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12.王女が示す未来

 


 温室を歩いていく中で、クリスティーナは視界の端で揺れるオレンジ色のドレスの存在には気にかけないようにしている。いや、気にかけていないといけないのはわかっているのでおかしな行動をしないか目を光らせる。

 でも出来るなら見えない振り知らない振りで自分は何も知らないと、それを貫き通したい。


「クリスティーナ!」


 明るく元気な声が、向こう側からクリスティーナを呼んでいる。

 大きくため息をついて、クリスティーナは声のする方へ向かった。


「クリスティーナ!貴女が案内してくれてるんだから、ちゃんと説明してよ。」

「あはは、王女様。私は王女様の身を危険にさらさないように、毒があるかもしれない可能性がある植物から遠ざけているのです。何が発端で人間の身体に有害なものになるのかわかりませんから。」

「いや、本当に、クリスティーナに言えることだからね?」

「本当にそうですよねえ。」


 西の国の王女であるアンジェリカがじーっとうろんげにクリスティーナを見ている。


 当たり前だ。何を隠そう実験中にぼんやりとしていてクリスティーナが毒を吸い込んでしまったのは記憶に新しい。



 あれからまた眠り続けて、クリスティーナが目を覚ましたのは2日後の昼だった。

 ずっと研究所の仮眠室で眠っており、目が覚めた時にその場にいたのはエルヴィスとアンジェリカだった。2人とも目元が赤く、起きたばかりのクリスティーナに心配と安堵の言葉をかけると同時に怒り始めた。


 悪いのは自分だと自覚があったので、その説教をクリスティーナは甘んじて受けた。


『私、貴女に言っておけばよかった!そしたら止めさせるか、ちゃんと気を付けてくれてたかもしれないのにっ!』


 エルヴィスは今にも泣き出しそうな表情でクリスティーナに何度も謝っていた。


 けれどクリスティーナはそんなエルヴィスをじーっと見つめて、ぽつりと呟いた。


『エルヴィスでも泣くのね。』

『・・・・・・・。』

『・・・・・・・・っ!ちゃんと話を聞きなさい!!』


 エルヴィスの怒鳴り声が仮眠室に響き渡った。

 クリスティーナの失言にアンジェリカはさっと両耳を手で抑えてその衝撃を和らげようとした。・・・あまり効果は無かったが。


 エルヴィスの怒りがやっと収まる頃に学園長がやって来て、彼女と一緒にあの日起こったことを全て話した。

 クリスティーナを見つけて助けてくれたのはエルヴィスだが対外的には研究所の研究員となっており、クリスティーナが毒を吸い込んだことは隠されてはいるがノアには知らされている。学園に入学してから研究所にいたということも。


 クリスティーナは2人から全ての状況を聞いて、そうですかと一言だけ言った。


『仕方ないですね。』


 この時は、その話はそれで終わりになった。



 この学園の夏期休暇は2ヶ月あり、王都の屋敷または領地で過ごすか長期間の休みを利用して旅行に行く生徒もいる。


 その中でクリスティーナは学園に残っている。けれど寮は閉まっているので、研究所の客間に荷物を移して過ごしていた。

 クリスティーナの研究室は今は元通りになっていて、現在もクリスティーナは研究を続けている。ただし、新しい植物ではなく、他の研究員から任される安全が保障された実験には限られている。


 そんな日々を過ごしている時に、クリスティーナは学園長に呼び出された。曰く、


『西の国の王女が温室を見学してから帰るらしいんだ。案内よろしくね。』


 とのこと。


 エルヴィスはクリスティーナが目覚めた翌日には隣国に帰っていった。

 アンジェリカもてっきり本国に帰っていると思っていたクリスティーナにとっては、どうして私が?と思った。

 確かにクリスティーナは植物に興味があって研究所に入ってから更に詳しくなったけれど、王女の視察なのだからこの温室を1番理解している学園長が案内するべきだと思う。


 王女の望みなのだと言われては、反論することも断ることもできないけれど。

 王女の護衛は温室の中までは入ってきておらず、その代わりに出入口に立って警護をしている。今、この温室にいるのはアンジェリカとクリスティーナだけだ。


 温室の中でも日差しがあまり当たらない、けれど日当たりが良くて明るくて奥まった場所に咲いているダリアを観察しているアンジェリカの隣にクリスティーナは立つ。

 今の時期が最盛期のダリアは彩り鮮やかに咲き誇っていて美しい。


「ねぇ、これからどうするの?」

「これからって?」

「クリスティーナが新しく選んだ未来のこと。」


 アンジェリカがクリスティーナとエルヴィスに過去を話してくれた中で、”ゲーム”という言葉があった。その”ゲーム”とは、例えばトランプやチェスなどのことではなくて、絵が動いて喋って自分が望む行動をして物語を読み進めていくものなのだそうだ。


