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10.夏期休暇前

 


「いいか!絶対に無茶はするなよ!規定の方法以外で絶対に実験するなよ!?」

「わかってます。」

「いや、わかってないだろ?」

「理解してますから。」

「うっかりも駄目だからな!対象から、絶対に目を離すな!」

「ええ、大丈夫です。」

「・・・この間ぼーっとしながら火のついたマッチを床に落としたのは誰だよ!」

「ええ、私ですよ。」

「反省をしろ!!」


 悪びれなく言い切るクリスティーナとは対照的に、研究所所長は大きな声をあげてぜえぜえと肩で息をしている。


 この前、クリスティーナは考え事をしながらマッチに火を付けてしばらくぼーっとしていた。クリスティーナの研究室を訪れた所長が、もうすぐで火が指にかかるという瞬間に声を上げて驚いたクリスティーナがそれを落としてしまったのだ。すぐに水をかけたため大丈夫だったものの、危うく火事になる一大事だった。

 ちなみに、所長の第一声は「植物を駄目にするつもりか!?実験結果も台無しになるじゃねーか!」だった。良くも悪くも植物馬鹿なのだ。


 クリスティーナは所長に口酸っぱく言い聞かされたことを思い出し始める。


「気を付けますから大丈夫です。はい、考え事をしながら火に触らない。口当ては必ずする。実験を一回したら換気は必ず行う。」

「絶対に、考え事をしながら火に触らない。絶対に何を実験するにしても、口当ては必ずする。絶対に、実験ごとにというか空気が悪くなったと感じたら窓を全開放して換気をする。」

「はぁ・・・、小さな子供じゃないんですからそんな絶対を連呼しなくても理解してます。」

「理解はしててもそれを行動に繋げますとは言わないつもりか?」

「・・・・・・。」


 さっと顔を逸らすクリスティーナを所長は睨み付けた。


 このお嬢様は頑固で困る。

 自ら命に関わるような危険な行為はしないが如何せん意識をどこかに飛ばすことが得意なようなのだ。危険の伴う実験において、それがどれだけ危ないのか理解しているようで理解できてないように思える。


 そもそも何故侯爵令嬢で王族の婚約者が研究所にいるのか、この所長は訳を知らない。




 ある日突然、学園長がクリスティーナを連れて所長室にやって来て世話係を任されたのだ。


『植物に興味あるんだって。学園に通わなくていいくらい学力はあるんだ。君の非公認の助手にするからよろしくね。』

『貴方が』

『僕は色々忙しいから無理。』


 にこにこと笑う学園長はよく学園からいなくなる。最初は書き置きも無しにいなくなるので大騒動だったが、突然ふらりと帰ってきては異国の新しい植物を手にして温室で育てられている。一年のほとんどが他国で行方不明だ。なので、今はもうみんな驚いたりしない。それでも学園長なのだから学園の行事の時くらいは帰って来てほしいと、今年の入学式をすっぽかしたことを聞いた時は思った。

 所長自身も今は慣れたが、初めの頃は余計な面倒を増やしやがってと細々とした嫌がらせをしていた。それを逆に倍返しにされていると気付いてからは即座に止めたが。


 そんな放浪者の学園長自らがクリスティーナを紹介してきたのだ。面倒事であることは確かだったので本当は全力で断りたかったし、たかだか侯爵令嬢に何が出来ると侮っていた。


 しかし、クリスティーナは本当に頭が良かった。範囲や分野は偏ってはいるようだが、通常の教育では教えないような専門的な知識も知っていた。学園の卒業証書はいつでももらえるようにしてあると言っていたが、どうしてわざわざ学園に入ったのか理解できなかった。


『だから、研究所に入りたかったんですよ。』


 呆れたようにそう言われて、そう言えば第二王子の婚約者だったと忘れかけていたことを思い出した。いや、でも王族の婚約者でもそこまでの知識は必要ないはず。


 殿下の近くにいなくていいのか、と片耳程度に聞いていた話を思い出しながらからかい目的でクリスティーナに声をかけると、


『関係無いじゃないですか』


 と、にっこり笑った。


 あの時の恐怖は今でも覚えている。

 はっと息が止まり、背筋が悪寒が走った。

 あの瞳と漂わせる雰囲気は、学園長がごくたまに発する冷気と同じだった。


 それ以来、クリスティーナには助手として信頼はしつつも極力プライベートでは関わらないようにしている。そもそも研究所にいるほとんどが自己中心的な人間ばかりなので他人のことまで頭にないが、所長という立場上は必要以上に気にかけなければいけないのだ。それをクリスティーナには最低限なことしか気にかけない。


 クリスティーナもそれを望んでいるようだし、所長と言えども伯爵家の三男ごときが格上の侯爵令嬢を気にしても仕方ない。時々不思議な面子で集まっていることは知っているが、気付いていない知らない振りでなんとなく他言してはいけないのだと思って誰にも言っていない。


 非公認の助手を押し付けた犯人は、報告をたまに求めてきて


『君って本当使えるよね。誰に何を言われても、隣の研究室には誰もいないよね。』


 と、予算を少し増やされたあたり、やはり他言無用なのだと肝に命じた。


 そんなわけで、クリスティーナに関してはある種の放任主義を貫いているわけだが、前述の通りに安心して目を離すと危ないことをしでかすのがこの助手なのだ。機転は利くのに自分のことになると忘れる。どういうことか。


