Thank you,the one I loved.And good bye.
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長いので時間のある時にお読みください。
「みんな逃げろ……頼むからっ……!」
一心不乱にグリムがアロンダイトを握りしめながら響たちを襲う。
その時のグリムの顔は得も言われぬ悲壮感に満ちていた。
響たちは攻撃してくるグリムに対して回避行動や受け流しといった行動をとり、決して戦おうとはしなかった。理由は単純に勝てないからでもあるのだが、もしかしたらハーメルンの能力を解除できたりするかもしれないと思ったから、もう一度「聖釘」をグリムに打ち込むことが出来れば魔法を無力化することが出来るからだ。
だがしかし、現実はそう甘くはない。
操れらているとはいえ実力は勇者としての性能をそのまま持っているため一撃一撃が速く的確であるのだ、その上アロンダイトには上級魔法以下の攻撃を無効化するという能力が備わっているため生半可な攻撃ではそもそも傷を与えることすら叶わない。
上級魔法のその上、緋級魔法以上の攻撃となると魔力の消費量も増え難易度も上がるためそう何度も簡単に出せるものではない。
アリアが先ほどグランに使った「聖釘」は緋級魔法のその上、壊級魔法であるためよほどのことがない限り連発できない切り札に位置するほどの魔法である。
その壊級魔法をついさっき使ったばかりのアリアはあまり見せないようにはしているが明らかにいつもより動きが遅い、それに二人で魔法を使ったマリアとセリアも体力の消耗が激しい。押し切られるのも時間の問題だろう。それに今はグリムだけを動かしているがハーメルンがいつ参戦するかも分からないこの状況ではそう易々と大技を使うわけにはいかないのだ。
今は響と梓と影山の三人が自分自身に緋級防御魔法をかけながら適度に距離を取りながらの中距離戦闘を行っている。リナリアに強化されていなければ今頃あっさりと殺されていたことなのだろうが、強化された今ではようやく互角以上の戦いをしているのだがやはりアロンダイトの能力が厄介である。
三人が攻めあぐねている中、ずっと近接戦ばかりだった梓が疲れからか攻撃と回避のタイミングを崩し危うく切られそうになる、そして響がその隙をカバーしに行ったところで今まで保っていた均衡が崩れ去り一気に不利になる。響は梓ごと転移魔法で回避しようにも緋級魔法を回避代わりに使うのは中々にキツく珍しく魔法の発動を失敗させる。
「響ぃ! 避けろ!」
「しま……っ!」
気づいた時にはすでにグリムが目の前でアロンダイトを握り直して上段に構えていた。
「くそ………抗えない……」
グリムが漏らしたその言葉は確かに響と梓に聞こえていた、悲痛なその言葉は彼女が流した涙とともにポツリと落ち、その凶刃が今まさに振り下ろされんとしていた。
その時だった。目の前でグリムが横に吹き飛んだのだ。
何が起こったのか分からなかった。急にグリムが横に吹き飛び響と梓にアロンダイトが振り下ろされることがなかったということだけは飲み込めたのだが、一体誰がやったのかがすぐに分からないでいた。
グリムがいた場所、その背後には両手両足に黒い鎧を纏い、これまた黒い武骨な一振りの刀を手にしている人物が立っていた。
かつて見たその姿を思い出した響が言うよりも早く、その人物が響と梓に手を差し伸べこう言った。
「大丈夫か? 二人とも」
魔導学院生徒会長、【神童】フラン・ヘルヴォールがそこに立っていた。
「フランさん!」
「すまない、遅くなった」
「来てくれたんですか」
「緊急事態だからね、みんなももう来るはずだよ」
「みんな……?」
フランが首を向けた方向を見ると、続々と十数人の増援が来ていた。
そしてその全てが見知った人物たちだった。
「響! 無事か!?」
「賢介!」
最初に到着したのは響たちと同じ転生組の賢介・凪沙・智香・絵美里・琴葉の四人だった。
増援が増えたことにより早めに片づけた方が良いと判断したのかハーメルンがついに動く。狙いは響たちではなく体力を消耗しているアリアたちの方だった。
