十二話
翌日。
牛の件でギルドに寄り、もろもろの用事を終えて昼食を摂っていると他の冒険者の会話が聞こえてきた。
「おい聞いたか?」
「ああ。勇者アイカが殺されたんだろ?」
「そうそう。心臓を抉り取られてたらしいぜ」
「えげつないな。犯人は人間じゃないんじゃないか?」
「ああ。ギルドも魔物の可能性も考えて衛兵と協力するらしい」
「もし、魔物が街なのかに入ってきてたら一大事だもんな」
「早く原因解明してほしいぜ」
「まったくだ」
殺した漆島の件がすでに広まっているようだ。
食事をしながら聞き耳を立ててわかったことは、発見者は宿屋の女将さん、死因は心臓を抉られたこと、すでにギルドからの情報共有が行われている、衛兵と協力しての夜間の巡回の強化くらいだ。
犯人の目星などはあげられていないので俺へとたどり着くことは困難だろう。
話から分かる通り漆島の身体はほぼ原形を留めたまま放置した。ベルゼからは「食っちまおうぜ」と言われたが、これも復讐のためだ。我慢してもらった。
なぜ、食わずに残したか。理由としては勇者の一人が殺されたことを周知させ、他の勇者をこの街に来させようと思ったからだ。
来ないにしても王国が漆島の死体を引き取りに来るだろう。そしたら王都に向かうことも可能になる。
となると、しばらくは情報収集でもするか。王都がどこにあるかはわからないが、ここが辺境という位置づけならば結構な距離があるはずだ。それまでの間に勇者が来てくれれば御の字だが、こちらから探し始めても問題はないだろう。自称剣聖の弟子とやらの攻撃も悪食の前では無意味だったしな。悪食と変態スライムの能力が相性良すぎだわ。
昼食を食べ終え、軽く依頼を見て良さげなものがないためギルドを後にする。
大通り沿いを雑貨店を探しながら歩く。
道中漆島の泊まっていた宿の前を通った。
宿は衛兵達が調査中なのか、入り口のところに二人の衛兵がハルバートを片手に立っている。そんな彼らを横目に少し進んだところにある雑貨屋へと足を運んだ。
「いっらしゃいませー」
気の抜けるような店員の声。店員はカウンターに肘をついて広げた本に視線を落としていた。
そんな彼女から視線を外し、店内を見て回る。
種類別ごとに並べられた商品。その中から地図が置かれている棚へと向かう。数ある地図の中からこの国の地図を探す。
世界地図でもあればと思ったが、世界地図となるとさすがに値段が高い。現在の所持金では厳しい。なので国を限定して買った方が安上がりになる。
今いるこの街はウィルフィールド王国の領土内と言うのは調べてあるため、丸めて重ねられている地図のうちウィルフィールド王国と書かれた地図を手に取って広げて確認する。
王都を中心に描かれた地図であり、その端っこの方にグランダルの名も記載されているため、この地図で間違いないようだ。
地図を丸めなおし、カウンターへと持って行く。
「これを」
「はいはーい。ウィルフィールド王国の地図ですねー。銀貨三枚になりまーす」
やはり特定の地図でもそれなりの値段になるんだな。
俺は銀貨を三枚取り出してカウンターに置く。
「はいちょうどねー。あざしたー」
最後の最後まで気が抜けたような対応の店員から地図を受け取って雑貨屋を出て宿へと戻った。
大型のポーチ、というか背嚢をベルトから外し、中から地図を取り出し背嚢をベッドに放り投げる。
備え付けの机に地図を広げて椅子に腰をかけて肘をつく。
「グランダルから王都までは結構な距離があるな」
「デカいとは言え辺境の都市だからな。領域はここだ」
ベルゼの指さす場所は名称も何もないただの森が表記されてるだけだ。
「神の領域なのに名づけや地図にすら表記されないのか」
「ククク。まあ神の領域って言うのは俺たち悪魔の間での名称だからなぁ。人間からしたら遺跡っていう認識なんだろうよ。それに領域には人間は近寄らん。特殊な魔物ばかりで生きて出れた奴はいないらしいしな」
「ほう」
なら、領域から生きて出れたのは俺が初めてか。
人間かどうかは正直怪しいところではあるが。
「漆島は霧崎たちとは別行動中と言っていた。つまりはこの街にはいないとしても近場の街には滞在しているとみていいだろう」
「勘でしかないだろ」
「いる可能性が少しでもあるなら行くだけさ。地図の縮尺的に徒歩だと王都まで半月はかかりそうだな。馬車の移動だとどれくらいになるんだ?」
