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5.侯爵家の問題


度々、申し訳ありません。

アルデリア侯爵の執事の名前をヘンリーに変更しています。

 

 どうして、同じ生を繰り返しているのかはわからない。

 わからないけれど、ノアと結ばれることはなく、それが最初から自分自身のせいであることは嫌になるほどわかっている。


 これから起こるであろうこと、自分が成すべき行動を考えて、クリスティーナは屋敷のある部屋へ向かっていた。


 確か今日はお休みのはず。


「お兄様、少しだけいいですか?」


 8歳上の兄には可愛がってもらってはいたが、騎士の仕事も忙しいうえにこの頃は自身の行いについて諌められることが多く、口を利かない顔を合わせることすら避ける日が多々あった。


『もう少し自分について考えて行動しなさい。』


 昔は可愛がってくれて我が儘だって聞いてくれたのにどうして今はそんな酷いことを言うのだろうと、この前までは思っていた。


 少しして、ケンジーの部屋の扉が開く。


「珍しいな。どうしたんだい?」


 案の定、休みだった兄はリラックスした服装をしていた。家での兄をあまり見ることがなかったから新鮮な光景だった。



 一方のケンジーは、突然の妹の訪問に心の底から驚いていた。


 最近の妹は、少しだけ静かだった。王妃様とのお茶会をすぐに帰ったその日から1週間寝込んだと聞いた時には焦ったが、その後は寝込んで弱々しかった様が嘘のようにしっかりしていた。

 最近は大人しいようだと同僚たちから噂を聞いて、ようやく自分の言っていることがわかってくれたのかと、少しだけ安堵していたところだった。・・・それでもノアには嫌われているようではあるが。


「今日はお休みなのでしょ?お疲れなら別にいいのだけど、少しだけ、お話をいいかしら?」

「構わないよ。入って。」

「二人だけで話したいの?いい?」


 驚いてクリスティーナを見つめる。


 年下の妹が可愛くて仕方なくて甘やかしてしまった責任から、最近は妹の過度な態度を諌める発言が多く、クリスティーナとは口を利く時間が極端に減っていた。クリスティーナがケンジーを無視するからである。


 だから、突然、2人だけというのは驚いた。


「別に構わないけれど・・・。」

「ほんの少しだけよ。大丈夫。お兄様には迷惑をかけないから。」


 ケンジーの従者を外に出したクリスティーナは、侍女にお茶もいらないと伝えると扉を閉めてソファに座った。


 ケンジーもその向かい側に座る。


 心なしか、思い詰めたような表情に見えるのは気のせいだろうか。

 

「それでどうしたんだい?何か悩みでも?」

「まあ、そんなところ・・・なのかしらね。その前に、聞きたいことがあって。ケンジーお兄様は、お祖父様のこと尊敬してる?」


 久しぶりにクリスティーナと穏やかに会話ができることに嬉しさを浮かべた笑みが固まる。


 騎士として、また侯爵家の跡取りとして、滅多に心を表に出すことのない兄の動揺が伝わってクリスティーナは苦笑する。


「・・・それは、アルデリア侯爵領に現在住んでいるお祖父様のことかな?」

「その方以外に誰がいるの?お母様のお祖父様はすでに亡くなっているし、話題に上がるとしたら勿論私たちのお父様の父親である前財務大臣のユージニアお祖父様よ。」

「どうして、突然それを聞くのか聞いても?」

「この前久しぶりにお祖父様にお手紙を出したら、まだまだお元気だって返事が来たの。お父様はお仕事が忙しくて、領のことはお祖父様に任せきりで会えないでしょ?お兄様の様子も聞いてきたから、一応聞いてみようかなって。」


 ケンジーもクリスティーナも、ユージニアには厳しくもかわいがられて育てられた。

 2人に貴族としての矜持を強く教えたのは、ユージニアだった。ユージニアは、女として生まれて王族の婚約者になったクリスティーナを父親のギルバートとは違った意味で溺愛していた。


 少し話が変わるけど、とクリスティーナが前置きする。


「お兄様は、騎士として立派になったわ。殿下方の覚えもめでたくて、領主にもなるからきっと大変だろうけど、お兄様はしっかりなさる。問題は、私の方なのよね。私が、これまで、如何に精神的に子供であったのかということ。・・・仮にも王族の婚約者、なのに。」