その中でも一番厄介だと思われるアリアを消すため、ハーメルンの右腕が伸びる。
だがそれはアリアに届く前に二人の人物によって遮られることとなった。
「あっぶねぇ……間一髪!」
「間に合った……」
『ほぉ、防がれましたか』
「レイさん、ヴィラさん……」
ゴールド級冒険者のコンビ、レイとヴィラがアリアたちを守る盾となり、危害が及ぶのを防いだ。レイが愛刀の大剣でハーメルンの手をガードしヴィラが魔法で拘束している、そしてアリアたちの後ろからジャンプして飛び出してきた人物が数発魔法を放ちハーメルンに直撃させ落下の勢いを殺す前に懐から短刀を取り出してハーメルンへと投げつけ突き刺す。
「よし、当たった」
「キュリア……」
「アリア、なにへたり込んでるのさ。状況説明、手短にね」
キュリアがアリアに状況説明を求めた時、その場を離れようとしてハーメルンが動く、だが思いのほかヴィラの魔法が強かったのか一度引っかかるような挙動を見せた。
「貰った!」
その僅かなタイミングを見逃さなかったレイが大剣を滑り込ませて下からハーメルンの右腕を切りつけ切断する。その反動でハーメルンはヴィラの魔法から抜け出したものの、まずまずのダメージを与えることが出来た。
ハーメルンはレイたちから大きく距離を取りグリムを強制的に自分のところへと戻らせて体勢を整える。フランに蹴りで吹き飛ばされたのがかなり効いたのか片手で脇腹を抑えながら体勢を低くしている。
『ふぅむ、グランがしくじるとは思ってませんでしたね……まぁこちらには強力な駒がありますから』
「だれが駒だ……」
『何のためにあなたを無意識下ではなくあえて意識のある状態で操ってると思うんですか? 勇者のあなたが同じ種族の子供たちを殺すなんて、滑稽で面白いとは思いませんか?』
「貴様ぁ……!」
離れて話しているそのやり取りは響たちには聞こえていない、その頃響たちは回復魔法で体力を回復していた。
一方ハーメルンはこちらの様子を伺いながらチラチラと鎖で簀巻き状態にされてぐったりしているグランを見ながら何やら悩んでいるようだった。
『いつまで寝てるつもりですか』
ハーメルンは左手に一つの黒い魔方陣を浮かべる。
すると、
ドクン………
『がっ………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
突如としてグランがビクンと体をよじらせて叫び始める。
「なんだ?」
『ああああああああああ………』
ひとしきり叫ぶと再びグランはぐったりとして動かなくなった。すると地面からどす黒い泥の塊のようなものが至る所からボコボコと、まるで煮えたぎるマグマのように生み出された。
「お姉ちゃん!」
「ハーメルン! 一体何を!」
『彼女の能力を強制的に引き出したまでですよ、ほら』
響の問いかけに「どうかしたのか?」とでも言いたそうな声色で答えるハーメルン。
すると、ボコボコとマグマのようになっている黒い泥のような塊が見る見るうちに形を成していく。それは不定形の泥から徐々に生物へと変化していった。
そしてそれらは瞬く間に完全な形を成した。
その全ての泥が、魔物へと作り替わったのだ。
「これ……って……」
梓が絶句する、それもそうだ、先ほどまで形状が不安定なものが突如として生物に置き換わったのだ。そしてその数は、グランとの戦闘時よりも遥かに多い、ざっと五倍以上はいるだろう。
その魔物たちは下級魔物から上級魔物、それ以上のレベルの魔物たちが混ざりあった状態となっていた。
『グランの能力は魔物の使役ですが、それはあくまで通常状態でのこと。能力を限界を開放すれば使役する魔物そのものを作り出すことが出来る、それが彼女の本当の能力』
「通常状態? 能力の限界を開放? どういうことだ」
『知らなかったのですか? では教えてあげましょう』
何を言っているのか分からないといった様子の響たちに親切に一から教えようとするハーメルン。ハーメルンはマスクの下で一つ咳払いをした。
