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7.ノア

 


 クリスティーナより1年前に、ノアは学園に入学した。


 学園には寮があり、希望者は寮で生活を送ることができる。

 王族も王宮から通うか、寮生活を送るか選べるようになっている。


 本当は兄のアルベルトと同じく寮に入りたかったのに、しつこいクリスティーナに遂には折れてしまって毎日王宮から通っていた。と言っても、王族専用の寮もあることから、時々そこに泊まっている。クリスティーナには勿論言っていない。


 学園に入ることも強制ではなく希望者のみだが、貴族社会の縮小版として互いに距離も近くなることから多くの令息と令嬢が入学することが多い。

 学園というからには大きな休み前には試験もあり、その試験が終わった後には労いの意味でパーティーが開催される。


 この学園の創設者は数代前の国王の弟で、兄弟そろって学問に秀でていた為に次代の子供たちにも教育を、と望んだことから始まった。それから年月が経って学園の在り方など様々なものが変わっていって現在の学園になっている。

 しかし、学園長として王族に連なる者が任命されることも王子や王女は必ず入ることになっている。そのこともあって、貴族たちは自分たちの子供を送り込むのだ。様々な思惑を絡ませて。

 少しでも王族と関わりを持ちたい者、敵対する者の情報を探る者、婚姻関係を結ぶ相手を探す者、あるいは既にいる婚約者に成り代わろうとする者、本当に学生生活を謳歌しようとする者。


 ノアの婚約者はクリスティーナ・アルデリア侯爵令嬢であり、身分は問題ないが、クリスティーナ本人の評判が悪く、2人の関係も第三者が見て明らかに良好とは言えなかった。また、財務大臣を担うギルバートはともかく、領の運営に関わっているユージニアには少し前から悪い噂がまことしやかに囁かれていた。


『殿下も、あのクリスティーナ様が婚約者だなんて大変ですわね。』


 同じクラスの伯爵令嬢が憐れみの声である時ノアに言った。

 クラス全体に響き渡ったそれは、ある者には聞かない振りをして、またある者は賛同するように失笑した。


 ノアはそれに何も言わず、ただ笑みを浮かべた。


 クリスティーナが良くも悪くもノアにご執心であることは周知の事実だ。


 ノアがクリスティーナを、好いていないということも、また周知の事実と化している。なのに、クリスティーナ自身が気付いていない、または気付きたくないのか無視していることも。


 あわよくばという可能性を頼りにしているのか、入学当初からノアの周りには様々なご令嬢たちが集まった。自身の魅力を十分に理解し、魅せ方を知っている彼女たちは、皆一様にクリスティーナにまとわりつかれているノアに同情して私たちは違いますという思いを表して、ノアの側にいようとした。


 ある種クリスティーナと同じだと、辟易したのは言うまでもない。


『どうしてクリスティーナ嬢はそこまでノアが好きなんだろうな?』


 以前にアルベルトが心底不思議そうに呟いた。


 クリスティーナは常にノアの近くにいることを望み、視界に映してその瞳に映っていることを強要して、どうしてそこまで知る必要があるのかと聞きたくなるほどの質問を毎回飽きることなくされた。

 ノアにとって、それは異常以外の何物でもなかった。


 クリスティーナの外見は可愛らしいとは思っていたが、好意を抱く前にそんな風に接せられてはどうしても悪い感情の方が膨れ上がってしまう。


 クリスティーナがノアの婚約者として相応しくあるべく努力をしていることは知っている。

 クリスティーナに対する個人的感情を除けば、第二王子の婚約者として一番相応しいに違いない。甘やかされながらも、教育だけは行き届いている。


 ただ、クリスティーナのノアに対する執着が、その教育をものの見事に破綻させていた。


 プライドが高く、子供で、感情さえコントロールできてさえいれば、ノアだってクリスティーナに好意を寄せる可能性だってあったのに。


 クリスティーナが学園に入るときっとノアにこれまで以上にくっつくに違いない。他の令嬢と話す機会もあるから、その場面を見ることも多くなって面倒なことになるだろう。学園で行われる最初の夏のパーティーに着るドレスを送ってこい、ランチは毎日一緒だとかきっと面倒な毎日を━━━そんな日々になると思っていた。







