十七話
翌日。街は大騒ぎだった。
数いた騎士たちは姿を消し、五人の勇者が殺された。
朝からギルドや衛兵たちが忙しなく動き回っているのを見ながらギルドへと向かう。
「どうだった? 今回の勇者は?」
隣にいるベルゼがそう問うてくる。
「美味かった。美味かったけど一人爆散してな。腕しか食えなかったわ」
「クハハ! まあ、腕だけでも食えたならいいだろ」
「土産持ってけなくてすまんな」
「気にすんなよぉ。昨日は騎士食いまくってたからオレは満足してるぜぇ?」
「ならいいが」
騎士はすべてベルゼが食ったようだ。
ギルドについて、朝食を頼み、食べながら周辺の盗み聞き。
昨日の今日のため話題はすべて勇者。
建物二棟の倒壊に飛散した肉片。心臓の無い勇者。スラム奥地で頭のない勇者と思われる死体。
色々な話が飛び交っている。
騎士たちの失踪は逃げだしたと思われているらしい。
そして一つ気になる話題があった。
勇者たちの死体はギルドが冒険者を使って王都に運ぶ話が出ているとのこと。
騎士を待つにしても更に時間がかかる。それならこちらから運んだ方が早いという結論になったらしい。
なぜ、冒険者たちがその話で盛り上がっているかは依頼料が高くなるからだろう。死体とはいえ勇者だ。王国の所有物の輸送、護衛は依頼料が高いらしいからな。
もちろん俺は受けない。
王都近くまでは行くつもりではあるが、王都には俺の素の顔でいくつもりはない。依頼として受けるとなると俺はリンドウとして受けなければならない。そうなると、王都までは行っても、もし俺の顔を知っている者がいた場合捕縛されるのがオチだろう。王と王女、それから近衛騎士どもを殺すためにいずれは行かなければならないが、今ではない。
「そう言えば、エンデの話聞いたか?」
「あ? あの最前線防衛都市か?」
「ああ、そのエンデの近くの森で魔族を見かけたって言う話だ。向こうからこっちに来た冒険者から聞いた話だから確証はないけどな」
これは面白い情報だ。
世界地図を買ったわけではないから何とも言えないが、話からするに最前線防衛都市エンデと言うのは語呂から察するに魔族領と隣合わせの都市なのだろう。
魔族を見かけたってことは偵察に来ている可能性がある。つまり、近々魔族の襲撃があるかもしれない。
と言うことはだ。
勇者がその場所に向かうかもしれない。いなかったらいなかったで魔族でも食いに行こう。
この前食った奴も美味かったしな。
朝食を食い終わった俺は背嚢から地図を取り出して確認する。
エンデの文字を探して地図に視線を這わせる。
王国を中心としたと地図の下側。南の端っこにそれはあった。
地図にも最前線防衛都市エンドと書かれており、エンデのちょっと下を境界に、地図の右端から左端まで黒く塗りつぶされており、その中心にあたる部分には白い文字で魔族領と書かれていた。
この前見たときには気づかなかったな。
よし。
「おん?」
何かの肉を齧っていたベルゼは立ち上がった俺を不思議そうに見ると、肉を一気にたいらげてついてくる。
俺はギルドの受付に向かう。
「どのようなご用件でしょうか?」
近づいた俺に営業スマイルで迎える受付嬢。
「ルンドブルムへの護衛依頼とかってありますか?」
ルンドブルム。
それは王都を中心として東西南北に作られた都市の一つ。
北はランドブルム。
東はリンドブルム。
南はルンドブルム。
西はレンドブルム。
名づけが少し適当な感じがする都市のうちの一つだ。
今回はエンデに向かうため、南のルンドブルムを経由していくつもりでいる。
「ルンドブルム……ルンドブルム……。あ、ありました。ルンドブルムの商会の護衛ですね。ランクはCからなのでランクBのリンドウさんなら問題はありません。どうしますか?」
