2.第二王子の婚約者
改稿前の2.第二王子の婚約者と3.王妃の考えを加筆修正してまとめました。
この国には、現在、王太子である16歳の第一王子とその弟である15歳の第二王子がいる。どちらも王妃が生んだ子供であり、前国王までいた側室はいない。
国内の情勢を鑑みて、王子の婚約者は決められるが、現在の国王と王妃は政略結婚ながらも恋愛結婚と言ってよい。
公爵令嬢でもあった王妃は、幼い頃から現国王の婚約者と定められ、幼馴染としても育てられていたからそんな二人が互いを意識して恋をして愛を育むのは自然なことだった。
前国王まで側室が数人いたことから、その地位に付こうとする者がいることも自然なことだった。しかし、現国王はその一切を受け付けなかった。常に王妃と仲睦まじく過ごし、少しでも自分の娘を紹介しようと思う臣下がいたならば徹底的にはね除けた。
それが数年続き、王妃が続けて第一王子と第二王子を産んだ年にはもう側室をと薦める声は無くなった。
国王は王妃を、王妃もまた国王を、愛し愛されている。このうえなく素晴らしい関係だと、国民からも支持されているのだ。
そんな国王と王妃だからこそ、自分たちの息子たちにも同じような結婚をしてほしいと望んでいる。王族であるから難しいことは理解してはいるが、それでも息子たちにも妻となる存在とは良好な関係を築いて愛し愛されてほしい、と。
第一王子アルベルトの婚約者は、数代前の国王の王女が嫁いだことのある公爵家の令嬢であるエリザベスだ。
この二人は同い年で、アルベルトの8歳の誕生日パーティーで出会い、互いに一目惚れということから数日後には顔合わせが行われて、婚約の公式発表もされた。次なる国王となるべく教育が始まり、王妃教育が始まり、心ない噂もひっそり囁かれることはあったが、二人の仲は国王夫妻と並ぶようにとても良好である。国民からも次なる御代も安心だと喜びの声が大きい。
国王夫妻も、アルベルトとエリザベスの婚約は上手くいったと考えている。
だからこそ、第二王子の婚約は不安なものとなった。
第二王子ノアの婚約者は、侯爵令嬢であるクリスティーナである。第一王子と同じく、ノアが八歳の時に一つ年下の7歳のクリスティーナとの婚約が決まった。
端的に言えば、ノアの八歳の誕生日パーティーで彼を見たクリスティーナが一目惚れをして侯爵にねだったからだ。
クリスティーナの父親であるアルデリア侯爵のギルバートは、国王の幼い頃からの腹心であり、前侯爵の跡を継いで財務大臣を担っていた。妻のシェリーとは息子が1人産まれてからしばらく子供に恵まれず、ようやく産まれた娘を溺愛していると専らの評判だった。
そんなギルバートは、かわいくてかわいくて仕方ない娘のお願いに、ノア殿下許すまじと思いつつも、国王に婚約の約束を取り付けた。
勿論、国内情勢をギルバートも考えなかったわけではない。溺愛している娘の我が儘と言えども、王族の婚姻は時に国の行く末を左右するものであり、王の腹心として幼い頃から近くにいたギルバートは全てを鑑みて国王に進言したのだった。
そして国王も友人の娘で、侯爵という地位も後見としては十分であることからアルベルトと同じく安心な婚約が出来たと、ほっとしていた。
7歳のクリスティーナは、まだ子供でありながら淑女教育はしっかりしており、侯爵が溺愛する程にはノアへの態度もかわいいの範疇に入るもので、これから成長していけば美しい娘になるだろうと国王夫妻は思っていた。
いずれは家族になるのだからと子供の婚約者と仲良くしたいと思って、時々3人でのお茶会を開催していた王妃はそう思っていた。
第二王子の妻となるべく教育もしっかりしており、第一王子の婚約者であるエリザベスを立てることも忘れない、何よりもノアを慕っていると全身全霊で表していたことが、母として嬉しかった。
だから、月に一度侯爵家へ行くノアの表情が曇りがちになる変化を見落としていた。
クリスティーナが社交界にまだ出る年齢でなく、また王妃がクリスティーナを気に入っていて他の夫人たちが口を閉ざして王妃にまであまり話が伝わってなかったことが起因している。
ノアの12歳を祝う誕生日パーティーが1週間後に迫った時だ。
『母上、クリスティーナ嬢をエスコートしなければいけませんか?』
家族4人の食事の場で、ノアは突然そう切り出した。
国王と目を合わせた王妃は、質問の意図を理解できずに困った笑みで、どうしてと聞き返した。
『クリスティーナ嬢が僕のことを想ってくれてるのはわかってます。でも恋よりも執着みたいで・・・うっとうしい。五月蝿いし、好きになれません。』
昔からあまり自分の意見を言うことの無かった息子の拒絶の言葉に、国王夫妻は戸惑った。
隣のアルベルトを見ると、困ったような笑みで、
『言葉をもう少し選べよ。』
と、ノアと同じ意見だとあからさまに肯定はしなかったが、肯定しているも同じだった。
『母上は甘く見すぎなのです。』
12歳の子供に言われて、クリスティーナの行動を思い返す。これまでの誕生日パーティーなどの公の場や王宮でノアの側にいるクリスティーナの行動は、母として、ノアを慕っていると見ればかわいらしいものだった。