『電気もテレビもないから画面だなんて言ってもわからないよね。』


 と、ぼそぼそと呟くアンジェリカに顔を見合わせてクリスティーナたちは首を傾げたものだ。

 ただアンジェリカが2人にわかりやすく、とっても簡潔に説明してくれていることはわかっていた。


 アンジェリカは異世界から転生してきた転生者で、12歳の時に前世の記憶を思い出したらしい。そしてアンジェリカの国が、彼女が前世で遊んでいた”RPG”という種類の”ゲーム”の世界と同じだと気付いた。だからこれからの国の行く末を知っていた彼女はその未来を阻止するために動いて、新しい未来を今、手にしている。

 その時にアンジェリカは言った。


『私は乙女ゲームは畑違いなんだけど、だいたいのあらすじは知ってるのね。それで確か転生ものの小説が流行ってて、ってこれは関係なくて。・・・まあ、これから話すことを覚えててほしいんだけど、今まで流れ通りに動いていた物語も、1人1人の選択で変化していくものなのね。』

『流れ通りに・・・・。』

『そう。だって貴女は今までの人生において、それまでの人生の記憶がなかったのだから同じような選択をして、同じような結末になっていたのかもしれない。けど、今回は違うでしょう?貴女は”これまでのクリスティーナ”を思い出して、”これまでのクリスティーナ”とは違う感情を持って意思を持って考えて行動をしている。』

『・・・うん、そうね。』

『だから、クリスティーナは”新しいクリスティーナ”として、これからの新しい未来を掴むことが出来るの。』

『これからの、新しい未来を。』

『・・・・・・・・・・・・・・ていうか、クリスティーナの世界って同じゲーム会社のあのゲームに似てる・・・?』


 というアンジェリカの小さな呟きはクリスティーナには聞こえていなかった。

 エルヴィスには聞こえていたが、何を言っているのかわからなかったので聞こえない振りをしていた。


 クリスティーナもこれまでと同じ結末を辿りたくないと思っているし、思い返してみればどの人生でもクリスティーナは同じような言動をしていた。

 だから、クリスティーナの最期はほとんど同じだったのだろう。


 今回のクリスティーナは違う。

 何故か知らないけれど”これまでのクリスティーナ”の記憶を思い出して、変わらない未来に絶望している。絶対に変わらない事実があることを知っている。


 ノアへの想いが無くなったわけではない。

 ただ、ただ少しだけ、ほんの少しだけ疲れただけ。

 期待をすることにも、ゼロに近い希望を持つことにも。


 最初に決めたのは、ノアへの気持ちの整理。次に侯爵家の問題を解決することを決めて、少しだけ猶予を貰って今まで目を向けてこなかったものに目を向けた。

 だからクリスティーナの未来は変わっているのだろう。これまでと同じような結末になる可能性は低いのかもしれない。


「1番の目的を成し遂げて、クリスティーナはそれからどうやって生きるのかなって。前も少し話したけど、真面目な話、貴女まだ決めかねてるでしょう?」


 アンジェリカは隣に立つクリスティーナを見つめた。

 その視線に気付いているはずなのに、彼女は目を合わせないで、目の前に咲き誇っているダリアをじっと見つめている。


 その瞳は不安定に揺れていた。


「貴女の未来なのだから、貴女がきちんと考えて選んで行動したらいい。クリスティーナにとって幸せな未来が1番だって、私はそう思ってる。エルヴィスのいる隣国に行くのも、私の国に来るのもいい。他の国に出て行く選択もある。そのまま領地で過ごして、愛の無い結婚をするのもね。」

「・・・ふふっ。愛の無い結婚て、決めつけるのね。」

「だって!そうでしょう?現実的に考えて、クリスティーナが自分に愛情を向けてくれるのを何十年も待ってくれる寛容で穏やかで気のながーい男なんていないわよ。それに、待っていたって手に入らないかもしれない。だから、万が一いたとしても出会える可能性なんてそれこそ低い。」

「酷いなぁ。」

「でも貴女がよくわかってるでしょう?」


 ダリアから視線を上げたクリスティーナは思わず笑う。


「夢を見たっていいじゃない。」

「じゃあ、夢物語で終わるわね。」


 かつて言った言葉で言い返されて、クリスティーナは確かにと吐き出すように呟いた。


「私が言いたいのはね、真正面からちゃんと言葉で気持ちをぶつけてみるのもいいと思う。」

「これまでもちゃんと言ってたわ。」

「言ってはいたけど、ちゃんと伝えようとして伝わるような言葉で言った?クリスティーナから聞く限り、態度に表して言葉でも好きなのにとか愛してるのにとかは言ってるはずだけど、どこがどう好きでどんな風に愛していて自分が相手のどんな存在になりたくてどんなものになってほしいと想っていたのか、とか。」


