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閑話 舞台裏のとある子爵令嬢

※どの時の子爵令嬢も、転生者あるいは記憶持ちではありません。

 

 とある貧乏子爵令嬢は考えていた。


 運命の出会いについて。

 この子爵令嬢にとっての運命の出会いとはつまり、現在の子爵家の困窮から救ってくれる存在のことである。





 子爵令嬢にとって人の良い父親も母親も大好きだし、可愛い顔をして毒舌な弟も目に入れても痛くないぐらいには溺愛しているので幸せと言えば幸せだ。幸せではあるのだが、だからと言ってその気持ちだけで毎日が過ごせるわけがない。

 腹を満たしてくれるわけでもなく、一日中身体を動かせるわけでも使用人の給料が払えるわけでもいつの間にか掃除が行き届いていたり、食べ物が降って湧いて出てきてくれることもなければ借金が無くなっていくこともない。


 まだ自分は学園に通えているが、借金は減らないし、弟が学園に通えるのかがどうにも怪しい。

 そもそもこの借金だって、人の良い父親と母親が友人とやらに騙されて作ったものだ。新しい事業を始めるから出資してくれ?ふざけるな、自分で用意しろと子爵令嬢だったら言い放っている。なのにどうしてうちの親は人が良いんだか馬鹿なんだか・・・・そういうところも好きなんだけど尊敬はしてるけど!


『大丈夫だよ、ちゃんと良縁を見つけてくるからね。』


 と言われても、いくら両親が頑張ったって己の見た目が平々凡々であることは、子爵令嬢は十二分に理解しているつもりだ。そのうえ、子爵家に借金があることは社交界には知れ渡っている。人の噂も75日と言えども話題に上がれば再燃するのだ。両親が良縁をと望んでも、借金がある家の平々凡々な娘を欲しがる貴族なんていないだろう。どこの物好きだそれは。


『姉様も大概人を騙してるよね。』

 

 じっくり見ると平々凡々な見た目であるけれど、両親から譲り受けた気弱そうな顔と日に焼けにくい白い肌から、子爵令嬢はか弱い女性だと誤解されがちだった。

 幼い頃から具合が悪いわけではないのに我慢しなくていいからと乳母にも無理矢理室内で遊ぶようにと注意されることが多かった。子供心に面倒くさいとは思っていたけれど、大人になるにつれてそのか弱さを自ら演じるようになった。


 これは使える。是非利用していこう。

 面倒だと思った時には、ちょっと今体調が悪くて・・・なんて言っておけばいい。


 そうして病弱な子爵令嬢が出来上がったのである。


 そんなことを繰り返していたから人を疑うことをしない両親も娘が病弱であると信じ込んで、見返りはあるからそれで娘さんを助けてあげればいいと言った一言で出資するか揺れていた心を決めてしまった。

 だから、この借金は子爵令嬢自身にも責任があるのだ。

 後先のことを考えずに行動していたから、両親を悲しませて育ち盛りの弟に十分な教育と食べ物を与えてあげられず、使用人は日々減っている。


 この現状をなんとかしなければならない。

 それは子爵令嬢の使命だ。


 そしてそれを手っ取り早く解決するためには、やはりお金持ちと結婚するのが1番だという結論に落ち着いた。

 残念ながらに頭の出来具合も平々凡々で、人に特別視されるような裁縫の腕もないため、自分の力でお金を作り上げるようなことは出来ない。


 やはり結婚しかない。

 けれど両親が望むような良縁は期待出来ないだろう。だからまず初めに家の状況で見極めてもらうのではなく、子爵令嬢自身を見初めてもらわなければならないと思う。


 子爵令嬢は考えた。


 この国で1番のお金持ちは一体誰なのか?

 答えは満場一致で王子様だろう。この国には第一王子のアルベルト殿下と第二王子のノア殿下がいる。

 しかし、この王子様たちにはどちらも婚約者がいるのだ。お金持ちとの結婚を望んでいても、子爵令嬢は婚約者あるいは恋人がいる男性はさすがに遠慮するし。それに何よりも王族との結婚なんて恐れ多すぎる。


 では一体誰がいいのだろうか。

 交友関係がひどく狭いことがこんなにも悪影響を及ぼすとは思わなかった。自分の考えの浅さをまたも呪ってやりたい気分だった。


 子爵令嬢が考え込むと周りにはどうやら思い詰めているような辛そうな顔に見えるらしく、優しい隣の席の令嬢が医務室へと連れていってくれるようになった。それがますます、子爵令嬢は病弱でか弱いという周囲の思いを助長させていった。

