を覆いつくし、取り込んだ相手を消化液を分泌して徐々に溶かしていき栄養とする。

 咀嚼しているわけではないため食べている気はしない。どちらかと言うと飴を舐めて溶かしているような感覚だ。


「竜胆お前!! 細山を離せッ!! ”ウォーターニードル”!!」


 キーワードが紡がれた直後、床から水の棘が飛び出し俺の腹部を貫く。


「凍れ!!」


 次に紡がれた言葉で水が瞬時に凍り、俺の身体も凍らせていく。


「死ね竜胆!! 亡霊だかなんだかわからないけど、濱口を殺したお前はここで死ね!!」


 身体を侵食していく氷。

 突き刺された腹部を中心に広がっていく氷の侵食スピードは恐ろしく早く、十秒と経たずに侵食は全身へと回り視界がレンズを通したように見える。


「は、ははは! ざまぁないね竜胆君よぉ!! そうだ、細山!!」


 不細工に笑う小田倉は細山の方を振り返る。


「……そんな。嘘だろ……?」


 細山はすでに身体の肉のほとんどを溶かされ、涙と鼻水を垂れ流しながら息絶えていた。

 胸から上だけを残して骨だけとなった細山は、肉の重さに耐えられずカラカラと音を立てて横倒れになった。


「ちくしょう!! ちくしょうちくしょうちくしょう!!」


 小田倉は怒りに顔を歪め、凍った俺を強化した左腕で殴り、砕く。

 ごろごろと転がる頭。

 視界がくるくると回転する。

 視界に映るのは踏みつけられ粉々になっていく俺の身体。


「……ふぅ」


 ひとしきり踏みつけた小田倉はすっきりしたように一息ついた。


「……まあ、いいか。いつかはこいつらも捨てるつもりだったしね」


 先ほどまでの怒りはどこへとやら。

 へらへらと笑う小田倉はどこか狂気に満ちていて不気味。


「ああ、こいつはイッてんな。自分以外の生き物はすべて道具か何かに見えてるタイプだ」


 気づけば俺の後ろに現れていたベルゼは俺の頭を持ち上げると、ボールのように俺の頭をクルクルと指先で回し始める。

 やめろ。目が回る。


「自分には類稀なる力がある。自分は選ばれた人間だ。自分以外は無能。虫、ごみ。本当にそう思ってるイかれた人間だぜ? 勇者として召喚されてそれに拍車がかかってんだろうよ。今さっきやった行為は友達のために怒る俺は優しい。かっこいい。と自惚れ、酔っていたんだろうさ」


 じゃあなんだ?

 訓練の時に俺に目をつけていたのは?


「自分より上位にいた者に力がないと気づいたらおまえはどうする?」


 馬鹿にするかもな。

 だが、俺があいつらの上位にいたことはない気がするが。


「仲の良い女でもいただろ? それだけでこいつはお前を上位者だと認識してたんだろ」


 謎だな。

 日向と仲良かったから?

 女とかかわりがなかった小田倉にとっては上位者に見えた?

 基準が謎過ぎる。


「まあ、基準はどうであれだ。上位者に力がなく、自分には力があった。おそらくだが、この男は召喚された奴らの中でも強い部類にいたんじゃないか?」


 そうだな。

 小田倉の強さは勇者の中でも上位に入る。

 正直何が言いたいかはわからない。


「ククク。つまり、こいつは調子に乗ってる。強い自分に、仲間思いの自分に酔いしれてる。気持ち悪ーい男だってことだ」


 前振りいらなくないか?

