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3.クリスティーナ

 





 クリスティーナにとって、ノアはたった唯一の人だ。







 何十回、何百回と続けられた時間の中で、クリスティーナの未来は変わらない。


 たった一つだけ、変わらない。


 クリスティーナは愛されない。

 ずっとずっと、一目惚れをしたあの時から、たった1人に、恋をしたあの瞬間から、願っていることなのに。


 帰りの馬車の中で、あまり話さない侍女からも随分と心配された。

 それほど、自分の顔色は悪かったのだろう。


 現に、その事実に気付いた時、淑女であるならばあり得ない失態をした。それは許される範囲ではあるけれど、その上に王妃主催の恒例のお茶会を自らあの短時間で退出してしまった。きっと、しばらくしたら、アルベルト殿下とノアもやって来た。


 馬車へ向かう時、俯いていた視界の端からアルベルトとノアが向こうから来たことに気付いた。きっと、いつもの自分だったのならば、何も考えず、ノアと会えたことに喜んで跳んでいっただろう。時間や事情を気にすることなく、ノアの腕に絡んであまり開かない口を開いてほしくて色々と質問をして最低限なことしか答えてくれなくて癇癪を起こして怒って向こうが悪いのにどうして私がそんな目で見られるのと気分を悪くしてその無限の繰り返し。


「・・・・・。」


 最悪だわ、と。

 音にもならずに口だけが動く。


 顔を見たくなかった。

 それは、クリスティーナにおいて、初めてのことだった。顔を見れば、混乱していた彼女の感情は爆発して衝動に身を任せてしまったはずだ。

 だから、零れそうになる感情をぎりぎりの所で抑え、俯いたまま道を譲り、王族に対する正しい反応をして、過ぎ去った後には振り向くことなく、むしろ粗相にならないほどに早足で馬車へと向かった。


 なるべく早く家に帰りたいと、震える声で侍女に伝える。本当に、本当に早く家に帰りたかったのだ。

 早く王宮から遠ざかりたかった。

 ノアを思うと、苛立ちもするけれど、それ以上にドキドキして高鳴る鼓動に耐えきれずにノアの全てを知りたいと思う欲求を抑えきれずに抑えるという行為すら知らずに自分の欲望を満たすことだけを考えていた、今までのクリスティーナの行動が。

 ノアを見ると、今までの恥が大波のように襲いかかってくる。


 嗚呼、もう、終わりに近いなんて。


 ノアの婚約者でいられるのも、あともう少し。

 既に嫌われているのだ。

 婚約を解消するに最もな正統な理由がないということが、これからあと2年、ノアとクリスティーナの婚約が続く理由だ。


 2年後、クリスティーナはノアに婚約を解消される。

 ノアはようやく、クリスティーナとの婚約を解消できる動機を手にすることができる。

 ノアは自ら選んで、幸せを手にするのだ。


 自分の行動がいかに愚かだったのか、今なら理解することができる。家のせいにすることもできるけれど、成長しなかったのは一重に自分がただ単に愚かだったから。

 

 これまで投獄、服毒、国外追放、身分取り上げなど様々な罰があったけれど、クリスティーナがノアに婚約解消されてどんなに嫌われていようとも、今までのクリスティーナは最期までノアに焦がれていた。


 そして、どの最期も、また同じ事を願っていた。


『どうか、また、ノア様と同じ世界で生まれますように』


 そうしたら、今度は、ノアに好かれることがあるかもしれない━━。



 そんなことがあるはずない。

 クリスティーナ侯爵令嬢は、この国の第二王子であるノア殿下に嫌われて婚約を解消される。






 クリスティーナにとって、ノアはただ唯一の人だ。


 他の誰が何と言おうとも、邪険にされて嫌われていても、彼女とノアの性格が合っていなかったとしても、仮に彼女に好意を抱く男性がいてその人が運命の相手だと告げられたとしても。


 クリスティーナはノアだけを愛している。

 ━━━なのに、同時に、愛しさと同じくらい込み上げるこの暗くて禍々しい感情は何なのか。



「・・・・・・どうすればいいの。」



 クリスティーナの願いは、叶わない。


 ノアに、愛される。


 そんな未来は、この人生でも変わらない。




 絶望と哀しみが混ざった感情が溢れ出るように、クリスティーナの瞳から涙が零れた。




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