 常連となっている子爵令嬢が医務室に行くたびに、医務室の先生はまたかと呆れたような表情をしながらも子爵令嬢を優しく労ってくれた。



 今回も隣の席の令嬢に連れて行かれるがままに医務室へと向かっていたのだが、途中でその令嬢が他の先生に呼ばれたために子爵令嬢は1人で医務室へ向かっていた。

 その時、廊下の先に国の王子様たちとその側近の爵位の高い子息たちが見えた。彼らは今度行われるパーティーについて話していて、子爵令嬢はそう言えばドレス持ってないなと考えながら、すれ違う際にはちゃんと道を譲って頭を下げて通り過ぎようとした。


 しかし、彼らが通り過ぎた後に書類が落ちているのが見えて、慌てて拾って声をかけてしまった。

 子爵令嬢の、落とし物があります!の声に彼らが一同に振り返り、複数の怪訝な目を一斉に浴びた子爵令嬢は失神しそうだったが恐る恐る書類を近くに来た令息に渡した。


『ありがとう。』


 奥にいた第一王子にお礼を言われたのだと気付いたのは一瞬遅れてからだ。

 まさか一国の王子様に声をかけてもらえるなんて!


『顔色が悪そうだが大丈夫か?誰かに医務室まで送らそう。』

『い、いえっ!大丈夫です!1人で行けます!』

『本当に?無理をしなくてもいいんだよ。』


 子爵令嬢は王子と目が合わせられずに下を向いているから気付いていないが、内心の興奮によって赤くなった顔は彼らには熱があるように見えていた。

 体調の悪い淑女を放っておくなど紳士の名折れだ。


『いいのです!それに私、エリザベス様に憧れていて!だから強くならないと!』


 子爵令嬢が慌てて言い募った時、第一王子の目が途端に輝いた。


『そうか!エリザベスは素晴らしい女性だろう。貴女が憧れるのもよくわかるよ。私もエリザベスの強さには時々恐れ入るが同時に負けられないと力が湧いてきて元気と頑張りを与えてくれる。本当に、彼女は』

『兄上!そこまでです。』


 神妙な顔をした第二王子が心なしか早口になっていた第一王子を止めた。

 我に帰った国の王太子は、ぽかんと自分を見上げる名も知らぬ子爵令嬢を見ていつものように微笑んだ。


『落とし物をありがとう。それでは失礼する。』


 子爵令嬢が驚いて固まっている間に、王子様たちとその側近の令息たちは去っていった。


 子爵令嬢の耳にも届いている第一王子アルベルトと公爵令嬢エリザベスの仲の良さは本当に本物だったらしい。

 でなければあんなにも嬉しそうな顔はしない。


 いや、本当・・・やっぱり王子様は無理だったんだわ。良かった。まだそこまでは考える脳があって。


 子爵令嬢はほっと一息吐いて、すぐに医務室に向かった。





 あら?第二王子殿下はお一人なのかしら?


 そう思ったのは子爵令嬢だけではなかった。


 パーティー当日。

 第一王子は婚約者の公爵令嬢をエスコートして現れたのに対して、第二王子は1人で現れた。

 会場がざわつき、どこからかまたクリスティーナ様が何か癇癪を起こされたのかしらなんて声が聞こえてくる。しかし、その声が小さいのは学園で本人を見かけないからだろう。行方不明で誰かに拐われたのでは、と前々から広まっていた噂が段々と大きくなっていった。


 今回も、第二王子と婚約者は不仲なのね。


 子爵令嬢はぼんやりと思って、ふと不思議に思う。

 ()()()?今回()って・・・・・どうしてそう思ったのだろう?・・・・・わからない。まあ、いいか。関わることなんてないのだから。


 未だざわつく会場中に、第一王子の声が響き、皆が壇上にいる第二王子を見つめた。


『クリスティーナ・アルデリア侯爵令嬢は体調不良によって本日は欠席しています。貧血を起こしたので、大事をとって休ませました。皆も体調が悪くなった時にはすぐに休むように。』


 会場の全員に聞こえるように大きくはっきりした声で第二王子はこの場にいない婚約者について説明した。


 その日、第二王子のノア殿下は誰ともダンスを踊らなかった。令嬢から誘われることもあったが、さりげなく他の令息を紹介したり、話題を変えてその場を離れたり、しつこい令嬢にははっきりと断っていた。


『申し訳ないがクリスティーナと踊る約束をしているんだ。』


 昨年は誘われるがままに踊ってくれていたのにと、上級生たちが不満を口にしているのを子爵令嬢は料理が並んでいるテーブルの近くで聞いていた。


 こんなに美味しい料理は食べておかないと!


