17.隣国の公爵当主
「本日はありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそ改めてご挨拶に伺おうと思っておりました。貴重な機会を頂くことができ、とてもうれしく思います。」
王宮の一室。
周囲を厳重に警戒された客間にはこの国の第一王子であるアルベルトと第二王子であるノア、そして隣国の公爵当主であるエルヴィス・ヘリオトロープ・ルチダリアが揃っていた。
右隣に座っている弟のノアが硬い表情をしているのがわかって、アルベルトは右手の人差し指を2回動かした。ノアの表情が、多少は柔らかいものに変化する。
向かいに座っている公爵当主の視線は変わらないが、それが見えていたのだろうか、目を細めて笑みを深めた。
アルベルトは軽く咳払いをして、本題に入ろうと口を開いた。
「失礼ながら、ルチダリア公爵家に起きた事件の顛末を聞きました。」
国内で起きていた不祥事を一時忘れ去るほどの大事件が隣国で起きた。
関わりが薄かったとはいえ、当事者の1人がつい数ヶ月前にこの国の学園に留学に来ていたのだ。冬期休暇に入る前までもずっと、学園ではルチダリア公爵家の事件の話で持ちきりだった。
公爵当主もこの話を持ち出されるとわかっていたのか、ふっと視線を逸らして息を吐き出した。痛ましかった出来事を思い出しているのか、心なしか表情が暗くなる。
「そうですね・・・。身内の不祥事でもありましたので、長年関わりがなかったとはいえ実の父親と母親を牢獄へ送り、死罪へ導いたことは生涯忘れられない出来事になるでしょう。しかし、由緒ある公爵家に生まれたからには守るべきものがありました。私はルチダリア家の血を受け継ぐ者として、公爵家としての役目を放棄した人間を正統に断罪したまでのことです。」
「そうですね・・・。昨年、こちらに・・・・何と言えばいいのか。偽物の公爵令嬢がいらっしゃったことは聞いておりますか?」
「ええ。実は、そのことで私は王太子に遣わされました。当事者である私が直接、王家の方々に謝ってこいと。」
まさか、とアルベルトは目を細める。
アルベルトが何を考えついたのかわかったのか、公爵当主は申し訳なさそうに眉を下げた。
「私は、あの女が留学する少し前に執事から己の正体を知らされました。そしてルチダリア家を断罪することを決め、秘かに王家と連絡を取ったのです。その直後に留学という名の下に国外へ出してもらいました。1度、しっかりと状況を整理させておきたかったので。」
「なるほど。だから、急な申し入れだったのですね。」
「はい。こちらには学園という学ぶための場所はありません。国内でもそういった場所を作ろうという意見は前からありましたので、その参考の為に、優秀な公爵令嬢に学園を視察して来てほしいと理由を付けて。・・・まあ、講義にはほとんど出ていなかったようですが。」
最初の1週間だけ、一通りの講義には出ていたらしい。
その後は授業が退屈だと言って、護衛もとい監視を撒きながら様々な場所に出没していたとか。
しかし、学園の書庫にいることが多かったようで、国に帰った後の報告も参考になる意見は出していた。その際、ルチダリア公爵家に出資の一部を担わせてほしいという一文を忘れずに。
その報告書を読んだ時は思わず吹き出してしまい、その場にいた王子たちには不思議がられてしまったが、我が妹はさすがだなあとエルヴィスは関心したものだ。
「こちらの勝手な都合で厄介者を押し付けてしまい、申し訳ありませんでした。けれどとても助かりました。あの女は両親以上にとても警戒心が強かったようで、迂闊に近付くのは危ないと王子たちから教えてもらったのです。だから、この国に留学させている間に出来うる限りの情報は集められました。 」
「いえ、こちらには直接的な被害はなかったのでお役に立てたのなら幸いです。監視の報告もお役に立ちましたか?」
「はい、とても。確か・・・第二騎士団の方に担っていただいたとか?」
「はい。精鋭揃いの騎士ばかりなのですが、時折逃げられてしまったようでお恥ずかしいことではあるのですが。」