『我々の持つスキルには通常時に発動できるもの、つまりはあなた方がいつも使う能力、グランで言えば魔物の使役や私で言えば人を操るだとかといったものが該当しますね。そしてスキルには、そうですね……「真の力」とでも言いましょうか。スキルに秘められた本当の力を開放すること、それが限界を開放するということです。あまり説明は得意な方ではなくて申し訳ありませんね』
なんとなく理解した響たちだったが、それでも呆然と立ち尽くすだけだった。
『さて、では――――』
響たちをよそにハーメルンは駒となったグリムを魔物たちの先頭へと歩かせ武器を構えさせた。
『――――再戦です』
魔物たちの騒ぐ声が一帯を包み込む、まるで戦うことを心から喜んでいるように、悠久の時から解放されたかのように。
「やばいっ!」
「ヒビキ君! 一緒に来い! アリアとアズサちゃんも! 他の皆は魔物の処理とハーメルンの相手を! 私たちはグリムさんを叩く!」
「「「「了解っ!!!!」」」」
二度目の全面戦争が起こった。
押し寄せてくる魔物の群れをリナリアをメインとして絵美里や智香が能力で確実に当てたり精霊で攻撃したりと範囲的な攻撃をし、それで叩けなかった魔物たちを残ったメンバーが迎撃する。
ハーメルンはレイとヴィラ、キュリアらが集団戦術を使い三対一で戦っていた。
一方、魔物たちもハーメルンも居なくなった場所でグリム対響・梓・アリア・フランの四人が戦っていた。
響は武器を日本刀ではなく、アロンダイトの能力の範囲外である銃火器で攻め立て、梓は地面から刀を出したりと直接戦闘と搦め手を混ぜたような攻め方、アリアとフランは緋級魔法以上の魔法での攻撃をしていた。
だがやはりグリムの戦闘力は凄まじくアロンダイトの能力も相まって中々積極的に攻めることが出来なかった。
そんな中、今まで近接戦ばかりだったグリムがノーモーションで魔法を使い始めた。
「っ!?」
最初のターゲットは梓だった。何とかぎりぎりで回避した梓は体勢を崩しグリムに狙われたもののフランが上手くグリムの攻撃をいなしながら壊級魔法で作られた刀で聖剣と渡り合っていた。
「無事か梓」
「大丈夫」
響が梓を回収し再び体勢を立て直すものの、魔法を使ってからのグリムは何処か人が変わったかのように攻撃スタイルが荒々しくなった。
その時のグリムの顔は、どこか辛く苦しそうだった。まるで、もう意識を保っていられないようだった。
「うぅ…………ああああああああああああああああ!!!」
グリムが叫ぶ。
その瞬間、響たちは何が起こったのかを察した。
「グリムは完全に、ハーメルンの能力下に置かれてしまったのだろう」と。
一層グリムの攻撃が激しさを増す。フランが何とか抑えているがそれも時間の問題だろう。よく見てみるとグリムの目はハイライトがなく、虚ろだった。
その後他の三人も加わるが戦闘経験の差が激しく追い詰められていく一方だった。
響は空間魔法でせめてアロンダイトだけでも消してやろうとアロンダイトごと空間を切り取ろうかと思い魔法を発動させるが、直感が働いたグリムが体を急激に反転させて響を吹き飛ばす。
防御魔法が間に合わなかった響は重い一撃を受け吹き飛んだ先で肺から空気を漏らし蹲っていた。
「かは……」
「響っ!!」
梓が響の元へ駆け寄ろうとするがグリムがそれを阻止し梓も吹き飛ばしてしまった。
「きゃあぁ!!」
グリムは吹き飛ばした梓には目もくれず一目散に響の方へと向かう。
よろよろと立ち上がる響は顔を地面の方へ向けていたため迫るグリムに気が付いていなかった。
響がグリムに気が付いたのは、今まさに攻撃されようとしていた時。
これで終わりか。
響は自身の死を一瞬で悟った。
だが響の目の前を一つの影が遮った。
アリアが両手を広げて響とグリムの間に入り込み、響の代わりにダメージを受けたのだ。
左下から右上へと斜めに体を切られたアリアは、大量の血液をまき散らし、グリムを赤く染めた。
そこでグリムの目に光が戻る。
「え…………」
ドシャッ…………………
膝から崩れ落ちたアリアは重力に身を委ね体中から力が抜けたように倒れ込んだ。
「私は………一体………何を……………」
「先…………輩………………アリア先輩!!!!」
グリムがアロンダイトを地面に落とし両手で顔を隠す。響はアリアを抱き寄せうつ伏せの状態からあおむけの状態に体勢を変えた。