 明後日から生徒が夏期休暇に入るということで勿論クリスティーナも家に帰ると思っていた。だからしばらく研究室には来ないだろうから、自分の部屋と同じように実験器具などが散乱した状況に陥ってしまった研究室を綺麗にしてから帰れよと伝えたら。


『え?結構良いとこまでいってるのでしばらく続けますけど』


 おい待てちょっと待て。


『はあ?』

『はあ?って・・・、所長はお昼にはもう帰られるんですよね?ご両親に避暑地に呼ばれてるから今年は久しぶりに帰省されると学園長から伺いました。ごゆっくり休暇をお楽しみください。私は実験を続けるので。』





 今までの会話を思い出して、所長は思わずはぁと深いため息をついた。


 そもそも寮が空いているのか。夏期休暇中は寮監も休みの為に空いていないはずだが・・・学園長なら何とかしそうだ。知らせてもいないのに自分の予定を知っているのだから。

 この侯爵令嬢も知らない間にどこかで学園長と連絡を取っているのだろうと、薄々気付いている。


 しかし、と所長は不思議に思う。

 第二王子の婚約者と学園長が知り合いではあるだろうが、わざわざ助手という役目をつけて研究室を1室与えることまでする仲までとは思わなかった。


 学園長が時々クリスティーナの研究室には顔を出していることは知っている。

 社交界とは縁の薄い伯爵家の三男にも第二王子とその婚約者が不仲である話は伝わっている。


 第二王子よりも学園長との方が仲が良いよな、と内心思っていることは学園長はもちろんのことクリスティーナにもまさか言えるわけがない。


 聞く気があるのかないのか、至極真面目な表情をしているクリスティーナを再度睨むように見つめて諦めたように頭をがくっとさせた。


「いいか、絶対に気を付けろよ。」

「はい、所長。必ず守るのではないかと思います。」

「・・・おい。」

「必ず、守ります。」

「その言葉、絶対に忘れないからな。じゃ、今から学園長に報告書提出するからそこの本を一緒に持ってきて。」

「わかりました。」


 研究所にいる大半の研究員は、実験用のローブを纏い、フードも被って研究所や外を歩く。その姿を見ると誰かはわからないが一発で研究員だとわかり、社交性の低い彼らはその方が話しかけられることもなく、大体の面倒事から免れることができると理解している。


 所長は上の立場の為に外ではフードを被らないが、クリスティーナは他の研究員同様に研究所の自室以外ではフードも被っている。


 所長が休暇に入るため、昨日から大量の書類が持ち込まれて徹夜でそれを処理していた。それらを全て持った所長と学園長から借りたらしい3冊の本を持ったクリスティーナは、学園長がいる研究所の2階へ向かう。


 本来ならば教員棟の学園長室にいるべきなのだが、学園にいる間の現学園長は研究所の2階にある学園長の私室にいることが多い。


 然程距離も無いのですぐに着く。

 いつもはクリスティーナが扉をノックするのだが、その行動に移ろうとする前に、いつもはいない扉の前にいた見覚えのある生徒が扉をノックし、所長がいらっしゃいましたと中に声をかけた。


 所長には頭を下げたがその後ろにいるクリスティーナには何の反応も無かったので、やはりここの研究員だと思われたらしい。あの顔はここの研究員がどんな人間か知っている顔だ。


「では、失礼します。」


 ここのローブはやっぱりいいな、とクリスティーナが思っていると中から青年が出てきた。


 所長が道を空けるように端に寄ったので、クリスティーナも同じように端に寄って頭を下げる。


「久しぶりですね。ヴォルグ所長。」


 聞き慣れた声が聞こえて、顔を俯かせたままクリスティーナはやはりと目を細める。


「お久しぶりです、ノア殿下。」


 普段の荒い言葉使いではない、貴族として外用の柔らかくて丁寧な声音がクリスティーナの頭上で聞こえた。


「珍しいですね。ノア殿下が研究所にいらっしゃるなんて。どうかされたのですか?」

「明日のパーティーのことで学園長に確認がありまして。」

「あー・・・・、でわざわざこちらにですか。申し訳ありません。本当なら学園長室にいるべきなのですが。」

「大丈夫です。そういう人だと昔から知ってますから。」

「そうですね。おかげで私の仕事が増えて困っておりますが。」


 その時、所長がちらっとクリスティーナに目線を動かしたのがわかった。

 その僅かな仕草を真正面にいるノアは見逃すはずもなかった。


「どうかしましたか?」


 ノアは所長の後ろにいる研究員を見る。

 植物命の研究員たちは昼夜問わず研究を続けているが、学園の敷地には一切入ってこない。むしろ、生徒が侵入しようものなら邪魔だから帰れというオーラを発して追い返す。


「いえ、何でもありませんよ。あ、すみませんがこれで失礼いたします。今年は実家から呼び出されて休暇を取ってるものですから。」

「ああ、そうでしたか。引き留めてしまってすみません。」


 再度深い礼をしてノアの前から2人は立ち去る。

 ノアから見られていることをクリスティーナは感じていたが、研究員はみんな同じローブを着ているからその中にクリスティーナがいるとは思わないこともわかっている。


「やあ!久しぶりだね!」


 部屋に入ると、学園長が満面の笑みで出迎えてくれた。


 知らず強張っていたクリスティーナの身体から力が抜けていき、思わず笑みが零れる。


 その後ろ姿を、閉まる扉の隙間からじっと見つめていたノアには気付いていなかった。






読んでくださってありがとうございます。

いつも更新が遅くて申し訳ありません。必ず完結させるので気長にお待ちいただければと思います。

年内にあと2回更新します。

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