「いえいえ、こちらの騎士も幾度となく逃げられていたみたいですよ。逃げ足がとても早かったので、捕らえる時は迅速にと何度も確認したみたいです。」
アルベルトと公爵当主は目を合わせて共に苦笑する。
しかし、公爵当主が表情を引き締めて居住まいを正すとアルベルトとノアも表情を引き締めた。先程からノアの表情はまた硬くなってはいたが。
「王家の方々と私を見つけてくれた執事から、あの女のこれまでの出来事を全て聞き、公爵家の令嬢などと名ばかりの者であったことは知っていました。偽者ではあっても、当時はルチダリアの名を騙らせて留学に行かせました。代わりに謝るのは癪ですが、こちらの勝手な都合、こちらの不手際でもあります。ご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。」
ルチダリア公爵が痛ましい表情をして深く頭を下げる。
「あの者は己が公爵家の血を引いていない人間であることを知りながら、公爵家のお金を使い権力を使い、前当主夫妻と同じような生活をしておりました。ですので、前当主夫妻と同じく斬首の刑に処せられました。それは知っていますか?」
「はい。」
「あまり家の事情を晒したくはないのですが・・・、両親同様にあの女が許せなくて。私を養ってくれた親にはとても感謝しておりまして、別に公爵家の血を引いていたと知っても公爵家で育ちたかったとは思いませんでした。しかし、私は商人の息子として育ち、いずれは商人になるものだと勉強してきました。物の大切さ、そこに関わる人の大切さ、お金の大切さを理解しているつもりです。なので、それを知らずに生きてきたあの者たちが許せなくて・・・斬首は私が求めたのです。」
エルヴィスの言葉を2人は静かに真摯に聞いていた。
全く関係の無い話ではなく、国を統べる王家に生まれたアルベルトとノアにとってもこれからずっと向き合わなければならない価値観だ。
「血を分けた親に冷たすぎるのではないかと声をかけられたことがあります。しかし私にとっては確かに実の両親ではありますが、私が温かな感情を持って接する親ではなくほとんど他人のような言葉だけの親という生き物なのです。そんな考えをする私を冷たいと思いますか?」
「いえ・・・、どうなのでしょうね。けれど貴方は既にご自分で答えを出されていますね。」
「はい、もちろんです。迷いを持ったままでは決断は出来ませんから。」
エルヴィス・ヘリオトロープ・ルチダリアは若き天才と評されていた。
荒れ果てていた公爵領を次々と立て直していったからだ。いつから計画を立てていたのかと思うほど、彼が公爵当主になってから打ち出された再建計画はしっかりと考えられ練り込まれたものであり、商人上がりだと揶揄する声もいつしか商人の知識も持っているからこその力だと褒め称える声が大きくなった。
また彼が前ルチダリア公爵当主夫妻と偽のエルヴィスを糾弾した時に、密かに王家とも連絡を取り合っていた。だから、彼は王家の信頼も厚く、あちらの王太子は親友の1人だと公言している。
だからこそ年始のパーティーの代理出席を認められたのだろう。
「王太子からの伝言です。この貸しはいつか返そう、だそうです。」
この言葉を聞いて、アルベルトはノアと目を合わせて頷き、再度エルヴィスに向かい合う。
「ならば、これを機に双方の年頃の生徒を互いに留学させることは出来ませんか?今回はそちらからの方だけでしたが、交換留学という形でこれからも続けていきたいのです。」
「交換留学ですか?しかし、こちらに学園はありませんよ。それぞれが雇った家庭教師に習っていますので、令嬢や令息によって習熟度にはばらつきがあります。それにそちらの植物研究所のような研究機関もないので、勉強できる場所などないと思うのですが。」
国が違えば文化も教育制度も異なる。
隣国では貴族が通う学舎はなく、各家が家庭教師を雇って学問と教養を学んでいる。
明確には定められていないが、一定ライン求められるものは皆が同じように習っている。しかし、それ以上は本人の意思や家の教育方針によって異なるのである分野に突出した学を持つ者もいれば最低限しか習っていない者もいる。
