胡蝶の夢
一人称視点。
さて今度は誰でしょう。
ん……意識がはっきりしてきたかな。
やれやれ、僕としたことが。ほんっとにらしくないことをした、今わの際にあんなことまで口走っちゃったしなぁ。
あー、今頃になって恥ずかしくなってきた。あの時ヒビキ君どう思ったんだろうな、心残りがあるとしたらそれくらいだけどまぁキスしてもらったしいいか。
んふふっ。やばいね、にやけてきた。
さて、次に目を開けたらきっとお花畑でも広がっているのかな? それとも別の世界とか? ま、先に行ってのんびりヒビキ君たちを待つことにするかな。
僕自ら盛大に出迎えてやるか。時間はたっぷりあるからね。
さようなら……みんな……。
「お主がヒビキの言っておった『先輩』とやらか?」
その声に気付いた時、僕は真っ白い空間に立っていた。
「ここは……」
「お、よしよし。上手くいったの」
僕は背後から聞こえた声のする方へと振り向いた、そこには見たことない赤と黒の衣服を着ている小柄な黒髪長髪の女の子が立っていた。
「君は?」
「妾か? 妾の名は椿じゃ。お主の名前は?」
「僕はアリア・ノーデンスだ」
「男か?」
「いいや女だ」
「ほぉ、女なのに『僕』とは面妖じゃの」
「ほっといてくれ」
なんだこの子は。
見た目は小さいのに言い回しが古風というかなんというか、よく分からないな。
それにしても、ここは一体どこなんだ? それにさっき「ヒビキの言ってた」って言ってたよな、ということはヒビキ君の知り合いか……?
「ここは何処なんだ?」
「ほほほ、あやつと同じことを聞くのぅ。そう急かすものでないぞ」
「あやつ……?」
「ヒビキという少年じゃ」
「そのヒビキというのは、ヒビキ・アルバレストという少年ですか?」
「なんじゃお主、知っておったのか」
やっぱりヒビキ君のことだったのか。ということはヒビキ君もここに来た可能性が高いということ、なのか? いずれにしても聞いてみた方が早いだろう。
「ヒビキ君とはどういった関係だ?」
「そうじゃのぅ……言うならば教え子じゃな」
「教え子?」
「まぁそんなことはどうでもいいんじゃ。それよりお主はヒビキから先輩と呼ばれておるか?」
「あ、ああ。確かにそう呼ばれているが……」
「ならよしじゃ。時間がないから妾の方から一方的に話をする、よく聞いておれ」
そう言ってその椿と名乗った女の子は僕に話を始めた。
椿曰く、ここは僕の精神空間。つまりは心の中だと言う。
この時点で少し混乱してくるが、今はあまり考えない方がいいだろう。ともかく、どうやらここはあの世ではないらしい。
そしてなぜ彼女がヒビキ君と知り合いなのかということだが、どうやらヒビキ君は僕が瀕死状態に陥ったことでかなり怒ったらしく、その感情に飲み込まれそうになった時にここに来たということみたいだ。
そして紆余曲折合って彼は「禁術」を扱えるような体になった、らしいのだが、正直よく分からない。
「それで僕はこれからどうなるんだ? あの世じゃないなら、僕も禁術を扱えるようになるのか?」
「すまんがそれをすることは今は出来んのじゃ。今妾がすることは、お主を生き返らせることくらいじゃ、正確にはお主は未だ死んでおらんが」
「死んで無いのか、あの傷で」
「大方、ヒビキが魔法を使ったんじゃろ。しかも瀕死の状態の人間を生き返らせるなんてのは並大抵の魔法じゃあない。禁術の一種じゃろうな」
ヒビキ君が……僕を………そうか。
「何をにやけておるのじゃ? アリア」
「いや、何でもないよ」
顔に出ていたか、そうか。出ちゃってたか。
「ともかく、お主は今ちゃんと生きておるから安心してよい。もうじき目覚めるじゃろう」
「分かった。なら最後に一つだけ聞いておきたいんだが」
「なんじゃ?」
「君は一体何者なんだ。禁術を扱えるようにしたり、人の心の中に入ったり」
僕の質問を聞いて、椿はケラケラと笑った。
「何かおかしかったか?」
「いや、そういう訳ではないぞ」
ならなんだというのだろうか。
そんな僕の疑問など気にもしない様子で椿はカランとこれまた見たことのない履物の音を鳴らせる。
そして椿は小さな手を自身の胸にあてて堂々と言った。
「妾は椿! 種族は神族! よぉく覚えておけい!」
なるほど、神族。神族か。
それなら仕方ないな。てっきり神族なんてのは実在しないものだと思っていたが、どうやら違ったみたいだ。
視界が段々と白くなっていく。眩い光に包まれ、僕は思わず目を瞑ってしまった。
恐らく現実の世界へと戻るのだろう。直感的に僕はそう思った。
意識が遠のく中、椿の声が聞こえた。
「今度はそちらの世界で会おうぞ、アリア。ヒビキと一緒にの」
次に僕が目を覚ましたのは、心底心配そうな顔のアズサたちに見守られているベッドの上だった。
胡蝶の夢
【意味】現実と夢の区別がつかない状況。または、その区別をつけない境地を喩えた言葉。