「今日もクリスティーナ嬢を見ないな。」


  2日に1度、アルベルトとエリザベスと共にサロンで情報交換を行っている。

 その間、他の生徒はサロンには来られないように扉には護衛を付けている。


「彼女、お友達も少ないからあまり情報が入ってきませんわ。」

「本当に入学したんだろうな?」

「そのはず、なんですけどね・・・。」


 確かに入学してこの学園の生徒となったはずのノアの婚約者を、3人はこの3ヶ月会うこともなく見かけることすらなかった。


 クリスティーナは本当に在籍しているのか、王宮に毎日出勤しているケンジーに確認したが、寮に入っていますから勿論入学していますと返された。

 学園で一度も見かけないことを伝えると、曖昧な笑みを浮かべながら、偶然では?と言われた。


「どの講義を受けるかは個人に任されているからな。」

「寮監の方からは寮には毎日いるみたいなのですけれど・・・。朝も早くて帰ってくるのも遅いみたいで。私もあまり機会がないのです。」

「まさかクリスティーナ嬢を見かけないことで話をするとは思わなかった。逆にノアの横にはいつの間にかクリスティーナ嬢がいる、みたいなことになると覚悟してたんだが・・・」

「・・・俺もです。」

「だよな。」


 厳密に言うと、入学式の際に挨拶には来た。

 これから後輩としてよろしくお願いいたしますと、大人しい態度でアルベルトとノアに頭を下げた。それきり会っていない。積極的に会いたいとも全く思っていなかったが、構えていただけに拍子抜けだった。


 それは、他の懸念事項を考えるものにも繋がった。


「侯爵家が何か考えているのでしょうか?」


 ノアの発言にアルベルトが首を振った。


「いや、今のところアルデリア侯爵は関与していない。クリスティーナ嬢本人は知らないが・・・、昨年領に戻っていた時も怪しい行動もなく、ユージニア殿とも時々顔を合わせるだけだったらしい。それに侯爵家が何か考えていてもクリスティーナ嬢にそれを伝えると思えないな。」

「では、本当にただの偶然だと?」

「まあ、少し不自然には思うが。まだ3ヶ月だ。運良くすれ違ってるだけじゃないか?」

「そうだといいのですが・・・」

「まあ、アルベルト様、ノア様。運良く、なんて言うものではありません。婚約者なのですから、一度くらいはお話されませんと!」

「相手が現れないのでは仕方ないではないか。」

「しかし、アルベルト様。学園に入ってからクリスティーナ様とノア様が一緒にいる時がないと、皆様はすでに気付いております。不仲は真実、自分たちにも立ち入る隙はあると息巻いておりますよ。」

 

 エリザベスもクリスティーナに対してあまり良い感情は持ってはいないが、それでも数年は交流を持っているし、ノアの隣に立つ者として相応しくあろうと頑張っている姿を見ていた。


 積極的に、婚約者という立場から落ちてほしいとは思っていない。


「しかし、なんというか・・・勘、なのですけれど」


 考え込むように口許に手を当てたエリザベスは少し経って口を開いた。


「クリスティーナ様、あの日からです。王妃様とのお茶会で体調を崩されてお帰りになった日です。ノア様に対して今までと同じような距離感ではありませんよね。王妃様からの教育もあの後、謝罪されに来た時にすでに完璧でした。今まで注意されたところもこれから習うべき所も完璧で、その時もノア様が来られる前にお帰りになって。たった1年とは言え・・・、ノア様はクリスティーナ様と顔を合わせた日があまりないのでは?」