「受けます」
「かしこまりました。商会との顔合わせがありますので、明日午後一時にギルドに来てくださいね」
「わかりました」
依頼の受付をすまし、俺はギルドをあとにする。
適当な屋根の上で座り込むとベルゼが俺の前の空中に現れた。
「なんで護衛なんだ?」
「Aランク昇格に護衛依頼一回成功しなきゃならんくてな。移動のついでだよ」
「こっから出るのか」
「まあ、こんだけ騒ぎになったらこの街への勇者の移動を禁じそうだからな」
グランダルで六人とフィルで三人。
計九人の勇者が死んだのだ。
勇者を殺せるナニかがいるこの街周辺に勇者を近寄らせるほど国も馬鹿じゃないだろう。
「なるほどなぁ。出るとしたらいつだ?」
「護衛対象次第だが、早ければ明後日、遅くても五日以内には出ることになるな」
「お、ならこの街を出る前に食い荒らすかぁ」
「やめろやめろ。下手に荒らして出れなくなったらどうすんだよ」
「ちっ……。厳選して食うしかないか……。ちっ」
こいつ二度も舌打ちしやがった。
舌打ちをしたベルゼはくるりと後ろを向いて地面へと降りて行った。
宿も取ってないため、今日は屋根上での野宿しよう。
***
翌日。
ギルドで昼食をとったあと、受付嬢に予定を言うと客室へと案内された。
通された部屋にはすでに護衛対象と、俺と共に護衛をするのであろう冒険者パーティーがいた。
「依頼を受けてくれた冒険者かね?」
上等な服で着飾ったふくよか男性は俺を見るとそう問いかけてくる。
「ええ」
「そうかそうか。ならば座りたまえ。依頼内容を伝える」
空いてる席へと座る。
「今回の依頼だが―――」
依頼内容はルンドブルムまでの護衛で、途中の町で仕入れしていくとのこと。
問題なく進めば二週間の移動になるな。
旅の準備はしておくか。
「――では、明朝出発する。八時に門へ集合してくれたまえ」
そう言い残して護衛対象は客室から出て行った。
残された俺たち冒険者。
俺以外の冒険者たちは黙ってこちらを見ている。
「……同じ依頼を受けるリンドウです。よろしく」
とりあえず自己紹介。
何事も最初が大事だ。
「ああ。よろしくリンドウ。俺たちはCランクパーティーの【竜の咆哮】だ。俺はハイル」
「私はシーリア」
「僕はクルリア」
「俺はゼクスだ」
それぞれの自己紹介。
男二女二のパーティーで、最初に自己紹介をしてくれたハイルは大盾使い。シーリアは武器になるような物は持っていないことから拳闘士だろうか?
クルリアは魔法使いでゼクスは何だろう、スナイパーライフルだろうか。こっちに来てからは見たことのない現代的な武器を座っている足の間に立てて抱えるように持っている。
そんな俺の視線に気が付いたのか、ゼクスはにやりと笑うと武器をローテーブルの上に置いた。
一メートル弱はある長物だ。鉄部分が反射するのを防ぐために黒くつや消しされている。
「……これは?」
「やっぱり見たことないよな! こいつはジャーニアス帝国で開発された魔導銃でな。魔力で出来た弾を撃つことが出来るんだ。これは長距離射撃用で他にも……これだ」
そう説明しながら両足に付けたフォルスターから拳銃を出すゼクス。
こちらも黒を基調につや消しされており、なんだっけか。
ああ、そうだ。マグナムに似てるんだ。ゾンビと戦うゲームで使ってた銃に似てる。
あれは火薬量的に反動が強かった気がするが、魔力弾の場合はその辺どうなんだろうか。
「いい武器ですね。撃ってるところを見てみたい」
「ははは! 護衛中に見る機会はあるだろうさ」
二週間物長期依頼だしな。
「リンドウと言えば、ソロでBランクになったあのリンドウだよな?」
