月夜のお話。
お見舞い回
「………ん……ここ……は……?」
「あ、起きた!」
荒廃した場所の中にポツリと立っている状態の王城のとある一室のベッドの上でアリアは目覚めた。
それに気づいた梓はアリアが生きていた喜びからか勢いよくアリアに抱きついた。
「アズサ……痛いよ……」
思いのほか強く抱きしめられたアリアは弱くそう言うがその時の表情は安堵感に満ちていた。梓はアリアが死んだのかと思っていたらしくその反動もあってか大泣きしていた。
「うえぇぇぇ………グズっ……生きてたぁ……! アリア先輩生きてたあぁ……!」
「大袈裟だなぁ……そう簡単に死なないよ」
アリアは自分の胸の中で泣きじゃくる梓を優しく撫でた、見ると傍には梓だけではなく、この場にいない響以外の全員がアリアを囲んで見守っていた。
「起きたか。目覚めはどうだ?」
リナリアが腕を組みながらアリアに尋ねる、いつもと変わらず表情に変化はないが僅かに心配している様子だった。アリアは「ぐっすり眠れたみたいだよ」と若干の自虐を交えて答えていた。
それに次いでマリア、影山、と、各々心配した様子でアリアに話しかけアリアは一人ずつ答えていく。
そんな中一人だけ心の底から申し訳なさそうな顔で話しかける者がいた。
ハーメルンに操られ、アリアを容赦なく切った人物。
グリムだ。
「アリア」
グリムは低い声でアリアに話しかけるとその場で深々と頭を下げた。
「申し訳ないっ! 勇者ともあろうものが、民を命の危険に晒すなどという本来あってはならないことをしてしまった!」
「別に気にしてませんよ。こうやって生きてることですし」
「……しかし私は君を死ぬ一歩手前の状態まで追い込んでしまった。あの少年が魔法を施さなければもしかしたら――――」
「いいんですって。今こうして無事なら僕は満足なんです」
それでも食い下がるグリムにアリアは一つこう提案した。
今回のことはグリムがアリアに一つ借りを作ったということにして、今後もしアリアがピンチになったりしたら手助けをしてもらうということで丸く収めた。というか無理やり収めた。
アリアは梓に「ヒビキ君は何処だい?」と聞き、梓がグラキエスたちと一緒にハーメルンたちを騎士団の本部へと運んだということを聞き、アリアは戦いが終わったことを実感する。
それからアリアは言葉には出さずに椿との会話をおぼろげに思い出していた、会話の中で響の名前が出てきたことから頭の中は今椿と響は何を話したのかという疑問ともう一つ。ある考えがアリアの頭の中を駆け巡っていた。
そのもう一つとは、
「(やっばい……意識したら余計に恥ずかしくなってきた………)」
アリアが自分はもう死ぬだろうと思い響に頼んだアレである。
正直なところあそこで自分は死ぬと思っていたものだからまさか生きているとはアリア自身想定していなかったのである。
それが何ということだろう。生きているだけではなく切られたはずの傷すらも完全に完治されているではないか。体力的にはもう少し回復するまで安静状態ではあるが外傷はもうほとんどないと言っても過言ではない。
そして今この場に響はいない。
つまりどういうことかと言えば、もしこの場に響がいたのであれば早くにあの時のことを誰にも言わないようにこっそりという機会があったかも知れないだろう。
だがところがどっこい、あの時のアリアのアレの話は響が戻ってくるまでずっと記憶の中でグルグルしている状態にあり、響がいつ帰ってくるかもわからないため変にタイミングを逃してしまうと後々言いづらくなってしまうのだ。
いくらアリアとはいえ根っこは普通の年頃の女の子である、それがあんな体験を思い出した暁には一体どうなるか。
答えは簡単。
「アリア、少し顔が赤いみたいだけど大丈夫?」
ごくごく単純に赤面する、それだけである。
「え、ああ大丈夫だ」
「そう……? 暑かったら窓開けるから言ってね」
「ありがとう、ヴィラさん」
完全な不意打ちで訪れたヴィラからの質問にアリアは若干言葉が詰まりながらもどうにか平静を保つ。
その後今日は全員このまま王城に泊まることになり部屋はアリアの寝ているこの部屋が大部屋ということもあって部屋替えはない。
もしアリアの身に何か起こっても何か対処できるし問題はないだろう。
そして日も落ちてきた夕刻、ようやく響が戻ってきた。
響は一仕事終えた後のような顔をしており仕事帰りのサラリーマンのようでもあった。響の帰還に他の面子が口々に「おかえり」と言ってくるので響も「ただいま」と返した。
響はアリアの元に近づくと体調の心配をした、実際魔法を使って回復させたとはいえ王城で容体が急変したとあったらどうしようかと騎士団の本部にいる間ずっと心配していたのである。