「半分と考えていい。馬の足にもよるが、休憩とか入れても七日から十日くらいだな」
「……そんなもんか。なら二、三日は隣町に行っても問題なさそうだ。飛ぶ練習がてら行ってみるか」
そこに霧崎らがいれば御の字。いなくても軽い食べ歩きにはなるだろ。
塔のダンジョンにも行ってみたいところだが、まずは隣町に行こう。
「なら行くか?」
「いや、行くのは明日にする。いろいろ試してみたいことがあるしな」
「へぇ? まあいい。オレは少し飯食ってくる」
「目立つことはすんなよ?」
「クハハ! 誰に言ってんだか。オレは誰にも見られないさ」
そう言ってベルゼは日の当たらない部屋の角の闇へと消えていった。
いつも思うが扉から出ていけばいいのにな。
さて、俺は俺で変態スライムの能力について調べようと思う。
領域内でも遭遇することが滅多にない希少な変態スライム――メタモルフォシスライムの能力は身体の自在に変形させるもの。昨日漆島相手に使った時のように一部位を別の物に変形させることが出来る。俺の攻撃手段の一つでもあるしな。だが、そもそも変態スライムは本来は別の物に変形して身を守っている。要は擬態って奴だ。
そこから考えるにその能力を使える俺も別の物に擬態が出来るのではないだろうか?
試しにいつもは適当に棘状にしている腕を剣にしてみる。
イメージはダンジョン攻略の時に使っていた片手剣だ。自分の手を見ながら変形するように意識を向けると、手首から先から硬質化し伸び始める。少しすると俺の手は完全に剣の形へと変わった。
もともと自分自身の身体なため重さを感じることはないが、見た目は完全に片手剣だ。もう片っぽの手も変形させる。
「おお」
両手が見事に剣となり、すり合わせるとちゃんと鉄の音も出る。
しばらくその手を斧や刀などに変形させて遊んだあと元に戻す。
次は生き物だ。一番イメージしやすいのはつい昨日倒した牛の頭。イメージし、意識を握った拳に向ける。すると、拳は肥大化していき牛の頭へと姿を変える。
「うわぁ」
大きさも実物大だ。
大きさに意識を向けると小さくなったり大きくなったりと自由に変えられるようだ。
他にも領域で出会った魔物たちの頭を模して変形させたりしたが、イメージ出来るものはすべて変形できるようだ。手で出来るというのであれば自分の頭でも可能だろう。
俺は椅子から立ち上がり、ベッドへ投げた背嚢から手鏡を取り出す。この手鏡はイリが持っていたものだ。こちらの世界では手鏡は価値が高い。いつか金に困ったときに売り払おうと持ってきておいた。
「おお、日本の鏡には及ばないがちゃんと映るな」
俺の平凡的な顔が鏡に映っているが、さっき試した中で領域内にいた犬の頭を模す。
「出来るもんだな」
犬人間の出来上がりだ。
これは面白いな。どうせなら身体自体変えてみよう。
服を脱いで犬に変形。視線が低くなり、視界にある腕、前足はしっかりとつるんとしている。振り返って身体を見てみると、そこには領域で俺を食った憎きクソ犬の身体へとしっかり変形していた。
「素晴らしい!」
声帯はそのままのようだ。
部屋の中を少し歩き回ったあと元に戻る。
原形が俺自身なため変身を解くだけで戻ることが出来た。便利だな。
「……」
まったくの異業種になれるのであれば別の人間にも変身できるのではないだろうか?
一番イメージしやすいのはイリだろう。よく話しかけられていたし、なにより食った時の衝撃がすごかったため一番印象深い。
意識した瞬間視線の位置が下がり、肩にかかるわずかな重み、見下ろすと胸に膨らみがあり体つきが女性のそれへと変形していた。
「ふむ。あー……あー……」
声帯も意識すれば変えることが出来た。
手鏡を手に持ち顔を見ると、しっかりとイリの顔へと変わっている。
「あはは! これはいい」
話し方など少し変えなければならないが、別の人間に変身できるのであれば殺しの幅が広がる。
「試して正解だったな」
一通り身体の構造や変形状態を確認した後元に戻る。
服を着なおし手鏡を背嚢にしまう。
「ふぅ」
変形には少し体力を使うため少しだけ疲れた。
少し体力を回復するために横になろう。
背嚢を横にどけてベッドへと横になって目を瞑った。
ちなみにだが、女性に変形した時はイメージをしなかった部位は大まかな形になっている位で機能しているかはわからなかった。
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