「そのリンドウかはわかりませんが、ソロのBランクのリンドウではありますね」
もしかしたら同性同名がいるかもしれない。
「まあ違うにせよ、ソロでBランクなのは心強い」
「あまり期待しないでくださいね。ハイルさんたちはなぜこの依頼を?」
「あー、最近この辺物騒だろう? だから拠点を王都に移そうと思ってな」
「なるほど。勇者の死亡が相次いでますもんね」
犯人目の前にいるぞ。
「勇者を殺せるやつがいちゃあ、ダンジョンに安心して挑めないからな」
「そうですね」
ハイル達と話していると客室の扉がノックされる。
ノック後しばらく入ってきたのはこの部屋に連れてきてくれた受付嬢。
「すみません。次使う方がいらっしゃいますので空けていただけますでしょうか」
「了解。居座って申し訳ないな」
受付嬢の言葉に頷き、立ち上がるハイル達。
「リンドウ。このあと時間あるか?」
「ええ、ありますけど……」
「だったら一杯やろうぜ」
「……奢ってくださいね。先輩?」
「はっ! 稼ぎはリンドウの方がいいじゃねぇかよ!」
返答を気に入ったのか、俺の背中をバシッと叩いて部屋を出て行った。
彼らに続いて俺も部屋を出る。
ギルドの食堂エリアに移動し、適当なつまみと酒を頼んだ後テーブルの一つを陣取った。
しばらくしてつまみと酒が来た。
「んじゃ、依頼の成功を祈って! かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
「かんぱい」
木樽ジョッキを叩き合わせて一気に呷る。
「たはー! 昼間に飲む酒は格別だぜ!」
「わかるわぁ」
男組二人は一気に飲んだ木樽ジョッキをテーブルに叩きつけるように置く。
豪快な飲みっぷりだ。
俺は半分くらい飲んだところでテーブルへと静かに置いた。
酒は初めてのため渋みや苦みの少ない果実酒を頼んだが、美味い。
「リンドウと来たら男なのに果実酒を頼むなんてなぁ!」
と、ハイル。
「まあ、初めて飲みますからね。試しながら行こうかと」
「リンドウみたいな若造にエールの味はまだ早いかもなぁ」
笑いながら二杯目を呷るゼクス。
「まったく男と来たら静かに飲むこともできないのかしら?」
そう言うのはシーリア。
「ははは! にぎやかで僕は好きだけどね。こう言うの」
にこにこしながら串焼きを頬張るのはクルリア。
「じゃんじゃん飲んでくれ! 奢ってやるからな!」
冗談で言ったが本当に奢ってくれるらしい。
「やったぜ!」
ハイルの言葉に喜んだのはゼクスだ。
「お前にじゃねぇよ! 自分の分は自分で出せや!」
「ははは!」
ゼクスの喜びに怒り口調ではあるが楽しそうに肩を殴るハイル。
それに対して更に笑うゼクス。
仲の良いパーティーだな。
「仲いいですね」
隣に座るクルリアへと話しかける。
「まーねー。僕たちは同じ村の出身なんだ。幼馴染ってやつだね」
「凄いですね。幼馴染でパーティー組んでCランクなんて」
「凄くはないよ。小さいころからの遊び仲間だったから連携がとりやすいんだぁ」
「お互いの癖を熟知してるからやりやすいのよね。今更他の人とパーティーと組むなんて考えられないわ」
「わかるー」
ハイルもゼクスも、シーリアもクルリアもお互いがお互いを知っているからこそのパーティーなんだろうな。
最高の仲間であり、最高の友か。
「羨ましい関係ですね」
羨ましさと共に奴らのことが頭に浮かんできて殺意がわく。
友達。友達か。
反吐が出る。
楽しそうに、嬉しそうに語る彼らを見て嫌悪感を抱いてしまう。
そんな彼らを今すぐにも殺したい。
彼らの関係が癪に障る。ぶち壊したくなる。
何故だろうか。答えは出てる。彼らを見ていると仲良さそうに、楽しそうに訓練をしていたクラスメイト達を思い出すから。
