才能のお話。
綺麗な薔薇には棘がある、などと言いますが、薔薇が自らやその棘を本当に武器にしたのならどうなるのでしょうか。
妖族が管理する森での合宿ではすでに何人かの学院生たちが自給自足の生活に耐えかねていた頃、響たちはピンピンしていた。特に梓とマリアは響よりもたくましく行動している時があり、こういう時は女性が頼りになるんだなぁとしみじみ思っていた。
といった具合に順調に行動している響たちとは対照的なグループが一つあった。
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森の東端、森の中で一番木々が生い茂っている場所であり、一番魔物が出没する場所。
智香・凪沙・賢介の三人は現在複数の魔物たちに追われていた。凪沙の適合能力による索敵で最善のルートを導き、賢介の適合能力で魔物たちの行動を予測し、智香の適合能力による精霊たちの応戦、この三つによって三人はどうにかこうにか生き延びているがいかんせん魔物の数が多すぎる。
「ねぇ! 周りはどう?」
「木がありすぎてよく分かんない!」
「俺の予測もそのうち外れるぞ、数が多い」
言うなれば今三人がやっているのはあくまで応急処置に過ぎない、いずれ限界が来て真っ向勝負をすることになるのは免れないだろう。だがその時、凪沙のソナーに一つのグループが引っかかった。占めたと思い凪沙は賢介と智香にそのグループと合流することを決め、智香の精霊をそのグループのところへと送らせた。
そのグループと言うのは―――――。
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影山・セリア・アリアの三人は森の東端を散策していた。ここまで特に大きな問題も起こらず、今は木の実などの食糧調達がてら魔物を討伐していた。
このグループでは影山が指揮を執ってテントの設置や適合能力を使って周りを一度見てから進路方向を決めたり、アリアが主に戦闘担当でセリアがそのバックアップと木の実などの採集活動を行っている。
それなりにバランスの取れたこのグループは現在魔物の出やすいこの場所から西の方へと向かっている最中だった、だがそんな時、木々の奥から光り輝く小さい何かが自分たちのところへとやって来た。そして三人はそれに見覚えがある。
「これって智香のやつ……だよな」
影山が言った通り、飛んできたのは間違いなく智香の能力によって使役されている精霊だった。
「確かにそうみたいですね」とセリア。
「何かあったのかも知れないね」とアリア。
三人がそれぞれの考えを巡らせている中、茂みの向こうから精霊を呼び出した本人である智香とそのグループメンバーである凪沙と賢介が現れた。
「影山か!」
「うおっ! どうした、汗だくじゃねえか」
「聖也君! ちょっと増援お願い!」
「は? 増援……?」
急な展開について行けずポカンとする影山に追い打ちをかけるかのように凪沙が「来るよ!」と叫ぶ、すると茂みから二十はいるであろう魔物たちが現れ、こちらへと一直線に向かってくる。
「どいてなよ」
そんな状況に驚きもせず、アリアが一歩前に出て魔方陣を展開した。しかも単一展開ではなく多重展開させている。魔方陣の多重展開や刀などの武器の切っ先に魔方陣を展開させる行為は難易度が高いものとされている、複数の魔法を使おうとすると魔力のバランスや威力がまばらになったりして威力が下がってしまったり魔法自体が発動しなくなってしまうためだ。
アリアが展開したのは五つ、単純計算で同じ魔法を一度に五つ撃ちだすため五倍の魔力を一度に消費することになる。だがそこはアリア、響や梓の躍進が凄すぎてたまに霞んでしまいがちだが彼女もまた天才の一角ではあるのだ、詠唱があるとはいえ上級魔法を難なく使いこなし、緋級魔法でさえとっくの前に響より使えるようになっている。人前では見せていないだけで。
ただ、今回は違う。
アリアは短く息を吸った。
「青薔薇よ、清きを纏いて穢れを払い、恐れを劈け。クーゲル・ティオ・ローザ」
アリアが詠唱を完了した時にはすでに魔物の群れはアリアの眼前に迫っていた。あわや大惨事、誰もがそう思ったがそんな時でもアリアは不敵に笑って見せた。
魔物の鋭利な爪がアリアの顔面を切り裂こうとしたその寸前、展開していた魔方陣が一瞬光ったかと思うと魔物たちのいる地面から一瞬で氷で出来た五つの細い何かが、まるで魔物たちを縫い合わせていくかのように貫いていった。その何かは、植物の蔓や茎のようにも見えた。
五つの氷の蔓は魔物たちを一点に収束させ、それを覆うようにぐるぐる巻きにし、いつしか一本の巨大な植物の形を模すようになった。
その植物とは薔薇だった。氷で出来た半透明で巨大な一輪の薔薇だった。
薔薇は蕾を作り、やがて花を咲かせた。
アリアはそれを見て指を一回、パチンと鳴らす。
すると薔薇は砕け散り、後には何も残っていなかった。一点に集められた魔物たちですら跡形もなく、ただの氷の欠片となって辺りに散った。
その光景はさながら、ダイヤモンドダストのように神秘的なものだったという。
「初めてにしては上出来かな?」
アリアは一言だけそう言うとくるりと影山たちの方に向き直った。疲れすら感じさせないその佇まいは、強者と例える他ない。
アリア・ノーデンス、人族の魔導学院の一回生。
彼女はまだ魔法学校の学生だった時に授業の一環で魔導学院へと赴き、フランと戦闘を交えた。それ以降彼女とフランは先輩後輩の関係で学校も違うが、時折休日に出かけたりすることや任務に行くことがあった。
無論、戦闘だって何回もやったことがある。
だがフランはただの一回として、アリアに勝ったことこそあれど、優位に立ったことは無かった。
つまりアリアは響たちの前では本来の力を見せることが一度もなかったということだ。
その気になれば今の響くらい倒せるであろう力を持ちながら、たっぷりと余力を残したまま、尚且つそれを悟らせることもなく今までを過ごしてきた。
アリアは、以前レイが呼んでいたように、スキルから由来して【ゴーレムガール】という二つ名がある。が、実はもう一つあまり知られていない二つ名がある。
それこそがアリアの本当の二つ名であり、彼女の才能を裏付けるもの。
その二つ名は【天賦】。
アリアがフランとの戦闘以外で負けたことは一度もない。ヴィラとは引き分けに終わったが、その試合ですらアリアは余力を残したままあえて引き分けにしたのだ。先輩であるヴィラの面子を潰さないために。
アリア「ちょっとだけ本気出したよ。ちょっとだけね」