 ノアは目を丸くして、今までを思い出し始める。

 思い返せば、この1年、クリスティーナから会いたいと言われたことはなかった。


「・・・やっと自分の立場がわかったのでは?」

「そうかもしれませんが、何かきっかけがあったのでは?クリスティーナ様が突然理由もなしにノア様から距離を置くなんて考えられません。」

「・・・良くも悪くも、クリスティーナ嬢はノアを愛しているからな。」


 ノアも何となく、クリスティーナがノアを避けていることはわかっていた。学園に入ってからだが。


 入学式で挨拶した時、クリスティーナはノアを一度も視界に入れなかった。俯いて言葉を紡ぐクリスティーナの瞳は微かに揺れていた。その様子は今まで見たことがなかったから、婚約者のことを考えないようにしていたノアの頭はあの表情を今まで忘れていた。


「まあ、いいじゃないか。」


 少しだけ暗くなった雰囲気を吹き飛ばすようにアルベルトは声を明るくした。


「クリスティーナ嬢が何を考えているにしろ、今度の学期末のパーティーは全員参加なんだ。さすがにクリスティーナ嬢も来るだろう。ドレスは贈るだろ?」

「ええ、一応」

「なら、エスコートもしなければいけないんだ。その時にでも様子を探っておけ。」


 これから先それ相応のことがない限り、婚約者は変わらない。


 ノアはいずれ公爵位を貰ってクリスティーナと結婚する。


「そうですね。」


 その返答でこの話題は終わったとばかりに、この3人以外誰もいないサロンを見渡してアルベルトは更に声を小さくした。



「突然だが、隣国の公爵令嬢がこちらに留学するそうだ。」

「この学園に、ですか?」

「ああ。だが隣国からの要請でな、家柄は古いが普通の待遇でよいと。勉強という名の下で1ヶ月だけ家から離したいそうだ。面倒をかけるかもしれないが、どうかよろしく頼むと。」

「・・・いつからいらっしゃるの?」

「あと2週間後だな。」


 違和感を覚えてノアは眉を潜める。


「確か・・・西の国の王女も訪れるはずでは?しかも、同じ期間でしたよね?」


 アルベルトは驚愕したエリザベートの頭を撫でながら困ったような笑みを浮かべた。


「勿論、そして、非公式でな。」


 ノアは頭を抱えた。


「警備が、」

「万全を期す。それしかない。王女に関してはある程度自衛は出来るからもしここで死ぬのならそれまでの人間なのだと、王女ご自身からも手紙があった。」

「あらまあ、王女様からですか・・・。」


 なんとも強い王女なのか。


 西の国の王女と言えば最近までちょっとした内乱の最中にいたと話題になっていた。悪政を強いていた実の兄である国王を退けて王に就いた王女様。彼女もまた悪政の一因であったはずだが、実際は反乱軍のリーダーであった公爵と手を組んで証拠を集めていたとか。


 それまで王族は皆同じで処罰をと叫んでいた民衆は一転して王女を受け入れ、婚約者であった東の国の第三王子と結婚して国の復興を目指しているそうだ。


 そんな王女が非公式とはいえ他国の教育制度を学ぶためにこの学園にやってくる。


 何かあれば、国際問題へと発展してしまう。

 

「幸いだが王宮の次に学園の警備は万全だ。少し・・・そうだな、ともかく王女が一人きりにならないように護衛を付けるしかない。」

「隣国の公爵令嬢と鉢合わせしないようにしなければいけませんね。」


 どんな令嬢か知らないが、余計なことをされてしまっては困る。


 けれどもその公爵令嬢に何か危機があって後から難癖をつけられても困るので監視重視の護衛というところだろうか。


「そうだなー・・・」


 どこか遠い目をするアルベルトにノアもエリザベスも嫌な予感が胸をよぎった。


 アルベルトは東の国の第三王子と交友があった。

 その第三王子とはしばらく連絡が取れていなかったが、久しぶりにきた連絡が婚約者だった西の国の王女と結婚したというものだった。今度妻がそっちの国に視察に行くからよろしくね、お転婆だけど迷惑だけはかけないようによく言って聞かせておくから!・・・と惚気付きで。

 自衛はできるから、とも書かれていたが、絶対に無事に帰還できるように勿論配慮してくれるよね?・・・とも。


 嗚呼、仲が良いんだな。

 愛してるんだな。


 だから本当に何事もないようにしなければならない。




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