「例えば、ルチダリア公爵家へ訪問させていただくとか。いえ、不躾なことだとはわかっています。しかし、短期間で見事に公爵領を立て直した貴方の手腕を間近で見てみたいと思っている者もいますから。」
「・・・そうですねぇ。他にも学ぶべき力を持った家はあります。これまでこの国とはこういった公にした交流は不思議とありませんでしたね。」
「そう、ですね。悪くもなくとても良いというものでもなく、良好な関係、でしたか。」
「これからは必要でしょうね。そうすれば互いの国を行き来する国民も多くなり、観光も盛んになるでしょう。帰国したら王太子に話してみます。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
双方にとってもメリットになるはずだろう。
暗にルチダリア公爵家は案内しないと言われたが、あれだけ複雑な事件があったのだ。元々何かしらの秘密があった家なのだろうということは予測はついている。
あの偽者の公爵令嬢が見せた素顔を1度だけ知っているのだから。
だがこれ以上掘り下げようとしても新しい公爵当主は何も言わないだろう。
「それで、殿下が私にお聞きしたいことは何ですか?もっとも、その本題に早く行きたいと思っているのは第二王子殿下でしょうが。」
エルヴィスが、アルベルトから視線を移してノアを見た。
初めから無言だったノアとエルヴィス、両者の視線が真っ向から対立する。
アルベルトと同い年のこの公爵当主は決して侮れない人物だ。言葉1つ間違えただけで、情報を根こそぎ持っていかれそうな感覚がする。
だがそれに脅えて、こちらから仕掛けないという手はない。
エルヴィス・ヘリオトロープ・ルチダリアがセンセーショナルな登場をしたのはつい昨日のことなのだ。
「ルチダリア公爵は、」
「エルヴィスで結構ですよ。」
「・・・そうですか。では私のことも是非アルベルトとお呼びください。」
「かしこまりました。アルベルト様。」
「エルヴィス様は、クリスティーナ・アルデリア伯爵令嬢と何処で会ったことがあるのでしょうか?」
「随分と直球な質問ですね?」
「回りくどい聞き方をすればいつまでも答えてくれそうにないですから。」
ノアと真っ向から対立していたエルヴィスがくすくすと笑って、目許を綻ばせながらアルベルトに視線を移す。
「隣国で、私の大切な命を助けていただいた恩人なのです。」
「実はクリスティーナ嬢が隣国でどんな生活をしていたのか私たちは知らないのです。お話していただいてもよろしいですか?」
クリスティーナが隣国に行くことができた経緯をエルヴィスは知っていた。色々な事情が重なっていたとは言え、そこすらも把握仕切れていないのは力不足ではないだろうか。
「・・・お二人は、クリスティーナを侮っていらっしゃったんですね。」
あの男相手では仕方ないと言えないこともないが。
アルベルトは軽く目を見張り、ノアは驚いてエルヴィスを見た。
2人の様子にエルヴィスは何事かと不思議に思う。
「本当のことですよね?」
「いえ、・・・・・そうですね。確かにそうでした。すみません。驚いたのは、同じことを前に言われたことがあるからです。」
「同じことを?」
エルヴィスはそう言えばと思い出す。
エルヴィラがクリスティーナと食堂にいる時にこの2人の王子と鉢合わせしたことがあるとか言っていただろうか。
「夏に留学に来た、偽のルチダリア公爵令嬢に。」
「おや、そうなのですか。まあ、私にはルチダリア公爵家の血が流れて、あちらはルチダリア公爵家の教育を一応は受けていますからね。考え方が似ていたのかもしれません。」
「そうなのですか・・・。」
アルベルトはふと考える。
クリスティーナと偽の公爵令嬢は仲が良いのだと思っていた。公爵令嬢と会うことを目的としてとは思っていないが、クリスティーナが隣国に行ったと聞いて1度くらいは会っていたのだろうと思っていた。
「いつ頃、クリスティーナ嬢とお会いになられたのですか?」
「彼女が帰国する1週間ぐらい前でしょうか。道を歩いていたら丁度目の前の花屋が植木鉢を2階から落としたようで、通りがかったクリスティーナ様が咄嗟に私の腕を引いてくれたのです。危うく頭にぶつかって死んでしまうところでした。」