 ケンジーはふと思う。

 一体どうしたと言うのか。何を言いたいのだろう。


 クリスティーナは自嘲したまま、言葉を紡ぎ続けた。



「ティーナ?」


「私は未だに子供。反省も後悔もしてる。けど、きっと、また同じ事を繰り返すの。貴族たるもの本音は常に隠しておくものだとお祖父様は仰ってたけど、隠しはできても抑えることは出来ないの、私は。絶対に同じ事を繰り返してしまうの、その方法では絶対に振り向いてもらえないとわかっていても。だから、ちょっと他のことに集中しようと思ってるの。お父様とお兄様が未だに可愛い私を心配してくれてるのは十分に理解してるつもり。それに私はまだ14歳で世間知らずで、まだ第二王子の婚約者で、私自身が何よりもそれに固執していたからきっと全てが上手くいくまでは、なんて楽観的に思ってたんでしょうね。けれどね、お兄様、私はもう全部知ってるの。ああ、待って、全部だなんてはったりかましちゃったけど大体のあらすじは知ってるの。私は、もう、覚悟は出来てる。”このこと”はなるべく早く終わりにしたいの。学園に入ったらもう1つやりたいことがあるから、なるべくならそれまでに。お父様とお兄様ならきっと一年くらいで片付けられるでしょう?私にしか出来ないことがあるから私も勿論協力するわ。だから、ね?お願い。お兄様、」



 クリスティーナの微笑みは美しく、その青い瞳はケンジーを真正面から見据えていた。



「協力してくださいな。これは妹からの”さいご”のお願いなのです。」












 ケンジー・アルデリアはアルデリア侯爵であるギルバートの長男であり、次期侯爵だ。祖父のユージニアとギルバートは財務大臣を担っているが、ケンジーは残念ながらそういう方面があまり得意ではなく、騎士の道に進んだ。体を動かす方が得意だったのだ。


 一方で、妹のクリスティーナは1度言われたことはすぐ覚え、やってみせたことは大体できるような頭の良い子だった。勉学の方でなら、きっとケンジーよりクリスティーナの方ができるだろう。


 そんな妹には、昔からある欠点があった。その欠点がクリスティーナの良さを台無しにしていた。


 クリスティーナは、第二王子ノア殿下の婚約者だ。クリスティーナはノアに恋をしている。けれどそれは執着にも近いようなもので、決してキラキラしているような、恋物語に出てくるような綺麗なものではなかった。


 しかし、クリスティーナが恋をしていてもノアが同じ気持ちかとは異なる。


 クリスティーナは美しく、賢い。

 兄の贔屓目を除いても、さらさらと癖のない金髪は光を浴びると煌めき、海のように濃い青いぱっちりとした瞳。淑女教育をしっかり受け、また第二王子の婚約者であることから対外的な受け答えも14歳とは思えないほどに成長している。

 けれど、子供だった。可愛がられたばかりに周りには与えられたものばかりだったからか、相手の気持ちを考えずに自分の気持ちを押し付けるだけしか表すことができない。


 ケンジーを産んで以来、産まれることのなかった子供。しかも、望んでいた女の子。


 一家が総出で可愛がるのは当然だった。


 それが度を過ぎていたと思い知るのは、ノアに対するクリスティーナの執着を見てからだ。


 執着、とは言い過ぎなのかもしれない。

 けれど、執着に近いようなもので、クリスティーナのノアに対する行動は行き過ぎていた。


 ノアは、最初は普通の態度だった。出会いが7歳と8歳だったから、互いに子供らしい行動も多かった。王族として育ったノアは精神年齢は少し高かったかもしれないが、子供らしいクリスティーナの行動に笑みを浮かべることもあったと思う。


 しかし、少しずつその笑みが儀礼的なものになっていき、ため息を付くことが多くなっていき、それに無意識に気付いたクリスティーナの過激な行動が更に反対に効果を増して、時々第一王子と第二王子と話すことのあったケンジーはもう既に手遅れだと知ったのは、ノアの12歳の誕生日パーティーだ。


