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9.隣国の公爵令嬢

 


「待て!クリスティーナ!」



 ノアの制止が聞こえなかったのだろうか。いや、聞こえていても無視しただろう。

 食堂から走り去るクリスティーナの後ろ姿をエルヴィスは見送っていた。


 少し感情を揺らしただけであの過剰な反応。


 身の内にどれだけの想いを抱えて日々抑え込んでいるのか、同じような想いを抱いたことのないエルヴィスにはわからない。理解する必要すらもない。


 何故なら、彼女はクリスティーナではないのだから。

 クリスティーナだってエルヴィスに理解してほしくて、彼女の全てを話してくれたわけではない。少しだけ力になりたい、という思いも嘘ではないけれど、お互いに様々な事情と思いがあって行動していることを知っているから余計なことはしない。

 良い意味で無関心な3人の関係に、エルヴィスは居心地の良さを感じている。


 クリスティーナの姿が見えなくなって、再び席に着いたエルヴィスに問いかけたのはアルベルトだった。


「エルヴィス嬢、やはりクリスティーナ嬢とお知り合いなのでは?」


 次期国王として優秀なアルベルトは外交にも立ち合うことが多く、隣国でも自国の王太子と並んでその評判は良かった。


 誰もが一度はうっとりとするような笑みを彼はエルヴィスに向けていた。


 しかし、真実を話せと言わんばかりにその瞳は剣呑としている。


「さあ?殿下の仰るお知り合いがどの程度のものなのか存じ上げませんが、確かに先程までお話をしていたのだからお知り合いではありますね?」

「なるほど。時々貴女を見失ってしまうのです。どこにいらっしゃるのか聞いても?」

「あら?私は監視されてるの?怖いわね。自由に行動することすら出来ないなんて、私はそれほど信用されていないのね。」

「いいえ、仮にも公爵令嬢である貴女の身の安全を確保したいだけです。学園の守りは万全とはいえ、どんな守りにもどこかしら穴はあるものですから。」

「これほどの守りでしたらどこも大丈夫なのではないかしら?さるお方もいらっしゃっているのだから、警備に穴が出てきたらこの国の信用問題、そして一気に戦争へと持っていかれる可能性もありますわね。」

「・・・どなたの事を仰っているのかわかりませんね。」

「私もどなたの事を言ってるのかしら?糖分が不足していて頭が回らないわ。クリスティーナ様が頂いていたスコーンでも頂きましょう。」


 クリスティーナが頼んだスコーンは二種類の味があった。プレーン味とクリスティーナが美味しいと言っていたリンゴが入っているキャラメル風味。


 なるほど。

 このリンゴが入ったスコーン、美味しいわ。


 悠長にスコーンを口にするエルヴィスにアルベルトは内心で苛立ちを抑えていた。


 確かにクリスティーナと知り合いだと断定はできない。

 この公爵令嬢が見張りから姿を消すことは時々あるが、同じようにアルベルトたちの方もクリスティーナの居場所を知らないので2人が会っているという報告を聞いたことはない。

 先程も、食堂前の廊下で2人が居合わせたらしい。互いに驚いて、挨拶をして、相手が誰なのかわかって、じゃあ一緒にお茶をしましょうということになったと。


 エルヴィスは断言はしなかったが、さるお方がいらっしゃると言ったからには、西の国の王女のことを言っている可能性は高い。

 王女のことは非公式で、クリスティーナにも公爵令嬢にも伝えてはいない。この学園で知っているのは、アルベルトとノア、エリザベスと学園長と護衛を担当する者たちだけ。

 何処から情報が漏れたのか。


「大丈夫ですよ?私はこの学園に留学に来ただけ。大人しく過ごして、しばらくすれば帰りますから。」


 アルベルトの考えを読み取ったかのようにエルヴィスは口角を上げて微笑みながら言った。


「その言葉は本当に信用しても?」

「いえ、貴方との間に信用するに値する関係なんてありませんからどちらでも構いませんわ。ただ、私も他国で問題を起こすほど愚か者ではないので。」


 エルヴィスはアルベルトと目を合わせる。

 数秒見つめ合って、さっと逸らしたのはアルベルトの方だ。


「クリスティーナ嬢が普段、どこにいるのか知っているのですか?」

「私は先程初めて口を利いたと言ったと思うのだけど、殿下にはどういった意味で伝わったのかわかりかねますわね。でも、おかしいわね。婚約者なのでしょう?ノア殿下は当然、ご存知のはずでは?」


 それまで呆然としていたノアがはっと我に返る。

 振り返ってエルヴィスを見るも、彼女はあまり表情の見えない顔で紅茶を飲んでいた。


「ああ、でも、・・・そうでしたね。不仲なんですってね。クリスティーナ様からの過剰な愛、でしたか?ノア殿下は彼女のことをお嫌いだとか。でしたら、知らなくていいことは知りませんわね。」

「・・・どういう意味だ。」


 ノアの苛立ちを含んだ鋭い目がエルヴィスを見据える。


 この2人の王子たちには、学園初日にサロンに案内されてエリザベスと共に紹介を受けた。ノアに向けて婚約者様はいらっしゃらないのですか?と聞けば、申し訳ないが都合が悪いらしいと嘘の説明も受けた。


「ノア殿下はクリスティーナ様を侮っていらっしゃるのね。」


 あまり個人の感情をださないようにしていたエルヴィスにとっては意外な言葉が口から漏れてしまった。


 ノアに対してはっきりと軽蔑の意味を込めて言ってしまった言葉は、そのまま相手にも伝わってしまった。

 これでは知り合いどころか、親しい間柄だと自爆したようなものである。


 ・・・クリスティーナが結構好きなんだわ。

 少なくとも他の存在よりは。


 エルヴィスの真意をはっきり汲み取った2人の王子はちらりと顔を見合わせ、口を開いたのはノアだ。


「クリスティーナの自業自得だ。」

「では、今の状況もノア殿下の自業自得なのではなくて?あまり良い感情を持っていないと伺いましたわ。どうして気になさるのですか?」

「婚約者が講義に出ていないと聞けば不安にもなるだろう。」

「ご自分の評価にも繋がりますものね。」

「彼女には、第二王子の婚約者として責務がある。」


 わからないのか、この男は。

 クリスティーナがまさか無断で講義を欠席しているとでも思っているのだろうか。それが王族でもある婚約者に今まで伝わっていなかったとでも?