切られた箇所はパックリと切られており、内臓や骨こそ見えなかったもののすぐに対処しなければあっという間に死んでしまうほどの大怪我だった。
「アリア!!!」
フランが叫ぶ。
グリムは大粒の涙を流し、自分が今しがた起こした事態を受け入れ、絶望した。
そしてアロンダイトを持ち直し、カタカタと震える手で今度は響の方へと刃を向けた。そこへフランがまたもグリムを蹴り飛ばし梓が追い打ちをかけて距離を取らせる。
「ぐふっ………………防御魔法かけても、これかぁ…………………やっぱり無謀だったかな。はははっ…………僕らしくなかったね」
生きていた。
どうやらアリアは自分に防御魔法をかけた状態で響を庇ったがあっさりとそれごと切られたらしい。
それにしても、傷が深すぎる。
「………ヒビキ君、アリアを任せるよ。私はあっちへ行ってくる」
「…………はい……」
フランはそのままグリムと梓の方へと行ってしまった。
響は残った魔力を全て使い切る勢いでアリアに今自分が出来る最高の回復魔法をかけつづけた。
「ごめんね………ヒビキ君……………」
「喋らないでください」
「いやぁ、自分でもらしくないと思うよ……」
「喋らないでって言ってるじゃないですか!!」
段々と血が止まってきたが、アリアの顔色は一向に優れない。
そりゃそうだ、ざっくりと切られてすぐに回復、なんてこと、それこそ奇跡でも起きない限りあり得ない。
そうなったもう本当の魔法だろう。
「ねぇ…………ヒビキ君」
「だから喋らないでって――――」
「手、握ってくれるかな?」
「――――え?」
弱弱しく微笑むアリア。響は何も聞かずアリアの右手を握った。魔法は片手を離しても発動さえしていれば問題ないので響はギュッと左手で握る。
「ヒビキ君」
「………何ですか」
「最後に一つ…………わがままを言っても……いいかな………?」
「最後なんて……………言わないでください!」
響は自分でも分かるくらいに涙をボロボロと流していた。
アリアはゆっくりと握られている右手を上げて響の目元へと持っていき、優しく涙を拭った。
「泣かないでよ。僕まで泣いちゃいそうだ」
「すみません……」
「……………前にさ、フォートレス家のテラスで話したこと……覚えてるかい?」
「はい、覚えてます」
「その時僕さ、気になる人がいるって言っただろ………?」
そしてアリアはスゥ……と息を吸い込んだ。
「あれ、実はヒビキ君のことなんだ」
響は言葉が出なかった。
驚きすぎて、何もしゃべることが出来なかったのだ。
「あっはは………何驚いてるのさ」
「え……あ……いや……その……」
「……いつからだと思う?」
「……いつからですか」
「初めて君と出会った日にさ。一目惚れだったのかもね、今思えば。ミスズのことも馬鹿に出来ないね。アズサに嫉妬した時もあったなぁ………」
笑いながら話すアリアだが、笑みが弱弱しい。
「それでわがままなんだけど………いいかい?」
「はい、なんでも叶えますよ」
その言葉に安心した様子のアリア。
「キスしてくれないかな?」
「頬にですか……?」
「無論、口に」
「いいんですか? 俺で」
「君がいいんだ、ヒビキ君。彼女持ちには、ちょっとあれかも知れないけどね。アズサに怒られたら申し訳ない」
アリアが笑う。
そして咳き込み握られていた右手がスルリと抜け落ちそうになったところを響は右手で地面に落ちる前に握りしめ自分の顔の近くへと持っていく。
「先輩……」
「ほら、早く」
「はい…………!」
そして響はそっと、目を閉じるアリアに口づけをした。
「へへ………ありがとうねヒビキ君………!」
そう言ってアリアは目を開きまたしても微笑んだ。
今度はしっかりと、心からの笑みを。
そしてアリアはゆっくりと目を閉じた。
響の両手から、アリアの右手がスルリと抜け、地面に落ちる。
アリアは最後、微笑んだ後にこう言った。
「愛してるよ」
そしてアリアはそのまま、動かなくなった。
幸せそうな顔をしながら。
想い人に見守られながら。
安らかな顔で、眠った。
ありがとう、愛した人。
そして、さようなら。