 子爵令嬢はそんな使命に燃えていたので、彼女に近付いているここ最近の学園で最も注目されている人物に気が付いていなかった。


 子爵令嬢が周囲の異変に、自分の周りだけ静かなことに気が付いて顔を上げれば、自分をじっと見ている隣国の公爵令嬢とばちっと目が合って思わずひっ!と小さく声を上げてしまった。


 その様子を真顔で見ていた隣国の公爵令嬢は、次の瞬間には見惚れるほどに美しく妖艶な微笑みを浮かべて、実際に見惚れていた子爵令嬢の手を取って気付いた時には会場から連れ出されていた。


『顔色が悪いようだったからずっと心配で。医務室のネイサン先生に伝えたら、休ませるから連れてきてって仰ったの。』


 隣国の公爵令嬢にやや痛いぐらいに手を引っ張られたまま、子爵令嬢は医務室に連れて行かれて寝台に強引に身体を倒されて寝具を被されてしまった。

 隣国の公爵令嬢はすぐに医務室を出ていった。


 呆然としていると、寝台の側に椅子を持ってきて座ったネイサン先生が顔色が悪く見えているのだろう子爵令嬢を何故だかうっとりした表情で見ているのに気付く。


『・・・何ですか?』


 ぎこちない笑みを見せる子爵令嬢に、ネイサン先生は不意に立ち上がって横たわる子爵令嬢に覆い被さって、両手首を寝台に縛るように押し付けた。


 子爵令嬢の心の警報が鳴り響いている。

 逃げなければと思うのに、視線は先生に絡め取られているかのように外せない。


『君さ、嘘、ついてるよね?』

『え?』

『君は体調不良なんかじゃない。というか、体調を崩したことなんてほとんど無い健康体に属する類いの人間だよね?』


 ばれた。駄目だわ!ずる休みがばれた!


 子爵令嬢の心の警報は尚も鳴り続けている。


 目を見開いてやがて右に左に視線をさ迷わせる子爵令嬢を見て、ネイサン先生はやはりと疑問を確信に変える。


 ずっと不思議に思っていたのだ。

 病弱でか弱い貧乏子爵令嬢。いつも顔色が悪くてよく医務室には来るのに、これまで大きく体調を崩したことはない。


 医者をしているとたまにいるのだ。

 家族や知人に連れられて診察に来るが、生来顔色が悪いように見られて病気にかかっているのではと誤解されがちな体質の患者に出会うことが。


 この子爵令嬢もそうなのではないかとネイサンは薄々気が付いており、そんな時にこの子爵令嬢についての情報を知ってしまった。

 子爵家は借金を背負っていてお金に困窮しており、弟がいて学園に入れたいけれど入れるだけのお金を用意できないだろうということ。

 今現在、娘の良縁を探していること。


 ネイサンはその情報をくれた人物に協力を仰ぎ、子爵令嬢との縁談を組むことにした。


 ここ数日で子爵家へは話を通してある。

 娘を愛する子爵夫妻には、学園の医務室で娘さんと接するたびに病弱な彼女に情が移ってしまってこの先の未来を自分が守っていけたら思った、自分は医者なのでもし娘さんに何かあってもすぐに診察することができる、男爵家で格下ではあるが兄2人も医者で三男の自分はお彼女をずっと養っていけるぐらいにはお金を余裕に持っていると言って説得した。

 泣いて喜んだ子爵夫妻に、だが自分は学園に勤めている医師で彼女はまだ学生だから学園生活を心置きなく楽しんでもらいたいのでどうか内密にしておいてほしいと頼み、既に内密に婚約は済ませてある。

