第1話、無感動な転生
―スーパーマンか何かになった気分だった。
相手の動きは遅いし、こっちがちょっとこづけば面白いように吹っ飛んでいく。
確信した。
俺は強い、いや正確にはこの世界では俺は強い。
最高だ。
異世界でなら、俺は人生をやり直せる。
それもやり直す人生はバラ色確定だ!!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
水樹 鋼真は自分の置かれている状況が上手くつかめていなかった。
もちろん視覚情報だけを信頼するならば、これがアニメやラノベでよく見るシチュエーションだということが理解できる。
だがしかし、人間は自身の脳の許容量を越える事態に陥ると、えてして頭の中が真っ白になるものである。
「だってお前、まさか自分が異世界転生するなんて思わないじゃん…」
猫耳生やした獣人やら、全身鱗のリザードマン、そしてもちろん人間も。
ごった煮になっている広場の真ん中で、スウェット姿の少年は呟いた。
「よし、落ち着け俺、素数を数えるんだ、12345678…」
自然数を数えながら、コウマはブツブツと独り言ちる。
中学生の時に
『それ気持ち悪いからやめた方がいいよ』
とクラスの女子に指摘された、彼のテンパった時の癖である。
20くらいまで数えてから、コウマは周りの視線が自分に向いていることに気づいた。
当然だろう。
姿形は様々な(コウマから見た)異世界の住人たちだが、服装は鎧やマント、中世然とした衣装である。
そんな中で「スウェット」姿で独り言を言っている奴が目立たないはずがなかった。
「ゥェへへぇへ…」
日本人特有の困った時の半端な笑みに、気味の悪い笑い声を加え、スウェット少年は人気のない路地裏に走っていく。
(どーしよどーすんだどーなるんだこれ!?)
内心の焦りをかろうじて抑え、人や亜人にぶつかりそうになりながらも、どうにか裏道に入ったコウマは、崩れるように壁に寄りかかりながら座り込んだ。
「まいった、まーじでまいった。どうしてこうなった!?」
水樹 鋼真、16歳。
中背中肉平々凡々、どこにでもいる社会不適合候補の高校生だ。
30分ほど前まで彼は、明日から再び始まる5日間毎日約7時間教育という名の元に正当化された精神および肉体への負担を強いる軟禁施設(つまり高校)での生活を憂鬱に思い、食卓で聞かされるであろう親の小言を考えさらに憂鬱になっていた。
勉強をすべて投げ出し、ネットと動画を漁るだけで一生食っていけないかと馬鹿な妄想をしながら、近くのスーパーで買った夜食用のポテチとコーラを片手に家路についていたのだ。
「ホントに一瞬だったな…」
鬱加減が限界突破をし、目をつむって深いため息を吐き出した次の瞬間には、もう先ほどの広間にいた。
あまりに唐突で感動もへったくれもない異世界への召喚のされ方を思い出し、コウマはまたも深くため息をつく。
「それにしたってハードモードすぎんだろ。こういうときって可愛い召喚主が側にいたり、きれいな女神様に導かれたりするもんじゃねーのかよ!」
昔読んだライトノベルや最近はまっているアニメとの乖離に、少年は思わず声が大きくなる。
そもそもなぜ自分がこの世界に呼ばれたのか、呼んだのは誰で、そいつはどこにいるのか。
その前に自分は今日どこで寝ればいいのか。
というか言葉は通じるのか―
様々な不安が頭の中を駆け巡る。
嫌な妄想が一気に膨らみ、最悪の結末も想像してしまう。
「死にたくねえ…」
消え入りそうなほどの情けない声で、コウマは心からの言葉を漏らした。
少し前まで顔をできるだけ合わせたくないと思っていた両親が、急に恋しくなってしまう。
言葉を交わす相手がほとんどない学校も、この世界から抜け出せるなら毎日8時間通ってやってもいい。
それほど今の彼は元いた世界に還りたいと願っていた。
(まあでもこうなっちまったもんはしゃーない、とりあえずなるようになんだろ)
ふっ、と短い息をはき、コウマは立ち上がった。
危険性は未知数だが、このままうずくまっていても事態は好転しない。
むしろ人の目がほとんどないここのほうが危険というものだろう。
「とりあえずは言葉が通じるかどうかを確かめねえとな…」
彼は数少ない長所である素早い気持ちの切り替えを行うと(能天気とか深く考えない鳥頭ともいう)、元来た道を引き返し、人や亜人の中に紛れて行った。
初投稿です。見切り発車ですがよろしくお願い申し上げます。