 クリスティーナは11歳、ケンジーは19歳。


『お前の妹はお前とは全然違うな。』


 クリスティーナの言葉を遠くから聞いていたアルベルトとケンジーは、互いに苦虫を潰したような顔をしていた。


 許されてもいないのに王族に不敬にも敬称をつけない、言葉の綾とはいえ”もの”とは何事だろうか。他の貴族の同じような年頃がいる中であまり良くない言動だった。

 ノアに関することだけ、クリスティーナは愚か者になる。


 クリスティーナは中身が子供だった。

 それは、クリスティーナの我が儘をかわいいものとして何もかも聞いたケンジー達が原因だった。


 ノアと話す限り、クリスティーナへの思いは皆無に等しい。クリスティーナより優れた令嬢は他にもいる、という見解も見て取れる。


 アルベルトは王太子としてふさわしい教育を受けてそれに答えるように頭角を現している。ノアもまた、アルベルトと負けないぐらいに優れている。


 自分の感情云々で、国王に認められた婚約がどうにかできるものでもないとわかっている。

 

 だからこれは、この婚約は、続いていると言っても過言ではない。



『私はもう全部知ってるの。』



 何を、とは明確には言わなかった。

 けれど何について言っているのか、明白だった。


「・・・・・。」


 クリスティーナは知らないはずだった。


 父親のギルバートとギルバートに忠誠を誓う執事のヘンリーとケンジーしか知り得ない情報のはずだ。


 久しぶりにきちんと妹と話したケンジーは、それまで知っていた妹とは違って14歳とは思えない雰囲気を纏った妹に恐ろしさを感じずにはいられなかった。


 それとなく侍女に聞けば、ノアに対する態度も本当に変わったらしい。


 あれほどしつこくノアの視界に入りたがっていたのに一定の距離を保ちながら会話をして、会話をすると言っても庭園を歩いて当たり障りのない話題しか口にせず、書庫に籠ってそれぞれ本を読んでいるらしい。


 何が妹を変えたのか。


 きっかけに何か心当たりがないか聞いたら、やはりお茶会の日からではないでしょうか、と不安げに言われた。


『顔色が真っ白で今にも倒れそうなほどで。王妃様とエリザベス様からも早くお休みになった方が良いとお言葉を。』


 アルベルトとノアともここ最近会っていなかったから詳しくは知らなかった。

 そのお茶会はいつも王子たちも参加するから王妃が知っているのなら話題にするはずだ。それとも知らないのだろうか。その後、ノアからの見舞いは無かったらしい。


 それが、クリスティーナを変えたのだろうか。


 クリスティーナの言葉からは、ノアに想われていないことは知っていると伺えた。


 少しでもそんなことを匂わせる言葉を口にしなかったのに。


「・・・いや、今はそれよりも」


 滅多に領に戻ることができず、領のほとんどの経営をユージニアに任せている現状をギルバートはどうにかしたいと思いつつも出来ないでいた。

 それは財務大臣の仕事が忙しいということもあるが、領の運営に関わっている人間の過半数がユージニアの手の者だからだ。ユージニアだけを除いても意味がない。それに代わる存在がいなければ。


 そして、もう1つの弊害として、クリスティーナの存在があった。


 クリスティーナの婚約を後押ししたのは、ユージニアだった。前国王の信頼厚い元財務大臣だったユージニアの発言もあって、クリスティーナはノアの婚約者になることが出来た。そして、ユージニアの事が表沙汰になることは、クリスティーナの婚約が無しになることと同義であり、クリスティーナがノアを好きなことを知っているから、ケンジーとギルバートは証拠を集めつつどうにか内密に事を収めることが出来ないかを探っていた。


 クリスティーナが知っていた情報はギルバートとヘンリーがずっと探していたものだ。それがユージニアの悪事を決定的に証拠付けるものであり、それがなければユージニアを糾弾するには決定打に乏しい。

 もしかしたら違う場所にあるかもしれないけど、とクリスティーナは言っていたが可能性としては低くはない。


『覚悟は出来てる』


 程度の低い覚悟ではなく、全てを失ってもという、クリスティーナはきちんとした覚悟を持ってケンジーに宣言した。


 クリスティーナの願いは、学園でやりたいことがあるから時間が欲しいということだった。

 4年も待ってほしいわけではなく自分の心の準備の為に少しだけ時間が欲しい。

 代わりにそれを持って帰ってくるから、と。








「お兄様。こちら、必要なものでしょう?」


  笑顔でケンジーの部屋に入ってきたクリスティーナが渡した封筒の中には、ある書類の写しと鍵が入っていた。


  5ヶ月ぶりの王都への帰宅。


 その間、クリスティーナはノアに会っていなかった。





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