 単純に気持ち悪い男でいいじゃないか。


「ところでお前はいつまで凍ってんだよ」


 うるせ。

 クルクル回してないでとっとと離せよ。


「あいよ」


 クルクル回したまま放り投げるベルゼ。

 地面に落下すると砕け散ってしまう。その音で小田倉はこちらに視線を向けてきた。


「……なんだ?」


 身体の熱を上げて氷を溶かす。

 肉片となった破片たちはもぞもぞと蠢くと細山の死体の方へと向かう。


「な、なんだよこれ。きみわりぃ」


 踏みつぶそうとする小田倉だが、凍っていない状態なら肉片になっていようが避けるのは簡単だ。

 横倒れになっている細山の目玉がどろりと溶け落ち、黒い球体へと変化すると集まってきた肉片が球体を包み込み形を取り戻していく。


「なッ!?」


 ぐじゅぐじゅと気味の悪い音を立てて形を作っていく肉片。


「あ、あ」


 完全に人型、竜胆に戻り発生練習をして調子を確かめる。

 問題ないようだ。


「化け物かよ」

「やあ、さっきぶりだな。小田倉くぅん」

「まあ、なんでもいいや。この感じだと、勇者の殺害事件はお前が起こしているんだろう?」

「おお、正解」

「なら、お前を殺せば俺の武勇伝が増えるってわけだね。勇者殺しを止めた英雄。いいね。モテそうだ」


 少し考えたあと、小田倉はニヤァと笑みを浮かべる。


「さ、俺のために死んでよ竜胆。”フロストフィールド”」


 キーワードから察するに周りを凍らせる魔法だろうか。

 冷気が小田倉から漏れ出ると気温が急激に下がり始め、足先が凍る。


「お前ら全員を殺すまで俺は死ぬつもりはない」


 肉片を集めて元に戻した身体。

 だが、一部はまだ小田倉の近くに散らばったまま。

 それらを動かし小田倉の身体を付着させる。


「竜胆。お前は人をやめてスライムにでもなったみたいだけど、スライムは核が弱点だって知らないわけないよね?」

「ああ。だが、お前に俺の身体のどこに核があるかわからないだろ?」

「ははは! 馬鹿だね君は。わからなければ丸ごと消し去ればいいだけだろ? 氷漬けにして砕いて燃やしてしまえばいい。俺のフロストフィールドは俺の認識する範囲にいる物全てを芯から凍らせる。お前はもう何もできないさ。ああ、さっきみたいな油断はもうしないよ?」


 得意気に語る小田倉。

 そんな彼の首元に俺の破片が動いたのが見えた。


「そうか。まあ、もう遅いがな」


 まだ動く指でパチンと鳴らす。

 音が響くと首元にいた破片が膨張し始め刃となると残った腕を斬り落とした。


「ひぎっ!? ぎゃあああああああ!?」


 集中が途切れ魔法が解ける。

 動けるようになった身体。ついた霜を払いのけ、小田倉を見やる。


「油断はしないんじゃなかったか?」


 落ちた腕を拾い上げてベルゼに放り投げる。


「甘いよお前。すぐに凍らせればいいのに、自分語りをするために侵食を遅くするなんてなぁ? ゆっくりやって恐怖でも植え付けようとでもおもったか?」


 尻もちをついた小田倉の左足を踏みつぶす。


「ぎぃぃぃぃっ!?」

「さっきまでの余裕はどこいった?」


 後ずさる小田倉をつま先で蹴って壁の方へ飛ばす。


「恐怖を植え付けるなら、まずは完全に優位に立たなきゃならない」


 血がたれている肩口に触れて炎属性で傷を焼く。


「ぎぎぎぎぎぎぎっ!?」


 痛みで返答は出来ないようだ。

 次は光魔法で治癒する。


「失血死なんてダサいよな? 英雄君?」


 魔法と言うのは不思議の塊だ。

 治癒の魔法を使うと、失った血液まで回復する。


「訓練の時、俺のことを足蹴にしてくれたよな? わざと魔法を撃って来たよな?」

「わ、悪かった! 俺が悪かったから……ッ!! だから――」

「だからなんだ? 許してくれとでもいうつもりか?」

「たのむ……! たのむよ……!」


 頼まれても許す気はない。


「お前は特に俺へのあたりがつよかったしなぁ。……だからお前だけは簡単に殺すつもりはない」


 もう一本の足を踏み砕く。


「いぎいいいいいいいいいッ!?」

「さ、何がいい? 殴る? 蹴る? 斬る? 魔法の的? 全部やろうか」

「や、や、やめ――」




  ***



 力に酔っているのは俺も同じかもしれない。

 勇者を殺せるだけの力を持ち、復讐を叶うたびに語りたくなる。

 圧倒的有利にいるからこその傲り。

 だけど、それでいいのかもしれない。

 傲慢になれるくらいには強いと自負している。


「もういらないのか?」

「ああ、力は得た。あとはやる」

「んー、オレも今日はもういい。こいつら魔力量はいいけど肉の味がなぁ」


 と、言いつつもちぎった足を食いながら窓の外を眺めるベルゼ。

 静かな部屋に響く咀嚼音。

 お世辞にも綺麗とは言えないBGMを聞きながら壁に寄りかかりランプの明かりを見つめる。

 食事のあとの満腹感と殺したかった相手を殺せた満足感。

 ああ、でも、まだ駄目だ。

 一時的な幸福感で満足していては駄目だ。

 まだ殺さなければならない奴らがいる。


「お、リンドウ。衛兵が集まってきてるぞ」

「……わかった」


 最初の悲鳴を誰かが通報したのだろう。

 にしては少し遅い気もするが。

 重い腰を上げて闇属性で影の中に入り込んで宿を後にした。



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