 子爵夫妻の隣に臨席していた3つ下の弟は、ネイサンを始終うろんげな目で見ていたが、にっこりと微笑み返すと頬を引きつかせてゆっくりと目を逸らしていった。


 己の身体の下で焦燥と混乱が入り乱れて何も言えなくなっている彼女の、なんといじめがいのあることか。

 ネイサンの口角が上がり、これから彼女が卒業するまでに彼女の心を自分に向けさせて結婚したいと思わせるような計画を頭の中で思い浮かべた。彼女から告白させた後に婚約のことを知ったら、どんな表情をするのか。

 今から楽しみで楽しみで仕方ない。


 だからまずは、しっかりと、彼女の中にネイサンの一部を刻み込んでおかないと。


 ネイサンはそのまま彼女に身体を倒して隙間を無くし、制止の言葉を聞く間もなく、しっかりと唇を合わせて挟み込んで舌を入れて絡め取り、濃厚なキスをした。


 ハンナのことを教えてくれた隣国の公爵令嬢には感謝しないとな。


 子爵家の状況とハンナの体質についての情報を教えてくれたのも、ネイサンがいかに素晴らしい人間か見えるように子爵夫妻に話があった縁談相手が手癖の悪い人間にしてくれたのも、全てエルヴィス・ヴィオレット・ルチダリア公爵令嬢の采配だった。






 ハンナは考えていた。


 運命の出会いについて。


 ハンナは交友関係が狭かった。だから友人から男性についてあれこれと聞く機会も少なかった。当然、ハンナには男性経験は全く無い。

 あれこれとネイサンはハンナに押して迫って時々引いては押したかと思えば引いて迫りまくった。ハンナがネイサンに惹かれるのは時間の問題で、気付いた時にはネイサンとの結婚を望んでいた。


 卒業式の後にハンナはネイサンに玉砕覚悟でプロポーズをして、じゃあ結婚しようか、といつの間にか左手の薬指には結婚指輪がはめられていた。


『婚約してたなんて聞いてない!どうして言ってくれなかったの!?』


 と両親に問い質すと、ネイサンがハンナを思ってくれてのことだと聞いて思わず照れてしまった。


『いや、まあ借金も無くしてくれて、使用人も路頭に迷わせずに済ませてくれて感謝してるけどさあ、俺も学園に通えてるからな。でも、あの人って結構腹黒いよな。絶対に姉様は弄ばれながら結婚生活を送ると俺は確信してるよ。』


 弟の言葉に憤慨し、それをそのまま夫に伝えると、夫はハンナを可愛い可愛いと言って頭を撫でながら抱き寄せて呟いた。


「嘘つきな君も好きだし、君のそういう馬鹿正直に前を向いているところが面白くて惹かれたんだよねぇ。もっと虐めて、羞恥に赤くなった元気な顔が見たいなって。」


 ハンナは思わず押し黙り、私はどうしてこの人と結婚したのかと考え始める。


 嗚呼、でも、今こうして幸せなのはネイサンと出会えたからよね。

 ハンナの運命の出会いとは、ネイサンとの出会いだったのだ。


「私は、貴方の全てが好きよ。」


 ハンナがそう言って抱き締め返すと、ぎゅっとハンナを抱き締める腕の力が強くなった。





乙女ゲームについてしか知らないのですが、共通ルートから個別ルートに変わる時に共通ルートで大体1番好感度が高いキャラの個別ルートに進みます。

子爵令嬢が1人で廊下を通ることで王子2人のルートへの分岐になり、アルベルトに話しかけられた時に子爵令嬢のセリフの選択があってエリザベスを讃える、恋愛面での好感度が上がらないセリフを言ったようです。(※どの時の子爵令嬢も、転生者または記憶持ちではありません。)


そして、パーティーの日のことですが、実はここでゲーム内ではノアとの出会いがありました。

しかし、この世界には強制力はないので既にゲーム内容からは外れていて、エルヴィスがクリスティーナから事前に聞いていたのでノアと出会う前に子爵令嬢を医務室に連れて行きました。


ネイサンはゲーム内で最高難易度と言われた隠しキャラという設定です。難し過ぎて誰もが、攻略ルートを見てから攻略していったキャラという設定です。

選択肢があると何をどこで間違えたのかわからなくて、1つ戻ってやり直しても何度も同じキャラのエンドを見ることがあるのではないかと思うのです。

私は攻略ルートを見ているはずなのに1番望んでいたエンディングに辿り着けない経験をしたことがあります。やっと辿り着けて見れて感動して、また見ようとうろ覚えで選択肢を選んでいったら辿り着けませんでした。


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