神族のお話。
一人称視点。
誰の視点なのかは分かると思います
先輩が、動かなくなった。
それだけのことで俺は頭が真っ白になった。
だがまだ死んだと決まったわけではない、俺はアリア先輩の胸部に手の平を置き心臓の鼓動を確認した。微かだが心臓の動く音が手の平から伝わってくる。そのまま俺は顔を先輩の口元に近づける。どうやら浅いが呼吸もしている。
生きている。アリア先輩はまだ、生きている。
その事実だけで俺は全てから解放されたような安堵感と多幸感に包まれ、大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。涙が俺の頬を伝い、先輩の顔へと落ちた。
ちょうど目じりに落ちたことで、アリア先輩が泣いているようにも見える。
だがそれと同時に、自分でも抑えることのできないドス黒い感情が一気に湧き上がってきた。
それが何なのかは分かる。
先輩をこんな目に合わせたグリムへのもの、いや、グリムを操り先輩をこんな状態に陥れたハーメルンへ向けられたものだった。
その感情の正体がなんなのか俺はすぐに気づいた。
殺意だ。明確な、決して赦されることのない事実へと向けられた純粋な殺意だ。
「殺してやる……」
自分でも気づかぬうちに口から出た言葉、今の俺が思っている心からの本音。
ドス黒い感情がとめどなく沸き上がり、視界を真っ暗に覆い尽くすほど俺の全てを満たしたその時、一つの声が聞こえた。
「目を覚ませ、阿呆」
俺はその声が聞こえた瞬間、何かから目覚めたかのようにハッとした。
そして俺は、真っ白な何もないただの空間にいた。
先ほどまで、荒れ地となっていた王城の周りでハーメルンたちと戦い、アリア先輩の手を握っていたというのに。
混乱していると、後ろから「カラン……」と乾いた音が聞こえた。
恐る恐る振り向くと、そこには赤と黒の着物を着た小学生くらいの身長の黒髪長髪の女の子が立っていた。
その女の子は花魁の人が履くような高下駄を歩くたびにカランカランと鳴らしながら近づいてくる、ただでさえ混乱している状況なのにそれに追い打ちをかけるような出来事が起こったせいで俺の思考は完全に落ち着きを無くす。
俺はその小柄な女の子が近づいてきた時、反射的に後ろへと後ずさりしてしまった。
「おーおー、そう怖がるものではないぞ少年。何も取って食おうなどとは思っておらん、安心せい」
着物の袖を口元にあて、愉快そうにケタケタと笑うその女の子。俺はもう何が何だかわからなかった。
「誰だお前……? ていうかここは何処だ?」
「まぁ待て待て、そういっぺんに質問されても困るわい。ちゃぁんと順番を追って話すから少し落ち着け。そうじゃのう、まずは茶でも飲んでゆっくりと―――」
「そうだ……先輩は……。梓たちのところにもいかなきゃ――――」
女の子の話もどこ吹く風で俺はさっきまでの状況を思い出しどうにかして戻ろうと立ち上がって歩きだそうとした。
その時、カランという乾いた音とともに、袖を引っ張られているような感覚があった。振り向くとそこには先ほどの女の子が俺のことを上目遣いで見ながら右手の袖を少しだけ引っ張っていた。
「落ち着けと言うとるじゃろ。とりあえず座れ、首が痛い」
「あ、ああ……」
確かに、混乱している今の状態で何か行動を起こそうとしてもろくなことにならないだろう。
俺はその女の子の言葉に従ってゆっくりと座ることにした。その際腰を下ろすために床に手をつくと何か柔らかい感触があった。
「座布団?」
「んぉ? 知っておるのか少年」
「まぁ……そりゃ……」
「なら話は早い。ほれ、茶じゃ」
座布団に座るとどこからともなくちゃぶ台が現れその上に、どこから取り出したのかお茶の入った湯呑が置かれた。
「まずは飲め、話はそれからじゃ」
女の子はそう言うと「どっこらせ」とおばあちゃんのような言葉を漏らしながら湯呑をもってお茶を啜る。俺は恐る恐る湯呑を持ちお茶を口元に当て、ズズ……と啜った。
「……美味い」
ごくごく普通の日本茶だった。適温の日本茶は疲れ切っていた体に染み渡り心を落ち着かせた。
「ほほほ、そうじゃろそうじゃろ。妾のお気に入りじゃて」
俺の感想が嬉しかったのかさっきよりも楽しそうに笑う女の子はもう一度お茶を啜り「ふぅ……」と息を吐きながら俺の方を見た。
「さてっと……本題に入ろうかのぅ」
そう言って女の子はコトリと湯呑をちゃぶ台に置いた。
「まずはお主の質問に答えようかの、何から聞きたい。何でも良いぞ?」
「……ここは何処だ、お前は誰だ、そして何が起こっている」
「ふむふむ、よし分かった。順番に答えてやろう」
そう言って女の子はコホンと可愛らしく咳払いをしてお茶を一口啜った。
本当にお茶好きだな、この子。
「まずここはお主自身の精神の中、とでも言おうかの」
「は?」
「お主は今ここに来る前に、変な感情に包まれたじゃろ。黒い感情じゃ」
「……ああ、そうだ。自分でも分かるくらいの殺意に襲われた」
俺は包み隠さず、あの時の感情について話した。先輩が瀕死状態になったという受け入れがたい現実に直面した俺は、ハーメルンを心から恨み、殺したいほどに憎んだのだ。
「そうじゃろうそうじゃろう。この空間はの、ああいう憎しみの感情というが湧きあがり過ぎて臨界点に達した時に必ず訪れる場所じゃ」
「あー……つまり?」
「お主が起こる、怒りが臨界点に達する、そしたらここに来るっていうことじゃ」
「なるほど」
「もうちと詳しく言うとじゃの、怒りとか憎しみの感情っていうのはかなり厄介で危険なんじゃ。中でも殺意というのは増幅しすぎるとそういう感情に支配されてしまうのじゃ」
「それで? それがどうしてここに来ることと繋がるんだ」
「うむ、まぁ端的に言えば運が良かったということじゃな」
「運が良かった?」
「………そうじゃの、その話をする前に妾のことについて話しておいた良いかもしれんな」
そう言って女の子は何口目なのか分からないがまたしてもお茶を啜って喉を潤す。俺も少しお茶を飲み一旦今の話を整理した。
今、俺が置かれている状況は殺意の感情が自分を包み込み、下駄の音に気が付くと謎の白い空間にいるということだ。そしてこの空間はどうやら殺意や怒りの感情が臨界点に達した時に運が良ければ訪れることのできる場所、ということらしい。
「それで、お前のことっていうのは?」
「まぁまずは自己紹介からじゃの」
そう言って女の子は、高下駄のカランという音を鳴らしながら立ち上がった。
「妾の名は椿。種族は神族じゃ、よろしく頼むぞ少年」
のじゃロリ登場!