「クリスティーナ侯爵令嬢は学園に通っていらっしゃるのでしょ。しかも、この学園の経営には王族に連なる方が関係しているということも周知のことですわ。」

「・・・3ヶ月もどの講義も受けてないとすれば、上には連絡がいく。」


 エルヴィスの言葉の続きを呟いたのはアルベルトだった。どうやら、何を言いたいのかわかってくれたらしい。


 エルヴィスは立ち上がって礼をした。


「それでは、これで失礼いたしますわ。あと少ししかこの学園にいられないのですもの。この国の文化について勉強して参ります。」


 余計なことを言ったのかもしれなかった。

 いや、実際にクリスティーナにとっては余計なことの1つだろう。

 お互いにお互いの事情に踏み込んでこないのが良かったのに。まさか自分から踏み込んでいくなんて。


 けれど、今のクリスティーナを知るエルヴィスにとっては、少しくらい、彼女の想いが報われてほしいと思ってしまったのだから仕方ない。


 少しの余計なお世話くらい許してほしいものだ。







 西の国の王女と同じ時期に留学することになったことは、エルヴィスにとっては本当に偶然だった。


 一国の王女と公爵令嬢では価値が異なり、エルヴィスに影ながら護衛もとい監視が付くのはエルヴィスに何かあってはというよりも王女に危害を加えないようにとの意思の方が強いだろう。


 面倒だとは思ったが、エルヴィスにも事情があるために監視を利用させてもらっていた。その監視の様子が自国に伝わっていることも知っていたから、時々それを撒くこともあるけれど。


 そんな時に出会ったのが、第二王子の幻の婚約者クリスティーナだった。


 何を信用されたのか、クリスティーナは全てをエルヴィスに話してくれた。いや、しつこく聞いたのはエルヴィスの方だが、まさか予想の範囲を優に超えた物語のような話が返ってくるとは思わなかったのだ。

 普段は勘などという不確かなものをエルヴィスは信じたりしない。しかし、彼女と話した時間に感じた心地好さは、今まで感じたことのないもので大切にしたいなと思ってしまった。

 彼女の話から、前に探った時に知ったものでなんとなく同じような過去だと思った彼女は、生徒の振りをしている王女に近付いてある質問をしたら予想通りの反応をされた。

 王女にはたくさんの護衛がそれとなく着いていたが、王女の持つ秘密のためにそれらを撒くことは簡単だった。


 そして、エルヴィスはクリスティーナとアンジェリカを引き合わせることに成功したのである。


 彼女たちの体験はエルヴィスにとって衝撃的であり、そんなことが本当にあるのかと疑ってもいいようなものでもあったが身近に二人もおり、なにより話す内容が新鮮で興味深かった。個人の感情を必要としないエルヴィスの心に、初めて確かに”クリスティーナ”と”アンジェリカ”として存在した。



 エルヴィスは立ち止まり、ゆっくりと深呼吸をして、ちらりと周囲の気配を探る。


 食堂での邂逅から5日後。

 寮に帰ったと見せかけて、エルヴィスは正門とは別の出口からクリスティーナのいる研究所へ向かっていた。


 たまにしかいない学園長に代わって実質研究所を取り締まっているのは、ある伯爵家の三男である研究所所長だ。その所長の隣の部屋にクリスティーナ専用の研究室がある。


 実験中の札が掛けられている扉をノックして反応はないけれど勝手に入る。いつものことだ。


 クリスティーナは研究用のローブを身に纏い、ある植物の研究に没頭していた。元から一つのことに熱中しやすい体質だと言われて、へぇととぼけた返事をした時は笑われた。


『わかるでしょ?』


 どの事を指していたのか、明言はしなかったけれども。


 エルヴィスは暇潰しと息抜きにクリスティーナの研究室を訪れることはあっても、何を研究しているのかは知らない。そもそもエルヴィスの目的は、この部屋にある専門的な本と居心地の良い空間だ。学園の書庫よりもここには詳しい内容が書かれているものがあるし、誰の目も気にせずに時間を過ごすことができる。


 食堂での事件のあと、クリスティーナには恨みがましい目で見られたが、まあ別にいいけどとあっさり許された。

 やはり未来は変わらないと確信しているらしい。


 この後、アンジェリカも来ると連絡があった。・・・魔石は本当に便利だと実感してしまう。


 所長に感化されてしまったのか、実験をしている最中のクリスティーナの部屋は書類や実験道具で溢れていて汚い。そのため、エルヴィスは片付けをしつつ、お茶の用意をするという作業をここ数回重ねている。


 今回も机の上を片付けていると見慣れない黒い実を発見し、クリスティーナに確認しようとしたが実験に熱中していて困難であると判断し、一纏めにして別の場所に移動させた。


「お待たせ!」


 クリスティーナとエルヴィスよりも歳上で王女という身分であるはずなのだが、アンジェリカは随分と元気がいい。


 ノックもせずに開いた扉から元気の良い明るい声が響き、やっとクリスティーナも部屋の気配に気付いて顔を上げた。





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