「心配かけたみたいだね。僕はもう大丈夫だよ、ヒビキ君が魔法をかけてくれたからね」
アリアはそう言って心配する響に笑いながら答える、響はその反応を見て「いつもの先輩だ」と直感的に思う。
「どころで、どうしてそんなに疲れているんだ?」
「あぁ……まぁちょっと。グラキエスさんと交渉してきたもので」
「交渉?」
「その話はまた後でします。どうせまた明日行かなきゃなりませんし」
その一方で二人のやり取りを神妙な顔つきで見ていたものが一人、梓がぷくーっと頬を膨らませて二人のやり取りを見ていたのである。
「どした? 梓」
「なんかいい雰囲気ですなぁお二人ともぉ!?」
「気のせいだよ、そんなんじゃないさ」
そう響とアリアは言うがどうにも納得いっていない様子の梓。
すると梓はおもむろに響の腕を両手でがばっと掴み頬を膨らませながらアリアに「響は私のですからね! 先輩でも一番の座は譲りませんから!」と声高に宣言していた。
梓はその後すぐに顔を真っ赤にしながら風に当たってくると言って部屋を飛び出してしまった。
しばらくして梓が戻ってくるとアリアは揶揄うように梓に「じゃあ二番目は貰っていいのかな?」とわざとらしく質問すると梓は言葉に詰まった様子で黙ってしまった。
すると梓はしばらく考えた後、アリアに「まぁ……響が良いなら?」と若干疑問形で答えていた。
時間も流れ、日が闇に喰われたように暗くなった夜。
王城での豪華な料理を堪能した響たちは疲れからか泥のように眠り、静まった頃。
響は夜中に目が覚めてしまったため、フォートレス家の時と同様少し王城の中を歩くことにした。程なく歩くと国王が演説をしていたテラスが見えたため風に辺りにそこへ行こうかと思って足を運んだがよく見ると人影が見えた。
「………ん? おや、ヒビキ君じゃないか。こんな時間にどうしたんだい?」
そこにはアリアが立っていた。所々に包帯を巻いた状態の彼女は病み上がりの状態ながら二本の足で立って手すりに体重を乗せていた。
「先輩こそ。大丈夫なんですか? 安静にしてなくて」
「うん、もう大丈夫。今日一日中ベッドの上だったからね、なんだか体が鈍っちゃって」
「そうですか、でも無事でよかったです。本当に」
響はアリアの隣に行き、共に星空を眺めた。
この日もフォートレス家の時と同様、月が出ており爛々と輝いていた。あの時は響の体がまだ小さかったが今はリナリアの強化のおかげでアリアと肩を並べるどころかアリアの背丈を追い抜かしていた。アリアも女子の中では身長はある方なのだろうがやはり男子である響には敵わない。
「あ、そうそう」
そんな時、アリアがわざとらしくそう言って響の注意を引く。
そのままアリアは精神空間で椿と出会ったことを話すと響は信じられないことを聞いたようなリアクションをした、アリアはそのヒビキの反応を見てクスクスと笑っていた。恐らく狙い以上の反応だったのだろう。
それから二人は十数分ほど談笑し、そろそろ戻ろうかと思った時に少し先を歩いてたアリアがまた「あ、そうだ!」と言ってくるりと響の方に振り返り両手を後ろに組んでこう続けた。
「夕方さ、僕たちが話しててアズサがやきもち焼いたの覚えてるかい?」
「ええ、そりゃ覚えてますけど」
「あの時アズサさぁ……『一番の座は譲らない!』って言ってたろ」
「言ってましたけど……なんですか、勿体ぶって」
「ふふっ………てことはさぁ……?」
そう言ってアリアは響に近づいて自分より背の高いに今の響の口元に自分の口元が振れるかもしれないという距離まで両手を後ろに組んだまま背伸びした。
そして、
「二番目の座だったら僕が奪ってもいいってことだよね? ヒビキ君?」
悪戯っぽい笑みを浮かべていつになく妖艶にそう響に言うアリア。
響はその質問に対して「え……や、あの……その……」と嗚咽に近い反応しか出来なかった。
「ふふっ、珍しいね。そうやって照れるのは」
またしてもクスクスと悪戯に笑うアリア。
同い年の梓の時とはまた違った胸のざわめきが響を襲う。
「それじゃあ僕は戻るけど、どうする?」
「あ……戻ります」
そして二人は一緒に部屋まで戻りアリアはベッド、響は床に敷かれた布団で寝るためお互いの場所に戻ると、アリアが寝る前に響に小声で耳打ちした。
「さっきの話、結構本気だからね? 僕」
その囁きを聞いて耳を手で覆って暗闇の中顔を紅潮させる響、それがアリアに見えていたのかどうかは分からないがアリアはベッドに入り、口パクで「おやすみ」と言って布団をかぶってスヤスヤと寝てしまった。
その翌朝、響が寝不足だったのは言うまでもない。
そしてアリアが実は内心緊張で心臓の鼓動が大きくなっていたのを彼女以外知らなかった。
大胆な告白は女の子の特権