でもそれが、何年も同じ行動であることに今更ながらに気づいてしまった。
ノアから二人でいる時のクリスティーナの行動を聞けば、どうして今までこの二人がアルベルトとエリザベスのように上手くいっていると勘違いしていたのだろうかと気づいてしまった。
そして、1週間後。
ノアの誕生日パーティーで、クリスティーナの行動を然り気無く注視していた王妃は、ある言葉を聞いてしまった。
『ノアは私のものなのよ。』
子供の嫉妬と見たら、かわいいものだったのかもしれない。それでも、母親として、王族としても、その発言はあまり良くない感情を抱いた。
その時のクリスティーナの表情は見えなかったが、声はとても自信があってさも当たり前のことを言っているように聞こえてしまった。
注意すればよかったのかもしれない。言われて気付かないような愚かな子ではなかった。
けれども、今まで安心しきっていたものの中に少しでも不安が宿ると消極的な考えが多くなってしまうものなのだ。
それ以来、クリスティーナをノアの婚約者としてふさわしい人間として見ることが出来なくなった。
3人でのお茶会は続けているが、端々にクリスティーナのノアへの過剰な自信が聞き取れ、ノアの側付きの者やエリザベートからの話を聞いて、ノアがクリスティーナからの行き過ぎた想いに辟易し、時には喧嘩をして年々嫌悪していることがわかった。
しかし、公式発表した婚約を今更取り消すことは出来ない。
クリスティーナが第二王子の婚約者として相応しい淑女であることはわかってはいるし、何よりも婚約を破棄する理由として十分ではない。
けれど、アルベルトにもノアにも幸せになってほしかった。
冷めた夫婦仲になることなく、どうか仲良く暮らしてほしい。王族に生まれたことで、恵まれてはいるのだろうか同じく辛く苦しい目に合うことも我が身をもって知っている。だからこそ、生涯の伴侶となる存在とは━━━。
ノアがクリスティーナへの思いを日に日に悪くしていき、クリスティーナがそれに気付かず、悪化していく現状をどうすることも出来ないまま。
王妃が”それ”に気付いたのは、ふとした瞬間だった。
最初は戸惑ったが、次第に状況を整理していくことができ、結果を鑑みて、何もしないことを選んだ。
ノアはいずれ、自らが選んだ者と幸せになる。━━クリスティーナは必要な犠牲なのだ、と。
大丈夫。死なせはしない。今思い返せば、どうしてあんなにも罪が重くなってしまったのかと不思議な結末もあったけれど、その前に助けることさえ出来ればいい。
クリスティーナにとっては悪いけれど・・・でも、と。
だから、クリスティーナがカップを落として異様な態度を取ったことに驚いた。
今までこんなことあったかしら?
けれども、クリスティーナは段々と顔色を悪くしていって、退出する意思を示された時は王妃もそうするべきだと思っていたから久しぶりに心からの心配をしたのだ。
隣にいたエリザベスも同じ心境で、何か大きな衝撃があれば今にも気絶でもしてしまいそうなくらいだった。
クリスティーナが退出してしばらく、エリザベスと二人でお茶を飲んでいると、鍛練を終えたアルベルトとノアがやってきた。
「先程クリスティーナ嬢と会いましたよ。」
アルベルトがそう切り出した。
ということは、ノアとも会ったということだ。クリスティーナはノアを見つけると、跳んでいってノアに絡む。ノアはそれを然り気無く押し遣りながら必要最低限の話をするということが、最近の常だった。
体調が悪くあったのだが、ノアと会ったのならいつものようなことになったのだろう。
エリザベスと、そう、目線で会話した時だ。
ノアが久しぶりに自らクリスティーナの話を切り出した。プライベートではクリスティーナの話題を一切しない耳にいれない、ノアが。
「俺に気付いても俯いて道を開けて礼だけして帰りましたよ。何かあったのですか?」
「まさか、」
エリザベスと共に目を丸くする。
まさか、そんな。
あのクリスティーナが?
ノアに話しかけないだけでなく、顔を見ることすらないなんて。
いつも必要以上にノアを視界に入るのに。
「そうだ、茶会が早めに終わったのだと思ったのだけどまだ終わってなかったのですね。」
アルベルトの発言にエリザベスが困ったような顔で答える。
「その、クリスティーナ様が体調を崩してしまって。見るからに辛そうで、クリスティーナ様がもうお帰りになるというからそれを勧めたの。・・・本当に、お顔の色が悪かったのよ。」
「クリスティーナ嬢が?・・・珍しいこともあるものだな。いつも元気溢れるご令嬢にしては。」
アルベルトの皮肉にエリザベスはどこか目を逸らしながら苦笑する。
アルベルトがノアを見て言った。
「お見舞いを出さなければな。」
「どうしてですか?・・・めんどくさい。」
「仮にも婚約者だろう?」
「ええ、”仮にも”、婚約者ですけどね」
「ノア」
“仮にも”と、強調された言葉に王妃は困ったような目をする。
それに気付いたノアが肩を竦めた。
「父上のご友人の娘で、侯爵家でなければ、すでに何がなんでも解消してますよ」