嫉妬なのかもしれない。俺が得られなかったものを彼らは子供の頃から得ているのだ。
地球にいたときは俺も楽しかった。日向に神城、その他クラスメイト達。
今は失われてしまった物。俺に最初から力があれば、もしかしたら彼らと同様に楽しく、切磋琢磨して喜びを分かち合う冒険が出来たのかもしれない。
ああ、嫉妬だ。これは嫉妬なのだ。
羨ましい。
俺が失くした物を持っていて羨ましい。妬ましい。
だからこそ、壊したくなる。
ぐるぐる回った感情が嫉妬か。
自分の感情の答えに笑ってしまう。
「ほんとに、羨ましいです」
黒い感情を押し殺して言い。果実酒を呷る。
***
翌日。指定された時間の二十分前。
集合場所に行くとすでに五台の馬車が集まっており、すぐにでも出発が出来そうだ。
「来たな。時間より少し早いが出発しようと思う。準備は出来ているか?」
護衛対象のおっさんの問いに頷く。
「なら一番前の馬車に乗ってくれたまえ。二週間頼むぞ」
「ええ」
一番前の馬車まで行って乗り込む。
中にはすでにハイル達【竜の咆哮】のうち、ゼクスとクルリアが乗っていた。
「早いですね」
「商人は時間に厳しいからな。こう言った依頼の時は三十分前にくるようにしてんだ」
「なるほど」
「冒険者がみんな君らみたいな人だといいのだがね」
俺たちの会話に入ってきたのは護衛対象のおっさん。
「時間にルーズなやつが多いっすからねぇ。護衛依頼だと信頼が大事だってぇのに」
「ふふ。まあそう言った輩がいるから本当の出発よりも一時間早く指定いるのだがね。何事も早いに越したとはない。商売は時間が命だ。出発する。今日からしばらく頼みましたぞ」
そう言って馬車から離れていく護衛のおっさん。
そのあとすぐにおっさんの出発の声が響き、馬車が動き出す。
門番には予め言ってあるのか止まることなく通過した。
「シーリアさんとハイルさんは?」
「あの二人は一番後ろの馬車だぜ。殿だな」
なるほど。
冒険者を乗せた馬車を前方と後方にわけて挟むことで守りやすくしてるのか。
「今回みたいな商隊規模での移動だとこの形をとるんだ」
「勉強になります」
「あと、あれだよね。護衛なのに馬車に乗るんだーって思ったでしょ!」
それは思った。
護衛と言えば馬車の周りを歩くものだとばかり思っていた。
「護衛のイメージが馬車周りを歩くというものでしたので……」
「だよねー。僕も冒険者になるまでそう思ってたよ。それで初めて護衛依頼を受けたときに聞いたら、馬車の速度を人の足の速さに合わせると遅くなるからなんだってー」
「なるほど」
確かに荷車を引いているとは言え馬の足だ。
人間の足の速度に合わせると馬車は遅くなる。逆に馬車の速度に人間が合わせると疲労の蓄積が早くなる。なら、馬車に冒険者を乗せて移動した方がマシだ。有事の時だけ動けばいい。
だが、それが出来るのはある程度稼ぎがある商人からだろうな。
「この移動が出来るのは中堅層から上の商人だけですよ。ある程度稼ぎがないと馬車の複数持ちなんてできませんからね」
と、言うのは御者の人。
「嬢ちゃんや坊主の言う護衛のやり方は行商を始めたばかりの商人の方法ですね」
「なるほどー」
なるほど。
クルリアと被る。
俺の考えはあってたようだ。
最低でも馬車は二台ないとこの形はとれない。荷を乗せた馬車と、冒険者が乗る馬車。
そうなると、今回の依頼主のおっさんは相当凄い商人なんだろう。
馬車五台にCランク以上の冒険者を雇うなんて、大金持ちだな。
その後、御者の人やクルリアたちと話してその日は終わった。
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