襲撃のお話。
王都、襲撃
国民が勇者帰還の事実に歓喜している頃、王都から近い丘の上から群衆たちをまるで見下すようにして佇む仮面をつけた人物がいた。
『可哀想な方たちですねぇ……もうすぐ死ぬかもしれないというのに……。ここまでくると同情を超えて滑稽だとすら思えてきますよ』
誰に話しかけるわけでもなくただの独り言して集まっている群衆たちを見て嘲笑うその人物の背後の茂みからまたもう一人、仮面をつけていない別の人物が現れた。
『こっちは準備できているぞ、後はお前のタイミング次第でいつでもいける』
『了解了解、ではもう少ししたら行きましょうか』
その会話が群衆たちに聞こえることは無かった。
次に群衆たちが大声を出すのは歓喜の声ではなく悲鳴だった。
△▼△▼△▼△
「そういやさっき聖剣って言ってたよな」
「ああ、言ったね」
「あれ、もう少し詳しく聞かせてもらってもいいか?」
沈黙を破るかのように響がリナリアにグリムが携えている剣についての説明を求めた。
リナリア曰く、グリムが装備している剣は「聖剣」と呼ばれる部類に入る伝説級の武器であるという。
「聖剣」は鍛冶技術などでは到底作れるものではなく「ダンジョン」と呼ばれる自然に出来た巨大な冥級に似た形状の洞窟の中で手に入るという。
「ダンジョン」は魔物の巣窟として知られ、そこに出てくる魔物は総じて上級魔物以上ということで討伐任務を出そうにも中々に高難易度のため受けられる冒険者がかなり限られてくるという。
だがそこには様々な謎が多いため、主に探索するのはクォーツ級以上の冒険者や騎士団、そして魔王討伐を掲げる勇者パーティーくらいなものだという。
そんなダンジョンがどうして誕生したのかはまだ解明されてはいないが、そこには数々の宝物が眠ると言われ「聖剣」もそこで入手できる宝物の一種であり最高峰の武器らしい。
「それであの勇者が持っている聖剣だが実は聖剣自体四本しか存在していないと言われいるんだ」
「たった四本……ですの?」
「正確には昔にはもう数本存在していたんだけどね。その中でも彼女が持っている聖剣の名前は「アロンダイト」と言って、現在存在する聖剣の中では最も優れている剣だと言われているんだ」
聖剣アロンダイトにはある能力が備わっているともリナリアは言う。
その能力とは、「上級魔法以下の攻撃を全て無効化」というもの、その能力はアロンダイトそのものとその使用者に付与される。
つまり、アロンダイトそのものと使用者であるグリムにはいくら上級魔法で攻撃したところで魔力の浪費だということだ。
「つーことはよ、あの時グリムさんが魔法を切ったのって……」
「まぁ……恐らく演出だろうね。本来だったら、ただ単に立っているだけで全部無効化しているから」
影山の憶測を顔色一つ変えず肯定するリナリア。
あの時の魔法全てが彼女には、グリムには効いていないどころか脅威にすらなっていないということだ。
なら、最後に鎧についていた掠り傷は何なのかということになる。
リナリアの憶測では、響の作った銃弾は能力の範囲外という扱いになったのだという。大半の銃弾が魔法の爆風に吹き飛ばされた中、偶然にも一発だけ弾丸が鎧に掠ったものだと思われる。
「それでも響が拳銃作った時は純粋に切られたってことか……化けもんだな」
「どこの種族でも勇者はそんなものだ。むしろそうでもしなきゃイグニスは倒せない」
「でもヒビキ君たちはそれ以上にならなきゃいけないんだろ? 僕だったらひきこもるね」
「無理やりにでも引っ張っていきますからね?」
「それは僕へのラブコールかい?」
「まっさか」
次第に空気が明るくなる。これもアリアの一種の力なのだろうか、先ほどまで暗かった部屋がいつもの雰囲気を取り戻していた。
そんな中少しだけ城内が騒がしくなる、どうやら貴族たちが挨拶回りに来たようだ。
ドアがノックされ使用人の一人が梓・マリア・セリアの三人を呼びに来た、念のためグリムと一緒にいた方がいいとのことで、三人は一度退室することになった。
それからしばらくして三人が戻ってきたのだが、総じてどこか疲れた顔をしていた。その理由は言わずもがな一族と勇者との話し合いであり、そこでは自分の家系がどうのだとかうちの子がどうのだとかでどうでもいいような自慢話をここぞとばかりにくどくどと話していたからだ。
梓の時はそうでもなかったがどうやらセリアの家系、つまりサイト家がハズレくじだったようで三人の中で一番疲れたような顔をしていた。
「……これなら一日任務に出ていた方が楽です」
「よしよし、お疲れ様ですわ」
「お嬢様ぁ~」
疲れた顔のセリアを優しく抱擁して癒すマリア、母性を感じるというのはこういうことを言うのだろうか。
程なくしてグリムが戻ってくる。流石勇者というだけあって顔色に疲れを見せずに平然としていた、戻ってきたグリムは鎧などの装備を外し、会合用のドレスに似た服を着ていた。その姿は殺伐とした線上にいる者とは思えないほど可憐なものだった。
「やはり連続だと疲れるな」
「お疲れ様です、勇者様」
「光栄ですリナリア様」
「別に私に様を付けることはない、それより仕事はもういいのですか?」
「ええ、しばらくは何もありません。そう言えば飲み物を出してませんでしたね、今持ってきます」
そう言ってグリムは再び部屋を出ようとしたがちょうどよくドアがノックされ使用人の一人がグリムを含めた人数分の飲み物を持ってきてくれた。
これでようやくグリムに休息の時間が訪れ、談笑の時間となった。
響たちとしては相手が勇者なので緊張して雑談どころではなかったが、リナリアとアリアがいつもの自分の調子を取り戻しつつあったので仲介役として話を振ってくれた。
グリムも緊張している響たちを見かねたのか積極的に話を振るようになり、学院はどうだとか冒険者はやっているのかなどどちらかと言えば従妹のお姉さんのような口ぶりで話していた。
段々と打ち解けてきた響たちとグリムは互いの近況や、グリムが普段どんなところで戦っているのかなどを聞いたりしていたのだが、そう平穏が続くはずもなかった。
ドオオォォン……!!!