「それは・・・、本当に命の恩人ですね。」
「はい。まさか死因が植木鉢なんていうことにならなくて良かったと心から感謝しています。」
もしそれが本当なら、アルベルトも絶対に感謝するだろう。第一王子の死因が落ちてきた植木鉢。死んでも死にきれない気がする。
この公爵もまさか植木鉢を死因として死にたくはないだろう。明らかになった出生の秘密を知って、悪事を世間に曝そうと奔走している半ばであったのなら尚更に。
世に出ている話が、嘘か真か、どちらかはわからないが。
エルヴィスが少しだけ目線を下げて懐かしそうに目を細め、照れくさそうにはにかんだ表情をした。
「実は一目惚れをしまして。」
「・・・それは、」
アルベルトはちらりと隣のノアを伺う。
「その時の彼女があまりにも私の無事を喜んでくれたものですから。喜びに満ち溢れた笑顔に、心を鷲掴みにされてしまいました。」
「恋、ですか?」
「ええ、初恋でしょうか。恋がこんなにも心ときめくものだとは思いませんでした。ずっと夢物語のものだと思っていましたので。」
頬を緩めてどこか遠くを見ているようなエルヴィスの目は明らかに今までの目とは違っていた。
本当に心を向けているのだと、アルベルトとノアは悟った。
「クリスティーナとは、愛称で呼ぶほど既に2人の仲は深いのですか?」
今日この日、ノアがエルヴィスに対して挨拶以外で初めて口を開いた。
ノアの鋭い目がエルヴィスを射抜くが、向こうはそれをものともせずに楽しそうに笑いながら答えた。
「いいえ?私が勝手に呼んでいるだけです。彼女、強情ですから私が愛称で呼ぶことを許してくれないのです。」
「あの傷は?」
「かわいそうに。痛かったでしょうね。聞いた話によると、後遺症は残らないもののやはり傷跡は残ってしまうらしいですよ。あの令嬢は、ティーナが傷物である証拠をしっかりと皆さんの前で見せつけることができてさぞ喜んでいることでしょう。」
エルヴィスは酷薄に笑う。
エルヴィスだとて気付いている。クリスティーナの傷を見た令嬢が瞬時に青ざめて言葉を失ったことに。
手袋を奪うという小さな嫌がらせが、まさかあんなにも痛ましいものを見せられるとは誰もが予測しないだろう。あの令嬢が全て悪いわけではない。
だがあの傷を見て、クリスティーナをこれ幸いとして嘲笑う者が多くなるのも確かだ。家が不祥事を起こしたうえに傷を負っているなど、格好の餌がぶら下がっているようなものなのだから。
「あの令嬢もわざとではないわけですから。」
「そうですね。けれど、クリスティーナを貶める材料が増えたことに変わりありません。これから彼女を馬鹿にする人間は増えるでしょう。ますますこの国での彼女の居心地は悪くなります。」
アルベルトの宥めるような言葉に、エルヴィスは仰々しくため息をついた。
「だから、こちらに来れば私が守ってあげられるのに・・・。」
独り言のような呟きを聞いたノアがぴくりと身体を震わせた。
アルベルトも困惑する。
「それは、どういう意味ですか?」
「私はクリスティーナに恋をしているのです。結婚相手にと望んでも何ら不思議ではありませんよ、ね?」
「だがクリスティーナは貴方の元には行かない。絶対に、結婚などしない。」
「それはノア様の願望でしょう。」
ぴしゃりと返された言葉にノアは全身硬直した。
「クリスティーナを嫌っていた、彼女のことを知ろうともしなかった貴方に、彼女の想いがどのように変化するのか理解できるのですか?」
「・・・貴方こそクリスティーナを理解できるのですか?」
「ええ、私は短い間でもクリスティーナのことを知ろうとしていますから。」
ノアは思わず感情を露にしてエルヴィスを睨み付けたが、図星だったのですぐに目を伏せて視線を逸らしてしまった。
今のノアにクリスティーナについてとやかく言う権利は無い。
むしろ王家としては喜んでもいいことなのだろう。これから隣国と仲を深めていこうとしているのだ。王太子の信頼厚い公爵家と縁を結べることが出来るのは悪いことではない。
だが、ノアの胸中は複雑だった。
年始のパーティーでクリスティーナに会うとは思ってもいなかった。てっきり今年のパーティーに、アルデリア伯爵家は参加しないものだと思っていたからだ。