 クリスティーナは隣に立っているアンジェリカを振り向いた。

 視線に気付いたアンジェリカがクリスティーナに、まるでぐずる幼子に優しく丁寧に言い聞かせるお姉さんのような表情を向けた。


「伝わるか理解してもらえるかわからないけど、これが正真正銘最後の悪足掻きってことで、精一杯の言葉と感情で伝えてみてもいいんじゃない?」



 その時、近くの植物ががさっと動いて人影が現れた。


 クリスティーナとアンジェリカはお互いを守るように身を寄せ合って、その人影をじっと見つめた。


「あら?」


 それが誰なのかいち早く気付いたクリスティーナがアンジェリカからさっと体を離して数歩下がった。

 けれど相手の存在に気付いて、先に声を出したのはアンジェリカだった。


「ノア殿下ではありませんか。」

「はい、申し訳ございません。驚かしてしまいましたね。」

「いえ、こちらこそ話に夢中になっていて気配に疎くなってしまいましたわ。もしも敵だったら容赦なく潰しているところですわね。」

「そう、ですか。」


 アンジェリカはおや?と思った。


 クリスティーナは俯いているから気付いていないが、ノアはアンジェリカに顔を向けていながらもクリスティーナをちらちらと見ている。

 その目は嫌悪のような悪い感情ではなくて、声をかけようか迷っているように見える。


 アンジェリカも後ろをちらりと見るが、クリスティーナは完全にノアを拒絶する雰囲気を放っていた。


 アンジェリカはため息をつく。


「ノア殿下、もうお時間ですか?」

「え?あ、はい。そうです。なので、お迎えに上がりました。」

「そうですか、わざわざありがとうございます。クリスティーナ様も、休暇中ですのに温室を案内をしてくれてありがとうございました。」

「いいえ、こちらこそ貴重なお時間をありがとうございました。」

「では、さようなら。殿下、行きましょう。」


 ノアを促して、アンジェリカはさっさと温室を出ようとした。


「すみません。少々お待ちください。」


 ノアの元に歩いたアンジェリカとは反対に、ノアはクリスティーナに駆け寄って何か伝えている。


 耳元で囁くような仕草にクリスティーナの身体が強張っているのがよくわかる。

 せっかく早く遠ざけようとしたのに、とアンジェリカは思うが何か伝えるべきことがあったのだろう。ならば仕方ない。だからノアが遣わされたのだろう。


「かしこまりました。」

「では、当日に迎えを送る。」


 クリスティーナが再度頭を下げる姿を見つめて、ノアはアンジェリカの元に戻った。


「お待たせいたしました。」

「いいえ、行きましょう。」

「はい。」


 アンジェリカはノアを連れて温室の外へと歩き出す。


 アンジェリカにとって、今回の視察は本当に有意義なものになった。

 未だ復興途中の西の国は周辺諸国に比べると劣っていて、同じ王制とは言えども悪政と内乱が続いていては文化や技術も廃ってしまっていた。

 その為に西の国から1つ向こうのこの国へ視察に来た。この国のものならば、本国でもすぐに取り入れることのできる技術や制度があったからだ。


 それにクリスティーナにとってはただの学園長だが、学園長は様々な国を旅しているから直に話を聞きたいと前々から思っていた。周辺諸国では、学園長の名前を知らない外交官はいないほどに有名なのだ。


 そして同じように、クリスティーナとエルヴィスと出会えたことがアンジェリカは何よりも嬉しくて心強かった。

 この数週間、2人と過ごした日々を思い出して笑みが零れ、イヤリングとしてぶら下がっている赤い石に思わず触れる。


「アンジェリカ王女。」

「何かしら?聞きたいことがあるなら聞いてもいいわよ。」


 先程からノアが何か聞きたそうに自分を見ていたことにアンジェリカは気付いていた。


 歩みを止めないまま、もうすぐ温室の外に出ようと扉が見えてきた頃だった。


「クリスティーナとはお知り合いだったのですか?」

「ええ、そうよ。友人かしらね。」


 アンジェリカの答えに、護衛騎士のように後ろを歩いていたノアが立ち止まる。その実、考え事をしていて歩みが遅くなっていたのだとアンジェリカはわかっている。


 振り返ったアンジェリカは嬉しそうな笑みを浮かべていて、ノアは本当のことなのだと何となく悟る。


 クリスティーナが変わったのか。

 それともノアが知ろうとしなかっただけなのか。


 自分の中のクリスティーナが変化していく様に、ノアは戸惑いを隠せなかった。




遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。


暫くは3日置きくらいに更新します。


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