「……休ませてくれる気はないようだな」
グリムはため息を吐き、響たちに「着替えてくるからここで待っていてくれ」と指示して部屋を出ようとすると勢いよくドアが開き使用人の一人がこれ以上ない焦った顔で息を切らしながらやって来た。
「た、大変ですグリム様!」
「爆発音がしたのは分かっている、何をそんなに――――」
「魔王軍幹部クラウン・ハーメルン及びグラン・ロウ・セラフ・ローゼンが大量の魔物を引き連れて王都に現れました!」
その報告に響たちも驚く。
何故なら、クラウン・ハーメルンという強敵は一度フォートレス家の屋敷で対峙したからだ。響たちにとって忘れがたい記憶として保管されている。
そしてもう一つ、二人目のグラン・ロウ・セラフ・ローゼンという人物に覚えはないが、「ローゼン」という名前に聞き覚えはある。
そう、ミスズである。ミスズのこの世界での名前は「ミスズ・ゼナ・キリナ・ローゼン」であり、同じ「ローゼン」の名が入っているのだ。
色々と感がたいところではあるが、とにもかくにも一度外へ出てみなければどうしようもない。
グリムは響たちに先に外に出て様子を見てくるように伝え、自分は鎧やアロンダイトを装備しに別に用意されている自室へと移動した。
響たちはグリムの指示通り城の外へ出て様子を見ることにする。
だがそこはすでに阿鼻叫喚の地獄と化していた。
先ほどまでの歓喜の声とは真逆に悲痛な叫びを上げながら逃げ惑う群衆。
だが抵抗空しく魔物に生きたまま貪り食われる人たちもいた。
あまりに突発的な出来事だったため、冒険者ギルドへの報告も間に合っておらず現在対応しているのはたまたまこの場にいた冒険者をやっている数十人くらいなもの、とてもじゃないが抑えきれそうにない。
群衆が逃げ惑うせいで応戦している冒険者たちの戦闘の妨げになってしまい、一人、また一人と殺されていく。
「これは………」
響も思わず言葉を漏らす。これほど悲惨な光景を生で見るのは初めてだったからだ。
隣に立つ梓は吐き気を何とか堪えている状態らしく顔色が悪い。
悲惨な光景に身動きが取れないでいる響たち。
すると突然、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
『おやおやこれは……まさかこんなところでお会いするとは思いませんでしたよ」
その声に一斉に振り返る響たち、そこにはペストマスクのような仮面をつけた人物と細身のローブを来た人物の二人が響たちの背後に立っていた。
「ハーメルン……」
『お久しぶりです皆さん。いやぁでもまさかこんな感じで姉妹が再会するとは……数奇な運命とでも言うのでしょうか』
「姉妹……?」
『おや、ミスズから聞いていなかったのですか。えっと……名前は何と言いましかね?』
全く危機感を持たず平然と話を進めるハーメルンに若干の気味悪さを覚えながら響は素直に答える。
「……ヒビキ・アルバレストだ」
『ヒビキ君……覚えました覚えました。話を戻しますがミスズから聞いていないのですか?』
「だから何の話だ?」
『やはり知りませんでしたか、この方はですねぇ……』
『ハーメルン、私から説明するよ』
『おやそうですか、それではお任せしますよ』
ハーメルンの言葉を制止したのは、隣にいたもう一人いた女性だった。彼女は一歩前に出ると一つ咳払いをして少しだけ笑みを浮かべた。
『初めまして皆さん、私の名前はグラン・ロウ・セラフ・ローゼン。そこにいるミスズ・ゼナ・キリナ・ローゼンの姉です。以後お見知りおきを』
そう言い終わり柔らかく微笑むグラン。だがその目は笑っておらず、じっとミスズを見つめている。
その一方でミスズは珍しく怯えている様子だった。
魔王軍幹部、二人目登場