だから隣国の公爵当主に伴われて現れたクリスティーナを見た時には、本当に心臓が止まったのではないかと錯覚した。今度はエルヴィスを好きになったのかと思うと、どうしようもなく苛立った。
哀しさも切なさも見当たらない心の底から楽しげなクリスティーナの笑顔を見て、不意に泣きたくなった。
どうして、俺ではない違う男にそんな笑顔を向けているんだろう。
クリスティーナが好きだったのは、俺のはずなのに。
ノア自身も、なんてみっともないのだろうと思った。
クリスティーナを嫌って、婚約破棄を望んでいたのは自分自身なのに。思わぬ彼女の変化で、こんなにも心が揺らぐなんて想像すらしなかった。
身勝手な思いだとはわかっていても、ノアはこの先クリスティーナに想い合う男が出来てほしいなどと思えなかったし、冗談でも口にすることは出来ない。
最低だと、ノアは己を罵りながらそれでも思う。
クリスティーナの望んだノアでなくても、クリスティーナはノアの幸せを祈っていると言ってくれたのに。
「お互いに一歩踏み出すべき時ですね。」
いつの間にか俯いていたノアはエルヴィスを見上げた。
すると、彼はノアに気付いてにこりと微笑んだ。
「そう言えば、王弟殿下にも是非お会いしたかったのですが生憎留守にされているようですね。」
クリスティーナの話はこれで終わりだと言わんばかりに、エルヴィスはアルベルトを振り向いて急に話を変えた。
アルベルトも急な話題転換に内心戸惑いながらも、叔父であるリアムの予定を思い出して答える。
「年始のパーティーに出席されないことはいつものことなのです。明日帰国するとは伺ってはいるのですが・・・たまには早く帰ってきてほしいものです。」
「お忙しいのでしょうね。研究所に入って学園長になる前までは、外交官として異国を飛び回っていたのだと聞きました。お知り合いの方々も多いのでしょう。」
「叔父は他人に好かれやすい人間なのだと、国王も仰っておりました。」
「ああ、確かに。いますよね、そういう部類の人間が。羨ましい限りです。先程偶然お会いした第二騎士団の団長も、王弟殿下はムカつく奴だと笑いながら仰っていました。」
第二騎士団の団長と言えば、王弟殿下とは幼なじみであるが犬猿の仲であるとも有名だ。
その昔、リアムとその側近だった団長は当時から口を開けば喧嘩が始まって他人が仲裁に入ってもなかなか収まらなかったらしい。それはもう些細なことから始まることもあったらしい。
聞くところによると目が合っただけで罵り合いの喧嘩が始まってその部屋にあった物はお互いが投げ合ったせいで壊されて見るも無惨な部屋に変貌を遂げたのだと、甥たちは周囲から聞いたことがあった。よって、それからの部屋は必要最低限なものしか揃えていない窓も無い殺風景な部屋に変わったのだとか。
それはもう細胞レベルで性格が合わないのだろうという周囲の見解が一致して、リアムの側近は変わり、団長もずっと希望していた騎士団に入ることが出来た。それからこの2人の関わりは無い。
同じように昔話を思い出したのか、アルベルトとノアは同じ瞬間に思わず笑みを零した。
「王弟殿下は無茶振りが過ぎるのだとも、仰っていました。仲の良い方々なのですね。」
「いえ、あの2人は、」
アルベルトが言いかけた時、ガタッと音を立ててノアが立ち上がった。
アルベルトもエルヴィスも驚いて、何かに気付いたように虚空を目を丸くして見つめるノアを見上げる。
「そうだ、クリスティーナのあの報告・・・。」
呆然としたノアの呟きを聞いたエルヴィスは内心で満足さと呆れを含んだため息をつきながらも、表面上は驚いてノアを見上げ、ふと時間に気付いたような仕草をした。
「申し訳ありません。今回はこれで失礼させていただきます。」
「あ、ああ、そうですね。ありがとうございます。」
エルヴィスが立ち上がったことに気付いて、ノアが慌てて軽く頭を下げる。
アルベルトも立ち上がり、別れの挨拶を述べた。
見送ろうとする2人の王子にここでいいと別れて、隣国の公爵当主はその部屋を出て王宮を後にし、交わしていた話の内容を思い浮かべて口角を上げた。




